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お話し

 眠れない……。

 右腕に触れる、温かく柔らかなモノの感触が気になる。


 僕の腕は彼女に抱き締められている。

 時折、彼女がする身じろぎによって、その柔らかさを思い知らされていた。

 生殺しだ……。

 ひどい、ひどすぎる……。


 あまりにも眠れないので、僕は魔法の練習をしていた。

 こんな事をしているから眠れないのかもしれないが……。


 僕は天井に向けて、数々の小さな光を照射する。

 イメージはプラネタリウムだ。


 僕の魔法はイメージを加える事で、かなり応用が利く事が解ってきた。


 いま練習しているのは、光に指向性しこうせいを加える練習だ。

 つまり照らしたい方向にだけ光を放つのだ。

 丸い電球から懐中電灯に変える様な感じ。


 僕は彼女の胸の感触を誤魔化すために、魔法の練習に集中した。





****





 トクン――


 呪い付きの発作に、私は目を覚ました。

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう……。


 私は彼の腕にしがみ付いたまま、彼の魔力に包まれていた。

 彼が私を魔力で包んでいると言うことは、まだ起きているのか。


 私が目を開けると、目の前には夜空が広がっていた。

 赤、青、白、様々な色の星がキラキラと瞬いている。

 夜空なんてあまり見上げたことは無かったけど、こうして天井に広がる星達は、私にはとても綺麗に見えた。


 彼は左腕を天井に向かって真っ直ぐと伸ばしている。

 きっと彼が照らしているのだろう……。


 すごいな……こんな魔法もあるんだ……。

 彼は本当におとぎ話に出てくる魔法使いの様だった。


「ご主人様……」


「えっ? わっ」


 彼はバタン――とベッドの上から崩れ落ちた。


「いてて……」


 声をかけた事で驚かせてしまった様だ。

 私は咄嗟に謝った。


「ご、ごめんなさい」


「あはは、大丈夫だよ」


 私は急いでベッドの上に彼のスペースを空けた。

 いつの間にか彼をベッドの端に追い詰めていたようだった。


「すみません」


「大丈夫」


 彼はそう言うと再びベッドの端に寝転んだ。


「ご主人様、もっとこちらに。また落ちてしまいます」


 私は彼の腕を引っ張る。


「う、うん……」


 彼は少しだけこちらに寄った、

 そして、私の手を取ると再び魔力で包んだ。

 私の発作にも気が付かなかった様だった。

 今回の発作は軽い様で、ほとんど苦しみも無い。


「ご主人様、寝ないのですか?」


「寝るよ。でもちょっと考え事と魔法の練習をね」


 考え事……。

 何を考えているのだろうか。

 それに魔法の練習か。

 彼はこんなにも魔法を自在に操れるのに、まだ上手くなる気なのだろうか……。

 いや、だから上手なのか……。


「ご主人様……先程の魔法、もう一度やって頂けませんか?」


「うん、良いよ」


 彼が空いている腕を天井に向けると、真っ暗な天井に星が瞬き始めた。

 星達は少しずつ増えてゆき、しばらくするとまるで夜空の様に部屋中を囲んだ。


「綺麗ですね……」


「ありがとう」


 物凄い数だ。

 この一つ一つを彼が魔法で作り出している。

 なんて上手なのだろうか。


 私は彼の魔力と魔法の星達に包まれている。

 彼の隣は本当に安心する。

 私は身も心も彼に温かく包まれていた。





****





 朝日が窓から差し込む中、僕は目覚めた。


 眠いな……。

 起きて早々、二度寝の誘惑に駆られる。


 遅くまで起きていたのもあるが、腕に抱える温かいものが主な原因だろう。

 また、いつの間にかフランの事を抱きしめていた。


 僕はおずおずと彼女から離れる。


「あっ、おはようございます」


 やはり起きていたか……。


「おはようございます……。すみませんでした……」


「いえ、謝らないで下さい。昨日は私もでしたから……」


「あはは……」


 僕らは二人して顔を赤くした。


「フラン、ご飯食べようか」


「はいっ」





 僕は食堂でティアに二人分の食事を頼んだ。


「また部屋で食べるの?」


「うん」


「彼女、大丈夫なの?」


「元気だよ」


「じゃあ、ここで食べなさいよ……」


「うーん、そのうち……」


「もうっ」


 フランの事を気にしてくれている様だが、解放奴隷のうちは、あまり外に出さない方が良さそうなので部屋で食べている。


 しばらくするとティアが食事をお盆に載せて持ってきてくれた。


「はい」


「ありがとう」


「後で預かっていた服を渡すわね」


「うん、いつも助かるよ」


「ふふっ」


 ティアは僕に笑顔を向けると厨房に戻って行く。


「あ、ティア」


「なに?」


「この辺で奴隷商を知らない?」


「また、奴隷を買うの?」


