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宿のお仕事

 まだ、夕暮れには時間がある。


 僕はギルドのカウンターで、少しばかりの薬草と、魔物の落とした緑の石を換金していた。

 もう少し薬草でも、採って来るべきだっただろうか……。

 しかし……今日は早く帰ろうと決めていたので、これで良いか。

 フランの様子も、早く見に行きたい。


 あのゴブリン達を倒してから、少しだけブルーな気分だ。

 まるで、弟をケンカで泣かせてしまったときの様な罪悪感……。

 自分よりも弱い者に手を上げるのは、あまり気持ちの良いものでは無い。


 みんなは、元気だろうか……。

 居なくなった、僕の事を心配しているだろうか……。

 僕は、もうずいぶんと遠くなってしまった家族の事を考える。

 そして、少しずつ思い出していくうちに、また寂しい気持ちになってしまった。


「ふぅ……」


 僕は息を吐いて考えを吐き出した。

 もう、家族の事を考えるのはやめよう……。

 帰る方法も解らないまま、思い出に縛られるのは、合理的じゃない。

 僕はいま、この世界に生きているのだ。

 それに、僕にはフランがいる。


「お待たせしました。薬草が40エル、魔結晶が2000エルになります」


 魔結晶と呼ばれたそれは、ずいぶんと良い値段で売れるらしい。

 お金を稼ぐなら、ダンジョンか……。


「ありがとうございます」


 僕は職員にお礼を言ってお金を受け取った。


 帰り際、再び掲示板を見て行く事にする。

 まだ、荷物運びの依頼が張り出されている。


 コルコ村までの物資運搬

 報酬:2000エル


 期日は明日までか……。

 そして荷物の量は、荷馬車一台分と書かれている。

 一体どれくらいの量なのだろうか……。

 それに、下の方には、こんな注意書きも書かれていた。

 警戒令の発令された地域への運搬のため、危険は留意すること。


 おそらく、あの死神の事だろう。

 死神と関わるという意味でも、僕はこの依頼が気になっていた。


 丁度良く、隣の掲示板まで来た職員に声を掛ける。


「あの……」


「はい?」


「この荷馬車一台分って、一体どれ位の量ですか?」


「ええと、そうですね……。実際に見てみますか?」


「あっ、お願いします」


 僕はギルドの職員に案内されて後について行く。


「よかった。実は今日にも受けてくれる人がいなかったら、職員が運ぶことになっていたのですよ」


 歩きながら、職員は安心した様に言った。


 まだ、受けると決まった訳では無いのだが……。

 それに、量によっては皮袋に入らないかもしれない。

 一度、なにかを詰めて、実験しておくべきだったな……。


「そうなのですか。あの……別に馬車で運ばなくても、良いですよね?」


 僕の言葉に、職員は疑問の表情を浮かべる。


「ええと、明日中に荷物が届けば問題ありませんが……」


 職員は奥の部屋の扉を開けると、僕を部屋の中へ招き入れた。

 倉庫に使われている部屋の様だ。

 木箱や袋が沢山並べられている。


「運んで頂きたい荷物は、こちらに集められている物資です。主に食料品ですね」


 職員の人は、並べられた荷物の前に立ち言った。


 結構な量だ。

 本当に入るだろうか。


「ちょっと、試してみても良いですか?」


「ええと、試す?」


 僕は、こんな感じでと、皮袋から荷物を出したり入れたりした。


「あぁ、なるほど……」


 僕は、荷物が混ざらないように、自分の物を全て出すことにする。

 フランの服もあるので、職員の視線が少し痛いが、気にしない事にする。

 荷物を一つの大きな袋に入れて、皮袋に入れ直した。

 そして、運ぶ荷物を一つ一つ入れてゆく。


