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眠れぬ夜

 夕焼けが町並みを照らしている。

 僕はフランを魔力で包みながら、空いた方の手で魔法の練習をしていると、彼女が目覚めた。


「ご主人様……」


「あ、おはよう」


 僕がフランと繋いでいた手を離そうとすると、彼女の方からギュッと手を握ってきた。


「手……握っていて、良いですか?」


 彼女の言葉は、僕が好きとかそういう訳ではない。


「怖いのです……」


「うん、大丈夫」


 彼女を苦しめる、呪い付きの所為だった。

 しかし、それでも僕は少しだけ赤くなった顔を誤魔化すために、魔法の練習を続けた。


 赤……緑……青。

 少しずつ色を変えていく。

 どうやら僕の魔法は、光の色を変えられるらしい。

 専門的な言葉で言うと、波長スペクトルを変えられるということ。

 それに色を調節して、光の暖かさも変えられるようだ……。

 オレンジ色や赤色にすれば暖かく、青色や紫色にすればただの光になる。

 おそらく赤外線を含む量によって、暖かさが変わるのだと思う。

 暖かさも意識することで、調節することができた。

 案外、色々と応用が効きそうな気がする。


 僕は空いた手の五本指に、それぞれ違う色の光の球を浮かべた。


「綺麗な魔法ですね……」


「あはは、ありがとう。でも、フランの魔法に比べたら大したことないよ」


「そんなことないです。だって、その光はとても温かいです……」


 フランの口調はとても優しく、癒される。

 こんな子が、本当に人を傷つけたりするのだろうか。

 まぁ、呪い付きの力の所為なのだろうが……。


 彼女の言う、召喚の能力。

 本当に、危険はないのだろうか。


 呪い付きは発作の度に能力を暴走させるらしい。

 ならば、自分の意思に関わらずに力を発揮してしまうのではないだろうか?