「いや、ちょっとね」


「まさか、売るの?」


「それもハズレ」


「そう……」


 僕はティアに奴隷商の場所を教わると、食事を取るために部屋に戻った。





 フランと食事をしていると、食べ終わる頃に彼女が口を開いた。


「ご主人様、お願いがあります」


「うん?」


「私と契約をお願いしたいのです」


 タイミング良く奴隷商の場所を聞いておいて良かった。

 僕の方から「契約に行かないか」なんて言えない……。


「今日は体調が良さそうだもんね。これを片付けたら行こうか」


「あ、ありがとうございますっ」


「じゃあ、食器を返してくるから着替えておいて」


「はいっ」





 食器を返す時にティアが服を渡してくれた。

 相変わらず綺麗に縫われている。


「綺麗に縫われているね」


「ふふっ、またいつでも直すから言ってね」


「うん、ありがとう」


 シャツはともかく、この膝当ての付いたズボンは防具も兼ねているので、かなり助かる。

 きっと買ったら高いだろうし……。


 それから少しの間、僕はティアの世間話に付き合った。





****





 心配していた契約もあっさりと了承された。

 元々約束はしてもらっていたけれど、不安なモノは不安だった。


 私は彼に言われた通りに、白のワンピースに着替える。

 何故ピッタリなのだろう……。

 本当に私の寝ている間にサイズでも測ったのかな。


 しかし、サンダルはブカブカだった。

 紐を少しだけきつく縛る。


 このフワフワしたものは何だろう……。

 花をイメージした様な、フリフリと飾りのついた物。

 髪留めだろうか……。


 私は試しに髪を結ゆわいた。

 うん、おそらく髪留めだ……。


 彼はポニーテールが好きなのだろうか……。


 最後に腕輪を隠すため、彼の大きめのコートを羽織った。


 私は椅子に座ると、その姿のまま彼を待った。





****





 部屋に入る前に念のため、扉をノックする。


「はい?」


「フラン、入って平気?」


「あ、はいっ」


 カチャリ――と鍵が空いて扉が開いた。

 部屋に入ると、ポニーテールのフランが出迎えてくれる。


 想定した使い方と違うが、これはこれで……。

 後で髪留めも買おうかな……。


「似合っているね」


「ありがとうございます」


 彼女は変わらずにコートを羽織っていた。

 気に入ったのだろうか。

 しかし、そのコートは少しぶかぶかだった。


 僕は渡していなかったコートを彼女に渡した。

 フラン用に僕のよりワンサイズ小さいのを買ってある。


「これはフランの、それ少し大きいよね?」


「あ、ありがとうございます」


 フランが着替えるためにコートを脱いだ。

 すると、真っ白なワンピースが彼女を際立たせる。


「やっぱり似合っているね。僕の趣味だからあまり当てにならないけど」


「いえ、とても綺麗で……私には勿体無いくらいです。大切にします」


 しかし彼女はすぐにコートを着込んでしまう。

 それに袖を気にしている様だった。


 やっぱり腕輪が気になるのか……。


「フラン、その髪留めは、本当は腕輪の上に付ける物なんだ」


「えっ、そうなのですか。てっきり結わいた方がお好きなのかと」


「あはは、確かにその髪型も好きだけどね」


 フランは少しだけ慌て外すと、腕輪の上に付け直した。

 普段落ち着いている分、慌てる様子も可愛いものだ。


「すみません。私はあまり家から出なかったので、世間知らずで」


「僕も同じ様なものだよ」


「そうなのですか」


 彼女には僕が違う世界から来た事を話していない。


 しかし、契約の前に話しておくべきか……。

 大切な事は取り返しのつかない前に言うべきだ。

 もっと早くに言うべきだったのかもしれないが、彼女の体調もあった。


「フラン、今まで話してなかったけど……。実は、僕は違う世界から来たんだ」


「そう……なのですか」


「黙っていてごめんね。だから、本当はこの世界の事はまだよく分からない。奴隷の契約も呪い付きの事も……」


 フランは少しだけ驚いた表情をしたが、僕は話を続けた。


「だから大切な事の前に話しておきたかったんだ。もっと早く話しておくべきだったかもしれない。僕は契約の事をよく知らない内に、君の頼みを受けてしまったけど、フランも僕の事をあまり知らないと思うから、君が後悔しない様に聞いて欲しい」


 僕はフランが頷くのを確認すると話を続けた。


 それからは僕に関するありとあらゆる事を話した。

 僕の事を知って貰うために、僕を形作る環境や出来事の話を……。

 思いつく限りに話したので、話の脈略とかはグチャグチャだった。

 それでも構わずに話し続ける。


 僕の父と母のこと、兄弟のこと、住んでいた場所、元の世界のこと、どんな風に育ったか、どんな夢があったか、恋人の話、失恋の話、小さな頃に貰ったチョコレートの話、好きな食べ物、子供の頃のイタズラ。