 まさか、壊れないよな……。

 僕は、中に入れていく荷物と、自分の皮袋の心配をしてしまう。

 やはり実験をしておくべきだったな……。


 そして、僕の不安を他所に、最後の荷物を入れ終わる。

 どうやら、皮袋の魔道具は何の抵抗も無く荷物を受け入れてくれた様だ。


「ええと……本当に入りましたね……」


 ギルドの職員は、その大きな目を丸くしながら言った。


「そうですね。これなら問題無く運べそうです」


 僕は、ギルドの職員に荷物を取り出しながら言った。

 中身も問題無く取り出せる様だ。

 今更ながら、危険な事をしたなと思い返す。

 しかし、一度これだけ入る事が確認できれば、今後は困る事が無さそうだが……。


「ええと、荷物は今日持ち帰って頂いても結構ですよ?」


 職員は、荷物を取り出す僕に言った。


「あ、じゃあ、そうしますね」


 僕は、職員にそう答えて荷物を入れ直す。


「では、カウンターに戻って、契約をお願いします」


 僕は、再び職員に案内されて、受付へと戻る。

 僕が後ろをついて行くと、職員が歩きながら口を開いた。


「ええと……余計なお世話かもしれませんが……。その魔道具、あまり人前で使わない方が、良いかと思いますよ?」


 僕は、職員の言葉に尋ね返した。


「えっと、何か問題がありましたか?」


「ええと……。一体どのような魔法が掛けられているかは知りませんが、収納量が異常です。この前も魔物を丸ごと入れていましたよね? 職員達の間でも噂になっていたのですよ」


 職員は、あまり注目を集めると危ないですよ、と付け足した。


「なるほど……。なるべく、気を付けます」


 僕は、職員の忠告にそう答えると、彼女が差し出した石板に腕輪をかざした。


「はい。これで荷物を届けて頂いたときに、向こうでもサインを貰って下さい」


「ありがとうございます」


 僕は、職員の人にお礼を言った。

 そして、何気なく石盤に目をやると、また一つレベルが上がっていた。


 ユウ・アオイ 男 18歳 貴族

 Fランク

 レベル8

 魔法剣士

 魔力指数 120

 所有奴隷 フラン・ノーツ


 クラスは、魔法剣士か。

 僕には丁度良いかもしれない……。





 ウサギ亭に戻り、食堂へと入る。

 まだ夕食には時間があるため、席に座るのは、窓際で船を漕ぐお爺さんだけだった。


「ユウ! お帰りなさい!」


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 僕に気が付いた、エプロン姿のティアとフランが迎えてくれる。


「うん、ただいま」


 僕は二人挨拶に答える。


「ユウ、フランはすごいわ! 何でも作れるのよ!」


 ティアは、フランと一緒に作ったという、クッキーの様なお菓子を持って来て言った。


「オシャレなお菓子の作り方を教わったわっ」


「うん、それは良かった。フランも楽しかった?」


 僕はティアの出してくれたクッキーを一つ摘むと、フランにも声を掛けた。


「はい。ティア様とのお料理はとても楽しかったです。私も勉強になりました」


 フランの穏やかな様子を見て、少し安心する。

 彼女の体調も問題なさそうだった。


「ねぇ、早く食べてっ」


「はいはい」


 ティアが僕の隣で急かすので、手に持ったお菓子を口に含む。


「うん、美味しいよ。いつもありがとね」


 僕が感想を言うと、ティアは嬉しそうに無邪気に笑う。


「ふふっ」


 そしてご機嫌な様子で厨房へと戻って行った。


「ご主人様、もう少しティア様を手伝っていても良いですか? 今日だけ、ご主人様の夕食を作る許可を頂いているのです。あと、夜も少し手伝ってほしいと言われているのですが……」