 今、僕の手を見つめるフランの眼は青い。

 そして、発作の最中の眼は赤かった。

 これは能力に関係しているのだと思うのだが……。

 うーん。


「フラン、ためしに眼に魔力を集めてみてもらえないかな?」


「何故……ですか?」


「フランの能力の正体が知りたくて」


「……ここで魔物を召喚しろと仰るのですか?」


「うーん、そうじゃないんだけど……。発作の最中にフランの眼が赤くなるんだよ」


「そう……なのですか……」


「やっぱり、危ないかな?」


「はい……。でも、私も苦しい時に視界が赤くなるのが気になっていました。本当にすごく苦しい時だけですが……」


 仮に眼に力があるとしたら、ここで召喚されてしまえば、かなり危険だ……。

 それに発作を誘発する恐れもあるか……。


「ごめん。思い付きで言っただけだから気にしないで」


「はい……」


 僕は気を取り直して話題を変える。


「フラン、ご飯食べない?」


 僕はお腹が空いているのだ。

 おそらくフランも。


「はい」







 僕は一人で食堂に向い、二人分の料理を注文する。


「おまちどうさま」


「ありがとう」


 ティアから食事の乗ったお盆を受け取る。

 というか、ティアはもう起きたのか……。


「眠くないの?」


「眠いわよ……」


「あはは、それでも働くなんてえらいね」


「お店の明かりは、私の仕事だからね。それより彼女は平気なの?」


「うん、いまは平気そう」


「そう、良かったわね。それじゃあ、仕事に戻るわっ」


「うん」


 ティアは「じゃあね」と言って仕事に戻って行った。


 僕は料理を持って部屋へと戻った。







「美味しいですね」


「そうだね」


 僕はフランと二人で兎肉のシチュー食べている。

 やはり、誰かと一緒に食べるご飯は美味しい。


 ティアと食べた時は、彼女がよく話すので楽しいが、フランとの食事の様に二人で静かに食べるのも良いものだ。

 僕にはこちらの方が合っているのかもしれない。

 ただ場を盛り上げる程の話術が無いだけかもしれないが……。





 フランは僕が見る度に、その視線に気がついて、彼女がこちらを見る。

 僕はすぐに気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

 僕はこんなにも初心うぶだっただろうか……。


 彼女はとても美しい。

 そのキラキラとした金色の髪はとても繊細に見えて、触りたいという欲情に掻き立てられる。

 そして、碧く透き通った瞳は、自然と僕の視線を惹きつけるのだった。



 というか、格好だよ、格好……。


 僕がフランを視てしまうのも、変な事を考えそうになるのも、彼女の格好が問題なのだ。

 コートを着てはいるが、その大きめのコートからは時折チラチラと肌が見えるのだ……。



 僕は彼女が食べ終わるのを待つと、話を切り出した。


「フランに渡したい物があるんだ」


 ん? と首を傾げる美しい少女。

 だめだ、これは惚れる……。


 僕は少し赤くなりながらも、皮袋から寝巻きと下着を取り出して彼女に渡した。


「これを……」


 続けて、日用品、サンダル、白のワンピース、腕に付けるシュシュと次々と渡していく。


「あ、ありがとうございます……」


 しかし、フランはいつまでも着替えようとしない。

 いや、僕が居るからか……。


「外に出ているから」


 僕が扉に向かうと、彼女に呼び止められた。


「あの、どうして……」


 心無しか……彼女の声は震えていたような気がした。


「どうして、ここまでして下さるのですか?」


 どうしてと言われても、正直よく分からない。


 可哀想だから?

 たまたま目の前にいたから?

 それとも僕が寂しいからだろうか。


 おそらく、どれも当てはまるだろう。

 でも、たぶん本当の理由は……。


 僕が僕でいる為に――

 一人になったこの世界で、自分を見失わないためにとか。

 そんな思いが強いのかもしれない。


 自分のため……。

 でも、そんな事はうまく説明できそうになかった。


「フランに似合うと思ってさ」


 僕はそう言い残すと部屋を出た。




****





 部屋の扉が閉まる。


 彼から渡された物達に、私は茫然としていた。


 こんなにも沢山。

 そのどれもが、使い古しではない、良い品々であることが分かる。

 この白のワンピースなんか、ドレスのように綺麗で……こんなの久しく着た覚えがない。

 奴隷の私が着るような物ではなかった。


 どうして……。

 彼は私にここまでするのだろう。


 何故、呪い付きの私に……。

 何故、奴隷の私に……。

 何故、何の役にも立たない私に……。


 何故――

 でも、そんな事は分かっている。


 彼は見返りを求めているのだろう。

 やっぱり、男の人の考える事なんて一緒だ……。


 私の周りには、あまり男の人はいなかったけど。

 叔母の夫も、檻の中に入ってきた男達も、みんなそうだった。


 この下着も、不気味なくらい私のサイズに合っている。

 いつの間にか、彼に触られていたのだろうか……。


 私は寝ていたのだから、気が付かなくても無理は無い。


 怖かった……。

 今は優しくても、逆らえば何をされるか分からない。


 私の頭の中は、グチャグチャだった。

 彼を信じたり、信じられなくなったりをフラフラと行き来している。


 それでも、彼が一番良いはずだ。

 呪い付きの私にとって、発作の苦しみから逃れるには、彼に頼るしかない。

 それに奴隷の私に優しい態度で接して、美味しい食事や綺麗な衣服までくれるのだ。


 彼以上の主人なんて、想像が付かなかった。


 今日の私は体調が良い……。

 もし、彼が来るなら今日……。


 覚悟を決めるしかない……。


 私は意を決して、扉を開いた。





****





 僕は部屋を出て扉の前に出た。


「あっ」


 そういれば、今日はまだ体を拭いていない……。

 お湯を貰いに行こう。


 服を渡す前に気が付けば良かった。

 そうすれば二回も部屋の前で待つ必要が無いのだから……。

 まぁ、いいか。

 僕は宿の一階に下りて行った。





****





 扉を開いて、彼を探した。

 いない……?