 とにかく思いつく限り、話した。

 続けて、この世界に来てからのこと、フランに出会ったこと、フランの事をどんな風に思っていたかも話した。

 僕がフランの事をどの様に見ていたかも、ぶっちゃける。


 自分に都合の良い話も悪い話も記憶に残る限り話した。


 フランは時には笑顔で、時に興味深そうに、そして辛抱強く僕の話を聞き続けた。


「だから、いまからでも他の主人を探したって良い。外を自由に歩けないなら、僕が探すのを手伝ったって良い。呪い付きが心配なら治るまで一緒にいるから……。フランには後悔しない様に、よく考えてから決めて欲しい」


「……」


 コクリと頷く彼女。


 やはり、話しておいて良かったかもしれない。

 僕も色々と溜まっていたのだろう。

 話し終わって、かなりスッキリとしている。

 最後には話していて嫌なことも沢山したが、懺悔とはこういうものを言うのかもしれない。


 全部、自分のためか……。


 僕が話を終わる頃には、かなり時間が経っていた。

 もうお昼を過ぎているかもしれない。


「フラン、何か飲み物を買ってくるよ」


 僕は椅子から立ち上がると、扉へと向かった。

 すると、フランが僕を呼び止める。


「ご主人様」


「なに?」


「自分だけ話して、全部私に決めさせるなんてズルいです……」


「あはは……うん、そうだったね」


「今度は少しだけ、私の話を聞いていただけますか?」


「うん」


 フランは左腕に付ける腕輪をギュっと握り締めながら、真っ直ぐに僕を見つめた。


「ご主人様……。普通、奴隷は主人を選ぶ事はできません。買われるのを待つくらいですか……。娼館に売られたり、売れ残れば魔術の生贄にされたりもします。奴隷は本来、主人を選べないものなのです」


 腕に鈍く光る腕輪、それが彼女を縛る解放奴隷の証だった。


 そして彼女が話をする中、彼女の瞳が次第に赤く染まっていく。

 発作だ。


「フラン、手を――」


「来ないで下さいっ! 大切な話なんですっ。今優しくされたら私は、私はっ――」


 フランがポロポロと涙を流し始める。

 彼女の言葉に、自分をなんとか押し止める。


「私はっ……ご主人様が良いですっ。この呪い付きを抜きにしてもご主人様が良いですっ。他の人なんか嫌ですっ……」


 彼女は発作の苦しみを無視して必死に訴える。


「ご主人様は……私と契約して後悔いたしませんか? 私にも嫌なところは沢山あります。私は呪い付きですしご主人様のお役に立てる事も少ないと思います。お金を払えば私よりも良い奴隷なんて沢山います。それでも、私の事を知っても契約してくれますか? 私をご主人様の奴隷にしてくれますか?」


 フランは頬に涙を流しながら、そしてギュっと腕輪を握り締めたまま僕の返事を待った。

 自分のことを話す事で、僕の心が変わる事が怖いのだろう……。

 元より彼女の話の内容に関わらず、フランが望む限り契約する気でいた。

 きっと彼女が求める限り、僕は何度でも約束するだろう。


「約束するよ。フランが望めば僕は契約する」


 フランは僕の言葉を聞くと一度だけ頷き、大きく深呼吸をした。

 そして僕はフランの手を取ると魔力で彼女を包んだ。


「話をする前に約束して頂くなんて、ズルいですよね……」


「そんな事無いよ。僕もフランの立場だったら分からない」


「本当に……ご主人様はズルいです……」


 いや、待て。

 いま僕がズルいって言わなかったか?

 しかし、真剣な話なので茶々を入れずに黙っている事にした。


「でも、約束しましたからね」


 彼女はそう言うと力一杯に微笑んだ。

 そして繋いだ手にギュッと力が込められる。

 僕は少し照れそうになるが、気を引き締めて誤魔化した。

 そして彼女が話し始める。


「私はとある領主の娘として生まれました……」


 フランはとても上手に話した。

 話は僕と同様に長かったが、全く飽きなかった。

 小さな頃に両親と祖父が亡くなったこと、両親が医者だったこと、祖父に可愛がってもらったこと、叔母夫婦の話、叔母の家族を恨んだこと、本が好きだったこと、医者を目指していたこと、掃除や炊事が得意なこと、庭の花が好きだったこと、ずっと屋敷から逃げ出そうと思っていたこと、魔法があまり使えないこと、そして呪い付きとなったこと……。


 フランは、時折「えっと、えっと」と言いながらも真剣に話し続けた。

 一生懸命に話す彼女の姿は、とても愛らしかった。


「私はご主人様が良いです。ご主人様は、私と契約して後悔いたしませんか?」


 後悔どころか、フランの話には後ろめたい事なんて無かった。

 ただ純粋に努力をしていた。

 そして、運悪く呪い付きとなり、奴隷となってしまっただけだった。

 後悔なんて、するはずが無かった。


「僕は後悔なんてしないよ。契約がどういうものか分からないけど、フランは自分の事を正直に話してくれた。僕もフランが良い」


「あ、ありがとう……ございます……」


 フランは僕の言葉を聞くと少しだけ頬を染め、そして微笑んだ。

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