 フランは少し申し訳なさそうに言う。

 別に僕に許可を取る必要は無いのだが、僕の晩ご飯を作ってくれるという彼女の申し出は、素直に嬉しかった。


「うん。フランが無理しない程度になら、良いと思うよ。フランのご飯、楽しみにしているよ」


「はい、頑張りますねっ」


 フランは笑顔で答えると、厨房へと戻って行った。

 彼女達の笑顔を見て、僕も少しだけ元気が出た。

 また、明日も頑張ろう。

 さて、今日は、素振りでもしようか……。




 夕暮れが町並みを染めるなか、二人でフランの作ってくれた料理を食べる。

 団体のお客さん達が来る前に、食べておいた方が良いと思ったのだ。

 ティアは何やら、帰って来たマギーと話をしているらしい。


「どう……ですか?」


 向かいに座る、フランは不安そうな顔をしながら、僕の様子を伺った。


「うん、美味しいよ。フランは料理も上手なんだね」


「ありがとう……ございます……」


 その後もフランの体調は良いらしく、夜も宿の手伝いをするとのことだ。


「本当なら……毎日食べて頂きたいのですが……」


 フランは僅かに呟いた。


「ごめんね。僕が少し稼ぐ事ができるようになったら、どこかに家でも借りようか」


「そんな、私が働けば良いのです。今日だって、先ほどマギー様からここで働かないか、と言われました。本気かどうかは分かりませんが……」


「そう、フランには合っているかもね。それにフランの作ってくれたご飯なら、毎日食べたいなぁ……」


 僕は、フランには、冒険者の仕事なんかしてほしくないので、なんとなくそう言った。

 彼女がここに居てくれれば、僕も安心して働く事ができる。


「ですが……。呪い付きが治ったら私の魔法を見て頂く約束です。ご主人様は、強い魔法が使えたら、考えると言って下さいました」


 フランは、僕と共にギルドの仕事をする事を、まだ諦めていないらしい。

 僕は、例え彼女が強力な魔法を使えたとしても、なんだかんだ理由を付けて断ってしまう様な気もする……。

 自分でも少しヒドイと思うが、仕方ない。


 もし彼女が居なくなったら、僕はまたこの世界で一人になってしまうのだ……。

 そんなのは嫌だ……。


「ご主人様?」


 僕が考え込む様子を見て、フランは不安そうに言った。

 そんな彼女の表情に、僕はまた曖昧に答えてしまう。


「うん、見るだけね……」


「約束……ですからね……」





「全く、なに神妙な顔して食べているんだい?」


 僕とフランが静かに食べる様子を見て、マギーが話しかけて来た。


「こんばんは。マギーさん」


 僕はマギーに挨拶をする。


「はいよ」


 マギーが僕の方に手を差し出すので、僕は受け取る。

 そして、受け取ったものを確認する。

 銀貨5枚、500エルだ。


「えっと、これは?」


 僕は突然の事に戸惑いながら、マギーに尋ねる。


「給料だよ。奴隷の賃金にしては悪くないはずさ」


 マギーはそう言うと、一度だけ厨房の方を向いた。

 僕もマギーにつられて、そちらの方を向く。

 厨房の入口から、ティアがこちらを覗いていた。


 マギーは、再びこちらを向くと、話を続ける。


「ティアが失礼な事をして悪かったね。全く……貴族の奴隷をタダで借りるなんて……」


 どうやらティアは、フランの事で怒られたらしい。

 僕は一応ティアの事を弁明しておく。


「いえ、別にティアにフランを貸していた訳ではないんですよ。僕がギルドに行くために、一緒に居て貰っていたんです。フランも楽しかったと言っています」


「やれやれ、あんたがそう言っても、周りはそう見ちゃくれないのさ。実際に働かせていたんだろ? それに貴族に目を付けられれば、うちとしても厄介だからね」


 マギーは、軽くため息を吐きながら言った。

 やはり、身分というものは面倒だ……。


「分かりました。では、今日の所は、受け取っておきます。でも、ティアをあまり責めないであげて下さい。僕が気を付けなくちゃイケナイ事でもあったと思います」


「そうかい。じゃあティアには、そう言っておくよ。でも、お金受け取るからには今日一日働いてもらうけど、それでも良いかい?」


 マギーは、今日は忙しくなるからねと付け足した。


「フランは、平気?」


「はい、平気です」


 僕が聞くとフランは、明るい声で答えた。

 この調子なら平気だろう。


「問題ありません。でも、体調は心配なので、あまり無理はさせない様にお願いします」


「なるべく、気を付けるよ。じゃあ彼女は借りて行くよ」


「ご主人様。それでは、また後ほど……」


 フランはそう言うと、マギーと共に厨房の方へと入って行った。





 僕が宿に戻ろうとすると、後ろからティアが話しかけて来た。


