治療法
眩しい朝日が差し込む。
今日も僕の寝相は平常運転らしい。
その両腕になにか温かく柔らかなものを抱えている。
僕は眩しい日差しを遮るため、抱えているものに顔をうずめる。
フニ――
心地良い感触が僕を包み込む。
「んっ……」
ん……?
今、なにか聞こえた気がしたが、まぁ良いか……。
腕に抱く温もり感じながら微睡んでゆく。
このまま寝てしまおう。
別に無理して起きる必要は無い。
僕は自由なのだから……。
徐々に意識が薄らぐ……。
不意に何かが僕の髪に触れた。
突然の事に、意識が少しだけ覚醒する……。
誰かに髪を撫でられている。
しかし、その敵意の無い手付きに、僕は安心感を覚えた。
優しい感触が、僕を再び眠りにいざなう……。
心地良い。
それに、なんだか良い匂いもする……。
優しい香り……。
どうかできる事なら、このまま微睡んでいたい……。
このまま……ずっと……。
「……ご主人……様……」
ご主人……様……?
僕は掛けられた声に反応して、薄っすらと目を開ける。
ここに膨らみがある。
なんだろう……。
はい、分かります。
胸です……。
僕は胸から、というより彼女から離れた。
僕が離れると、フランは少し頬を染めながらも挨拶してくれる。
「おはようございます、ご主人様……。すみません、起こしてしまいましたか……」
「いや、えーと……心地良かった。じゃなくて、すみません……おはようございます」
僕は、寝ぼけながらもあやまった。
どうやら、またやってしまったらしい。
「いえ、でしたら、良かったです……。それに謝らないで下さい。私がそうしたかったのです……」
フランは、そう言いながらこちらを見つめ、微笑んだ。
その碧く透き通った瞳に、僕の視線は自然と惹きつけられてしまう。
その姿はとても魅力的で、一度見てしまうと目が離せなかった……。
白く透き通った頬をほんのりと桜色に染めながら微笑む少女。
その整った顔立ちに、年齢に似付かない穏やかさを備えている。
まるで、朝日まで彼女の味方をするかの様に輝く。
長く美しい髪が、窓から差し込む光に照らされ、キラキラと宝石の様に彼女を彩った。
美しい……僕の……。
「ご主人様?」
「えっ? あぁ、ごめん」
いつの間にか、彼女に見惚れていた様だ。
僕はぼーっとしていた事をあやまった。
「ですから、謝らないで下さい。私はご主人様の奴隷なんですよ?」
僕はフランの言葉に対して、いつもの様に言い返す。
「フラン、僕の前ではそんな事気にしなくても……」
「ダメですよ……ご主人様」
フランは穏やかな声で、僕の言葉を遮った。
「奴隷に謝る主人なんていません。そんな所を誰かに見られでもしたら、大変ですよ?」
「二人のときなら、平気だよ」
「今は良くてもです。普段接する態度は、気を抜けば表に出てしまうものです」
「それは……そうかもしれないけど……」
「ご主人様、優しくして頂けるのは嬉しいのです。ですが、やはり奴隷は奴隷として扱わなければいけません。そして、貴族は貴族として振舞わなければいけないと思うのです」
彼女は少しだけ真剣な顔をして言う。
しかし内容が内容だ……。
正直、僕には奴隷とか貴族とか……良く分からない。
しかも、あれだ、自分から言う事だろうか……。
「ご主人様、奴隷は世間一般では物です。物に感情や意思は認められません。奴隷は――」
「分かったよ、大丈夫」
僕はあくびをしながら、誤魔化す様にして言った。
「もう……ちゃんと聞いて下さい……」
フランは呟くようにして言う。
「私はもうご主人様の物なんです。ご主人様の奴隷です。この先もずっと……」
その姿は、まるで自分に言い聞かせる様だった……。
僕はその言葉にひどく理性を揺さぶられてしまう。
彼女の美しい容姿に加えて、奴隷と主人という立場なのだ。
変な事を考えない方が難しい……。
「分かったよ……フラン……」
僕は馬鹿な考えを追い出す様にして、大きく息を吐きながら答えた。
互いに服を着替えて、朝食を食べる。
「ご主人様、美味しいですね」
「うん、美味しい」
フランは、僕の正面に座り、静かにご飯を食べている。
フランとの朝食を部屋以外で食べるのは、初めてか……。
そう思うと、無事に契約できて良かった。
こうして、二人で自由に過ごすことができる。
