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草原

 雄大な自然の中を僕は歩き続けていた。

 もう二時間から三時間は経っただろうか。

 まだ疲れてはいない。

 ただこのひたすらに広い草原を歩き続けることには、飽きてしまっていた。


 トボトボと歩きながら、なぜこんなことになったのか、ここはいったいどこなのか、と考える。

 自分の姿を見る限り、まるで映画で見るファンタジーの世界にいるようである。

 僕は夢でも見ているのだろうか。


 やがて草原から、よく踏みならされた街道へと出た。

 後ろを振り返れば、ここは森から城までの道程のちょうど半分という所か。

 人がいる場所までは、まだしばらく掛かりそうである。


「ふぅ……」


 自然とため息が出た。

 休憩も無しに歩き続けて、弱気になっているのだろう。

 ここで休憩することにして、道の端に座りこむ。


 ふと、ズボンのポケットに、何かが入っていることに気が付いた。

 ポケットを探ってみると、柔らかな皮で作られた袋が出てくる。

 皮袋の中にも何か入っているようだ。


 中身を取り出してみると、銀色のコインが五枚出てくる。

 表面には女性の姿が描かれており、その背中には翼が生えていた。


「天使か」


 メルヘンチックなコインだなと思いながらも、丁寧に元に戻しておく。

 どこかの国のお金だろうかと考えつつも、その話は後回しとする。

 座り込んだまま、辺りを見回した。


 綺麗な景色だ。

 草原を撫でる風が気持ち良い。

 自然は好きだったが、ここまで手付かずのものは目の当たりにしたことがなかった。

 それに海も山も草原もある。

 雄大な自然である。


 ボフン――


 そんな風に景色を眺めていると、背中に何かが当たった。

 鈍い衝撃と共に、軽く前に突き飛ばされる。


 背中に何か乗ったようで、少し重たい。

 気のせいか、首元がヒンヤリと冷たかった。


「うわっ」


 僕は驚いて、思わず背中のものを振り落としながら立ち上がる。

 すると、


 ボフン――


 そこにはバスケットボール大の丸い物体がいた。

 しかも、物体は水色で半透明に透けている。


「なんだこれ……スライム……?」


 この物体が当たってきたのだろうか。

 グニグニと形を変えている所を見ると、生物なのだろうか。

 まるでゲームに出てくるスライムのような外見をしている。

 こんな生物が実在するという話は、聞いたことがなかったのだが……。

 しばらく見つめていると、スライムは形を変え、力をためるような動きをしてからこちらに飛び掛かってきた。


「わっ」


 反射的に避ける。

 スライムが、特大の水風船を落としたような音を立てて落ちた。

 そしてすぐにまた、飛び掛かってくる。


「わ、こらっ」


 仕方なく、それも避ける。


 ボフッ――


 さらに避ける。


 ボフンッ――


 しかし、何度かその攻撃を避けていると、とうとう足に当たってしまう。


 ボヨン――


 痛くはない。


「もう、じゃれているつもりなのか?」


 すると、スライムはそのままフニフニと形を変えながら、足元から上半身へと勢いよく迫ってきた。


「うわっ」


 思わず、スライムを払い落とす。

 するとバシャリという音ともに地面に液体が広がり、丸い核らしき物体が残った。


 やってしまった……。

 罪悪感に苛まれるも、済んでしまったことは仕方がないと思い直す。

 それにしても、今の生物は何だったのだろうか……。


 興味本位から道端に残った、スライムの核を指先で突いてみる。

 大きさはピンポン球くらいか。

 触ると弾力があり、フニフニとしていた。

 これを水に入れたら、スライムが復活したりしないだろうか。


「そんな訳ないよな……」


 馬鹿な考えに頭を振ると、町への道程を再開することにした。




***




 歩き始めてしばらく……背後で再び嫌な音がした。


 ボフッ――


 後ろを振り向くと、さきほどと同じようにスライムが後を追いかけてきている。

 先ほどは水色であったが、今度は黄緑色だ。

 個性豊かな生物なのか、色違いがいるらしい。


 仕方なく、逃げるようにして歩く速度を上げてみる。

 しかし、歩く速度とスライムの移動速度は同じくらいのようで、いつまでもついてきた。


 ボフン――


 少し観察してみたい気もするが、それでは日が暮れてしまう。

 そのまま無視して歩くことにする。


 ボフッ――


 ボフンッ――


 ボフッ、ボフンッ――


 ボフッン、ボフンッ――


 いつの間にか、音のリズムが変わった気がする。

 振り向くと、スライムが二匹に増えていた。

 仲良く、交互にジャンプして付いて来ている。


 餅つきみたいだなと思いながらも、そのまま無視して歩くことにした。


 ボフンッ、ボフッ――


 ボフッ、ボフンッ――


 ボフンッボフッ、ボフンッ――


 ボボフン、ボフンッ――ボフン――


 しばらくして、またリズムが変わった。

 どうやら、スライムは増え続けているようだ。

 そして、前方からもまた新たなスライムが現れる。


 そこで仕方なくスライム達の相手をすることにした。

 飛び付いて来たものから順番に、両手で受け止めから草原の方へと優しく放る。


「ほら、お家におかえり」


 ボフン――


「そら、あっちだよ」


 ボフッン――


「あ、こらこら、戻って来ちゃだめだろ」


 ボヨン――


 最初に投げたはずの一匹が、こりずに胸元に飛び込んで来てしまった。

 愛い奴。スライムとの感動の再会。

 さらに他のスライム達も右に習えだ。


 しばらく続けても、スライム達が諦めることはなかった。

 仕方なく、隙を見て走って逃げることにする。


 その後も何度もスライムに遭遇したが、そのたびに走ることでやり過ごした。

 いつしか視線の先には、城壁に囲まれた巨大な街が迫ってきていた。




ーーーーー




 スライム(属:スライム)


 大地のお掃除屋さんと称されるこの魔物は、メイリス大陸において一、二を争うほどに有名な魔物といえるだろう。

 スライムは液体から固体までの形状変化を特徴とし、食事や生殖の際を除いて、普段は表面を弾力性のある膜に守られている。

 狩りの際では弱った動物に飛び掛かると、取り付いた体を軟体に変化させ、体内に取り込んでから溶かして食べる。

 体の中心にあるコアが破壊されないかぎり死滅することはなく、水を得ることで再生する程の生命力を持つ。


 またスライム属の多くは、単体での生殖から複数間(二体以上)での生殖を可能としており、突然変異種が生まれやすく同種族は非常に多様性に富む。

 亜種には強酸や麻痺毒を持つもの、より多様な形態変化能力を持つもの――転がって高速で移動するものや、体をひも状に変化させて水中を泳ぐもの――などが確認されている。

 なお、ただのスライムであれば、子供がボール代わりにして遊ぶ様子がごく自然に見られるほどには無害である。


 参考文献:『ハーミット魔性図鑑』 フレデリック・ハーミット


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