「ねぇ、ユウ!」


「うん?」


「ごめんなさい、貴族の奴隷はタダで借りちゃダメなのね……。お母さんに怒られたわ」


「大丈夫、ティアは悪くないよ。本当は、僕が気を付けていれば良かったんだけど……。ごめんね」


 僕はティアに申し訳ないと謝った。


「ううん、私が言い出した事だもの……」


 ティアは、そう言って気丈に振る舞うが、大分落ち込んでいる様だ。

 僕は、彼女のそんな様子を見ていられないので、話題を変える。


「ティア、それより今日は、フランと一緒に居てくれてありがとう。僕も一人で行きたい所に行けたし、フランも嬉しそうにしてたよ」


「私も楽しかったわ……。それにお料理の事、沢山教わったわ。貴族の料理って色々と気を付けなきゃいけないことが沢山あるのね……」


「あはは、そうかもしれないね」


 フランには、屋敷で苦労した話を聞いた事があるので、そうなのかもしれない。

 僕が声を出して笑うと、ティアは少しだけ微笑んだ。


「じゃあ、そろそろお客さんが来るみたいだから……。ユウ、ありがとね」


「うん、頑張って」


 僕は手を振って、ティアを送り出した。





 僕は部屋に戻り、一息付く……。

 しばらくすると、下の食堂から賑やかな声が響き始めた。


 聞いた通り、今日はいつにも増して盛況の様だ。

 この様子だと、うさぎ亭の3人だけでは、大変だっただろう。


 僕は一人、魔法の練習をして過ごした。


 そういえば、今日、フランはいつまで働くのだろうか。

 今日一日と聞いているので夜中までなのだろうか。

 そうだとしたら、少し無理をさせたかなと思う。


 彼女には、この部屋でゆっくりしていて貰っても構わないのだが……。


 しかし、ここに居るだけでは、暇か……。

 それに、僕が同じ部屋に居たら、彼女の気が休まる事も無いだろう……。

 もしかしたら、本当は毎日一緒に寝るのも嫌かもしれない。

 口では嫌じゃないと言っていても、彼女の本音は分からない。


 やはり、部屋は分けるべきか……。

 今日は沢山稼げたし、フランには今日だけでもゆっくり休ませてあげたい。


 僕は、忙しいかなと思いつつも、部屋とお湯を頼みに一階へと降りて行った。





 丁度、受付に居る宿の主人に声を掛ける。


「こんばんは、アランさん」


「あぁ、ユウ君、悪いねぇ。大事な奴隷を貸してもらって」


「はい、フランがお世話になっています。ところで、今日って部屋は空いていますか?」


 僕はアランに空き部屋の有無を尋ねた。


「丁度、一部屋空いているよ。でも、君はあと二日分、先に払っていただろう。延長するのかい?」


「いえ、今日だけ二部屋お借りしたいんです。あと延長も」


「そうかい」


 アランは不思議そうな顔をしたが、僕がお金を払うと部屋の鍵を渡してくれた。


「お湯は、いまの部屋で良いのかい?」


「はい、お願いします」


 そう答えて僕は部屋に戻った。





 アランが届けてくれたお湯で、体を拭く。

 今はフランが居ないので、気兼ねなく拭ける。

 彼女もきっと、僕が居ない方が良いだろう。


 僕はフランの荷物を皮袋から出して、まとめた。

 明日も彼女には、宿に残ってもらうつもりだ。


 昼間に草原を抜ければ危険は無いと思うが、彼女の体調を考えると、あまり無理させるのも良くない。


 それに、死神が出た場合は、僕一人の方が動きやすいだろう。

 しかし、僕一人で勝てるかどうかは分からないので、なるべく会いたくは無いが……。

 もしもの時は魔法に頼れば良い。

 魔法剣士らしく、剣と魔法で戦おう……。


 僕は、フランを待つ間、魔法の練習を続けた。





 部屋の扉が開く音と共に、フランが部屋に入って来た。


「お疲れ様」


 僕が彼女に声を掛けると、フランが口を開いた。


「はい、少し疲れました……。ご主人様は、お休みになって頂いても良かったのですよ?」


 ここには時計が無いので、今は何時か分からないが、結構な時間が過ぎていたのは分かる。

 今日はずいぶん長い時間働かせてしまった。


「お客様から、お駄賃を頂いてしまいました。あとマギーさんが、また明日も働いて欲しい、と言って下さっています」


 フランはお客さんから貰ったという、お金を僕に渡そうとする。


「ううん、それはフランのお金だから。あとこれもね」


 僕は彼女にマギーから貰ったお金を渡しておく。

 それと、余分にいくらか渡した。


「フラン、もう一つ部屋を借りたから、今日はそっちで休むと良いよ。体を拭くお湯も、今から温めるからね」


 僕はそう言って、フランの水を温める。


「あの……どうしてですか……?」