彼女は、今も腕輪を白いアクセサリで隠しているが、わざわざ奴隷である事を見せびらかす必要も無い。
彼女のご主人様という呼び方で、バレる様な気もするが……もう気にしない事にした。
すると、あとは呪い付きだけか……。
僕は外の風景を眺めながら考え込む。
昨日、ティアに聞いた話では、どうやら呪い付きは魔力を吸収させ続ける事で治るらしい。
やはり、発作を繰り返す度に魔力を吸収させるのだそうだ。
ただ、あまり詳しい事は知らないとの事だった。
そして、城門前の医者が詳しいと話していた。
なんでも、この町の呪い付きを、その医者が治したのだとか……。
やはり、話を聞きに行くべきだろう。
あの医者は、もう帰ってきているだろうか……。
「フラン、森に行く前に医者とギルドに寄って行こうか」
「はい」
僕とフランは、朝ご飯を食べ終わると、医者へと向うことにした。
宿を出ると、青く透き通った空が広がり、眩しい朝日が町並みを照らす。
もう九時過ぎか……。
この世界の夜はする事が無いので、少し寝過ぎだと反省する……。
「ご主人様……。あの……手を繋いでも良いですか?」
「えっ? あ、うん」
僕はフランの手を取り、いつもの様に魔力で包んだ。
「ありがとうございます……」
「うん、大丈夫」
そして、二人でゆっくりと歩き出した。
****
朝日が町並みを照らす中、彼と手を繋いで歩く……。
今日も、彼は私を優しく包み込んでくれる。
彼の手と彼の魔力が……。
私は彼の手の感触を確かめる。
私よりも少しだけ大きく、温かい手……。
彼と手を繋いでいると安心する。
手を繋いでいる間は、私が奴隷である事も、呪い付きである事も、忘れられる様な気がした。
色々な不安から解放されるのだ……。
考えてみれば、彼に助けられてから、私の環境は大きく変わった。
あの屋敷に居た頃の様な、ビクビクしながら過ごす日々はもう無い……。
まだ、これからの事は分からないけど……きっと大丈夫だろう。
大丈夫、大丈夫……。
私は彼の口癖を繰り返し、心の中で自分に言い聞かせた。
****
出張中。
どうやら医者は、まだ帰って来てはいないらしい。
診療所の扉には、あいかわらず出張中の看板が掛けられていた。
そして、扉の横には小さな男の子が膝を抱えて座り込んでいる。
ここで医者の帰りを待っているのだろうか……。
「ご主人様……」
フランが男の子を見てポツリと呟いた。
よく見ると、男の子は怪我をしている様で、膝を大きく擦りむいていた。
おそらく転んだのだろう……。
その様子は、見ているだけで痛々しかった。
「……」
フランが男の子をじっと見つめる。
普段の彼女ならすぐにでも治してあげてしまうのかもしれない。
しかし、今は呪い付きだ。
魔力のことを気にしているのかもしれない。
「フラン、治してあげられないかな?」
「はいっ」
フランは、まるで僕の言葉を待っていたかの様に即答する。
そして、その場にしゃがみ込んで男の子に話しかけた。
「ねぇ、大丈夫?」
フランの問いかけに、男の子が顔を上げた。
その頬には涙の後が残っていた。
そして、フランの顔をじっと見つめると、どこか安心したのか、声を上げながらボロボロ泣き始める。
フランは、男の子を慣れた手つきで落ち着かせる。
優しい声と優しく髪を撫でながら……。
「大丈夫……大丈夫……」
男の子が次第に落ち着いてゆく。
「ひっく……ひっく……」
「大丈夫……。ほら、傷を診せてね」
フランの声に、男の子が頷いた。
彼女が傷口に手を伸ばす。
「傷口を綺麗にするから、少しだけ我慢してね」
フランは魔法で出した水で男の子の傷口を洗い流していく。
男の子は、その両手をギュッと握りしめて我慢していた。
水魔法か……。
この世界ではごく普通の光景なのかもしれない。
しかし、僕にとっては興味深いものだった。
僕は自然と彼女の手元を覗き込んでしまう。
それに気が付いた彼女が説明してくれる。
「浄化を織り交ぜて洗うのです。除菌もできるのですよ」
フランが傷口を洗い終わると、治療を始めた。
「魔力を浸透させて、内側から再生を促します」
少しずつ傷口がふさがっていく。
「魔力を浸透させるって、僕にもできるってこと?」
「いえ、これは水属性の特性です。他の属性だと、他人には魔力をほとんど拒絶されてしまいます」