「どうしてって……。僕が居ると気が休まらないでしょ? それに、毎朝僕が起きるのを待っているのも退屈だと思うし……」


「そんなことは……」


「あと、明日は隣村まで荷物を届けてくるから、向こうで泊まると思う。フランは、暇だったらまた宿を手伝わせてもらうと良いよ」


 僕はそう伝えて、荷物と共に向かいの部屋へと彼女を案内しようとする。


「ちょっと待って下さい。いやです、一人で寝たくありません」


「でも、僕と居ると気が休まらないでしょ」


「そんなことないです。ご主人様がそばに居ないと不安で眠れません……」


「不安って……。もう解放奴隷でもないし、呪い付きも治まってきたでしょ?」


「それでも……嫌です……」


「じゃあ、今日と明日だけ。少なくとも明日は、村に泊まるから一人で寝なきゃいけないでしょ」


 一度でも、一人で眠れば、彼女の不安も安らぐだろう。

 それに今後も、その日の内に済む依頼だけを受けるという訳にもいかない。


「私を連れて行ってはくれないのですか?」


「うん、明日も僕一人で行こうと思う。今日も無理させちゃったけど、まだ本調子では、無いでしょ」


「ダメ……ですか?」


 彼女はそう言いながら上目遣いに、僕を見つめた。


「だーめ。わがまま言わないの。今後もずっと、一緒のベッドで眠る訳にはいかないでしょ」


 僕がそう言ってフランの手を引くと、彼女はおずおずと着いてくる。


「ご主人様が、わがままを言って良いっていたんじゃないですか……」


「じゃあ、これは僕のわがまま。ごめんね」


 僕はそういうと向かいの部屋の鍵を開けて彼女を中に入れた。


「荷物はここに置いておくね。あと、この部屋は明日と明後日も借りているから、僕が戻るまでは大丈夫だと思う」


「大丈夫じゃないです。そんなに私が迷惑なのですか……?」


「ううん、違うよ」


 僕はフランの顔を見て言った。

 しかし、フランにすぐに否定されてしまう。


「ウソですよ。私はご主人様の側に居たいと言っているのにどうして聞いて下さらないのですか……? やっぱり私が奴隷だからなのですか……?」


 なかなかフランは聞き分けが無い。

 彼女は僕の側に居ないと不安だと言うが、僕はフランが側で寝ていると不安になる……。

 いつ間違いを起こすか……。


「うー、分かったよ、分かった……。ごめん、フランが寝れなかったら、僕の部屋に来ていいから」


「はい……。あの……すみませんでした……」


「ううん、大丈夫……」





 僕が自分の部屋に戻ると、少し経ってフランがやって来た。

 ノックをされて、仕方が無いので、部屋の中に招き入れる。


「すみません……。やっぱり迷惑ですか……?」


 扉を開けると、フランが申し訳なさそうに言った。

 向こうに持っていたはずの荷物も抱えている。


「ううん、大丈夫。でも、フランは僕と一緒に寝ていて怖くないの?」


「……?」


 僕がそんな事を聞くとフランは首を傾げて、こちらを見上げた。

 彼女の仕草に僕の胸の鼓動が高鳴った。


「もう……どうなっても知らないからな……」


 僕は思わずそんな事を口走る。

 自分でも少し驚いた。


「私を……どうにかして頂けるのですか……?」


 フランが僕の言葉に呟き返した。


「いや、何でも無いよ。冗談」


 僕は部屋の鍵を閉めると、明かりを消してベッドに入る。


「早く寝よう。今日は疲れたでしょ?」


 僕がそう言うと、フランもベッドに入る。


「いえ、少しだけです。ご主人様は、今日は何をなされたのですか?」


「少しだけダンジョンに行って来た」


 フランの手が触れる。


「あの……手を握っていても良いですか……?」


 僕は彼女の手を握ると魔力で包んだ。


「うん」


「レベルは上がりましたか……?」


「うん、一つだけ……」


「そうですか……」


 フランの優しい声が耳元に響く。

 僕はフランを魔力で包むことに集中して、雑念を消してゆく。


「あの……。明日の朝、もう一度だけ、私の魔法を見て頂けませんか……?」


「うん、大丈夫だよ」


「実は、今朝の洗濯のとき、結構沢山の魔力を使っていたのです。ティアさんが喜ぶのが嬉しくて……。でも、全然魔力の切れる気配がなくて……」


「そう、良かった……。フランが治ってくれれば、僕も頑張れるよ」


 僕はそう呟いた。

 すると、不意にフランが僕の腕をギュッと抱きしめた。


「フラン?」


「明日は行ってしまうのですよね……。ですから、今日だけは許して下さい……」


 その夜も、いつもの様に、眠れない時間が続いた。

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