特性か……やはり便利だな……。
僕はそう思いながら、フランの背中に触れて、魔力を注いだ。
彼女は呪い付きなので、あまり無理はできない。
「ありがとうございます。助かります」
「うん、大丈夫」
フランは膝の治療を終えると、男の子に言う。
「よく我慢したね。ほかに痛い所は無い?」
男の子は、フランの顔を見上げると、両手の掌を見せた。
どうやら、掌も擦り剥いていたらしい。
フランは男の子の頭を、優しく撫でると、治療を再開する。
傷口を洗い、治癒していく。
その様子は、どこか微笑ましかった。
フランは全ての傷を治療し終わると、男の子に言う。
「はい、おしまい。もうケガをしない様に気を付けるんだよ?」
「うん。お姉ちゃん、ありがとう!」
男の子は元気良く立ち上がると、パタパタと走って行ってしまった。
あの調子では、またすぐに転びそうだ……。
まぁ、元気なのは良い事か……。
僕とフランは顔を見合わせて笑い合った。
「なかなかの腕前だな」
突然、後ろから声をかけられた。
振り向くと、医者の男が立っていた。
医者の後ろには、看護婦さんの姿も見える。
どうやらいま戻ってきた様だ、二人とも大きな荷物を背負っていた。
「傷口を浄化、そしてあれだけ丁寧に治療して、顔色一つ変えないとはな」
「私の力ではありません。ご主人様が魔力を下さっているのです」
「主人……。なるほど……契約者か」
「はい」
「契約して魔力を分け合うか……。昔、お前らの様なことをする、医者の夫婦に世話になったことがある……」
医者は少し遠い目をしたかと思うと、そう呟いた。
「ところで、今日はどうしたんだ? どこか悪いのか?」
「いえ、先日はお世話になりました」
僕は初めに、傷の治療のお礼を言って話を切り出す。
「今日は、先生が呪い付きにお詳しいと聞いたもので、話を伺いに参りました」
「呪い付きについてか……。まぁ立ち話もなんだ、とりあえず中に入れ。茶くらいは出そう」
医者の男は、診療所の鍵を開けると看護婦さんと共に中に入って行く。
僕とフランもそれに続いた。
「いま、お茶を入れますね」
看護婦さんが荷物を持ってパタパタと奥に入って行った。
「そこの椅子に掛けてくれ」
僕とフランが言われた通りに椅子に座る。
医者の男が座ると話を切り出した。
「まず名前を聞こうか。俺はアレン・フォートランだ。さっきのが、エリル」
「はい。僕は、ユウ・アオイと申します。そして彼女がフラン・ノーツ」
僕が紹介するとフランは、座ったまま丁寧に挨拶をした。
「フランです。よろしくお願いします」
僕も習って会釈した。
「あぁ。それで、呪い付きのなにが知りたいんだ?」
僕はまずは治療法について聞く事にした。
能力についても聞いてみる。
「呪い付きの治し方を教えて頂きたい。それと呪い付きの能力の調べ方も、何か方法があれば……」
「治し方と能力の調べ方か……。知り合いに呪い付きが出たのか?」
「ええと……」
僕は彼の言葉への返答に少し困った。
フランが呪い付きである事を話して良いものかと思ったのだ。
うさぎ亭のマギーも、フランが呪い付きと知ると迷惑そうな顔をしていた。
僕がちらりとフランの方に目をやると、彼女は僕を見て頷いた。
教えても良いということらしい。
それに教わりに来ている以上は、礼儀を通さなければならない。
僕は正直に言うことにした。
「実は……彼女がそうなんです」
「平気そうだな。発症して何日経つ?」
医者も特に驚かずに聞き返した。
心配はいらなかったらしい。
「七日から八日です」
「治療したのか?」
治療と呼べるかは分からないが、魔力を注いだ事を伝える。
「えっと……。発作の間は魔力を与えました」
「そうか、それで良い」
アレンは言葉と共に頷いた。
その反応に、僕は少しだけ安心する。
一応は、対応を間違えていなかった様だ。
「ところで、お前は呪い付きとは何か知っているか?」
アレンは僕に、呪い付きについて尋ねた。
「何らかの能力を発現する代償に、魔力を必要とする症状と聞いています。そして発作の際は、触れる人から魔力を吸い取り、その勢いは人を死に至らしめる程であると……」
「そうだな。呪い付きは能力の発現によって発症する。そして発作は能力が完成するまで断続的に続く……。あぁ、ありがとう」
アレンは看護婦のエリルからお茶を受け取ると、それを口に含んだ。
僕とフランの前にも置かれたので、軽く会釈して話を続ける。
「つまり能力が完成すれば、発作は治まるのですね?」
「そうだ。もう魔法があれだけ使えるんだ、魔力を与えてやらなくても、死にはしないだろう」
その言葉に再び、少し安心した。
これから悪化することが無いのなら、僕が傍に居れば平気なのだ。
隣に座るフランも、どこかホッとした様な表情をしていた。
「そうですか。呪い付きの能力については、なにか知る方法はありませんか?」
「能力は人それぞれだからな……。二人が無事な所を見ると、人に害があるような能力では無いのだろうが……」
医者の男は考え込む様な表情をした。
「アレン。また、あの子の事を考えているのですか?」
アレンの隣に座るエリルが口を開いた。
「いや、違う。だから、あれは能力でと何度も……。それにもう、その効果は切れている……」
アレンはエリルから目を背けるようにしてソッポを向いた。
「ふふ……冗談よ」
エリルは微笑むとお茶に口を付けた。
僕もお茶を頂く、紅茶か……良い香りだ。
机の上には、お茶菓子のクッキーと、砂糖とミルクが置かれていた。
「まぁ、良い。能力を調べる方法は、実際に使ってみるしかない。発作の最中に何か変わったことは無かったか?」
「彼女、フランの眼が紅くなります。あと一度だけ魔物を召喚した様です」
僕はとりあえず知っている事を話した。
フランは隣で静かに話を聞いているのだ。
「眼が紅くなるのか……魔眼系だな……」
「アレン……」
「あぁ、大丈夫だって……。エリル、あの眼鏡を持ってきてくれ」
「はいはい」
エリルが席を立ち、奥の部屋へと入って行った。
「全く……。エリルのやつ……」
「なにかあったのですか?」
僕は気になって聞いてみた。
「あぁ……。前に、呪い付き絡みでちょっとな……」
しかし、アレンには適当にごまかされた。
そして彼が話を元に戻す。
「さて……。呪い付きの発作は、能力の暴走によるものだ。だから、その従者の能力は召喚では無いだろう」
「それは能力の暴走によって発作が起きるので、発作が起きた場合は能力が必ず発動している、ということですか?」
僕は確認のために聞き返した。
「あぁ、そうだ。これから、その紅い眼とやらを拝んでみよう」
丁度良く戻ってきたエリルがアレンに眼鏡を渡した。
「はい、眼鏡」
アレンがその眼鏡を掛けた。
「これは魔力を遮断するガラスで作られていてな……。まぁ、とりあえず机を見ながら能力を発動してみてくれ」
アレンがフランに能力の発動を促した。
「えっと……」
フランは、突然の事に少し戸惑っている様だった。
「フラン、大丈夫。僕は君の眼を何度も見ている。もし、なにか人に害のある能力なら僕が無事な筈が無い」
僕の言葉にフランが頷く。
「そうですね……。でも、一体どうやれば良いのですか? 眼に魔力を集めるのですか?」
フランの言葉にアレンが口を開いた。
「あぁ、能力の発動の仕方が分からないのか……。まぁ、簡単な方法がある。魔力を消費するんだ。そうすれば、勝手に発作が起きる」
僕は医者の言葉に少し反論する。
「でも、それって苦しいのでは……」
「ご主人様。私は大丈夫です。やはり、自分の力は知っておいた方が良いです」
フランが気丈に振る舞う。
「そうだな。能力は完成する前に、発動の仕方を知っておいた方が良い。こればかりは体感で覚えるしかないからな……」
「分かりました。ご主人様、私の魔力を受け取って頂けますか?」
「えっ、うん……」
僕は初めての言葉に少し戸惑った。
フランは、魔法を使って消費するのではなく、譲渡することで魔力を減らすつもりらしい。
「失礼します」
フランは僕の手を取ると、僕に向けて魔力を送り込んだ。
「ぉ……」
なんだか変な感覚だ……。
ふわふわとした何かが彼女の手から伝わってくる。
こそばゆい様な、温かいような……。
「あらあら、頬を赤くしちゃって……。可愛いわね」
エリルが僕を見て微笑んだ。
その言葉によりフランの事を意識してしまう。
「もう、からかわないで下さい。フラン、魔力を注ぎ込む様なイメージをすると早いよ」
僕は恥かしさを誤魔化す様にしてフランにアドバイスをする。
「はい、やってみます」
少しだけ……僕の中に入ってくる魔力の量が増えた気がした。
フランはずっとこんな感じだったのか……。
なんだか、すごく被虐的な感じがする……。
それに、あれだ……男としてのプライドが許さない様な……。
やばい、なんだか、すごく嫌だ……。
僕はずっとこんなことをフランに対して行っていたのか……。
「ご主人様。来ました」
僕がなにかを悶々と考えている内に、フランの能力が発動した様だ。
フランからの魔力が止まり、逆に少しずつ魔力を吸われていく。
すると、フランは僕から手を離した。
アレンがフランの眼を覗きこむ。
エリルはいつの間にか少し離れた所からこちらを見ていた。
僕もフランの眼を覗きこむ。
フランは伏せ眼がちに、机の一点を見つめていた。
「確かに紅くなっているな……」
「はい。別に直接見ても平気だと思いますよ?」
僕は眼鏡を掛けて覗きこむ医者に言った。
「まぁ、念のためだ。直接的に害は無くても、色々な能力があるからな」
医者がフランの眼と机の間に手を入れたり出したりする。
「全くわからんな……」
アレンがぼやいた。
「フラン、僕の眼を見て」
フランに僕の眼を見るように促した。
魔眼と言われると、僕が思い付くのは見た相手をどうにかするくらいしか思いつかなかった。
たとえば、魅了とか、混乱とか、状態異常系のなにか……。
フランの紅い眼が僕を見つめる。
発作の最中……彼女の瞳は、普段とは違う表情を見せる。
普段は蒼く、空の様に透き通った色をしているのに対して、今は宝石のルビーの様に紅く濃い色をしている。
そして、その瞳はユラユラと、幻想的に輝いている様にも見えた。
次第に彼女の呼吸が荒くなる。
「はぁ、はぁ……」
頬が少し染まり、目尻にもウルウルと少しだけ涙が貯まる。
正面から見つめられると……その、エロい……。
「フラン、ごめんね。無理しなくて良い」
僕はフランの手を取り、魔力を注いだ。
「もういいですよね?」
「あぁ、もういいだろう……」
医者の了承を得ると、魔力を注ぐことに集中した。
フランは眼を閉じて、呼吸を整えてゆく。
「やっぱり、また魅了の力ではないのかしら?」
エリルがこちらに近づきながら言った。
「いや、違うと思うが……」
エリルの言葉にアレンが答えた。
また……とは、どういうことなのだろうか。
以前に魅了の力を持った呪い付きが居たのだろうか?
「その、またというのは、どういうことなのでしょうか?」
僕の言葉に、アレンが少し重苦しそうに口を開いた。
「実は……少し前にも呪い付きを診ていてな……」
「その呪い付きの力が異性を魅了するものだったのよ」
アレンの言葉に続けてエリルが言う。
「そうだ。つまり俺は患者の能力で、魅了されて……死に物狂いでそいつを治療した……」
「もう、私も治療に参加させられたのよ。あのときのアレンは最低だったわ……」
「いや、すまなかった……」
アレンがエリルに謝った。
なんだかよく分からないが大変だったようだ……。
僕は気を取り直して、二人に尋ねる。
「つまりフランの能力も魅了の力だと?」
「それは分からんが……。とりあえず、お前が惚れているという自覚はあるか? それも、そいつのために常に何かしていなければ、気が狂うほどに……だ」
「いえ……。フランの眼は何度も見ていますが、さすがにそこまでは……」
「ならば、魅了とは違う何かだろう。発作で発動した力は、あまり制御が効かない。弱い力とも思えん。人に害の無い何か……」
「そうですか……」
魔眼の能力……。
召喚では無いとしたら一体何なのだろうか。
あと思い当たるのは、死神……か……。
そうしていると、診療所のドアが開き、男が担ぎこまれた。
「すみません、診てやって下さい」
男はぐったりとしており、胸には大きな傷が見えた。
アレンはその様子を見ると、すぐに立ち上がる。
「すまないな、患者だ」
「いえ、今日はありがとうございました」
僕と二人に対してお礼を言った。
フランもそれに続いてお辞儀をする。
「あぁ、またいつでも来い。暇な時なら話を聞いてやる」
「ふふ、今度は私の話も聞いてね」
アレンとエリルは一言ずつ言い残すと患者の元に向かった。
僕とフランは、治療の邪魔にならない様に、診療所を後にした。