 どこに行ってしまったのだろう。

 そこへ男の人達が廊下を歩いてきた。

 彼ではない……。


 私は咄嗟に扉を閉めて鍵を掛けた。


 怖い……。


 私は解放奴隷だ。

 今の私に何をしようとも罪にはならない……。


 道端の石ころと同じなのだ……。

 誰の物でも無い石に、何をしようとも罪にはならない。

 そう、神が定めた。


 私は誰かの物になるしかないのだ。


 トクン――


 私はその場にうずくまった。





****





 僕は宿の主人のアランからお湯を二つ受け取ると部屋に戻った。

 しかし、部屋の扉が開かない……。

 鍵は部屋の中だった。


 お湯を抱えながら扉をノックする。

 すると、扉は開かないまま中から声が聞こえた。


「誰……ですか?」


「僕だよ、ユウ」


 カチャリと扉が開いた。

 その隙間からは赤い瞳が覗いている。


「ごめん、お湯を貰いに行っていて」


 僕は言い訳をしながら、部屋へと入った。


「いえ、すみません、怖くて……」


「大丈夫。フランの眼が赤いけど、苦しいの?」


「はい……少しだけ……」


「手を」


 僕が手を差し出すと、フランは恐る恐る手を取った。


 彼女に向けて魔力を流し込む。

 すると、すぐに魔力はいっぱいになった。

 今回の発作は軽いようだ。

 良かった。





 しかし、困った。

 これでは体が拭けない……。


 何故こんなにもタイムリーなんだ。


 ぐぅ……と僕が考え込んでいるとフランが口を開いた。


「あの……私の事は気にしないで、体をお拭きになって下さい……」


「でも……」


「少しの間なら大丈夫ですから……」


 彼女は気丈にも僕から手を離した。

 苦しいだろうに……。


 僕はいそいそと服を脱いで自分の体を拭いていく。

 急がなければ、その分だけ彼女が苦しいからだ。


 僕が体を拭き終ると彼女の手が僕の体に触れた。


 まだパンツを穿き替えたばかりなのだが……。

 つまりパンツ一丁と言うこと。

 今度こそお婿に行けない……。


「はぁ、はぁ、すみません」


「大丈夫」


 僕は彼女の手を取ると魔力を込めた。

 パンツ一丁だが気にしてられない……。


 しばらくすると、フランの呼吸が落ち着いてくる。

 僕はフランの手を握ったまま、ズボンとシャツを着ていく。


 しかしシャツのボタンは、なかなか閉められない。

 僕がボタン相手に苦戦していると、フランが手伝いを申し出てくれた。


「手伝います」


 彼女に手伝ってもらいながら、ボタンを閉め終わる。

 というか落ち着け、僕……焦り過ぎだ。


「あ、あの……私も拭いて良いですか?」


「うん」


 待て、反射的に返事をしてしまったが、手はどうするんだ……。

 僕と繋いだ彼女の手には、ギュッと力が込められたままだった。


 そして、僕の返事を聞くなりシャツのボタンに手を掛け始める。


 僕は後ろを向いて、彼女から視線を逸らした。


 落ち着け……。


「あ、あの……」


「はいっ」


「一度、手を……脱げません」


 いつの間にか僕の方が力を込めていた様で、彼女は繋いだ手を持ち替えられないでいた。


 彼女の手が入れ替わる。

 と、すぐに彼女の手が離れた。


「んっ……」


 どうやら彼女は、タオルを絞っている様だ。


 彼女の手が僕の手に戻る。


「あの……力が入らなくて、絞ってもらえませんか?」


 あぁ、そうか……。

 僕はなるべく彼女の方を見ない様にしながら、タオルを絞った。


 僕が絞ったタオルを渡すと、後ろを向いた。

 彼女が体を拭いていく。


「ご主人様、背中をお願いできますか?」


「うん」


 うぅ……。

 気にしているのは、僕だけなのだろうか……。

 彼女の声はとても落ち着いていた。


 僕は彼女の前を見ない様にしながら、背中を拭いていく。

 タオル越しにも分かる彼女の体温……。

 その肌は白く透き通っていた。


 彼女は胸元に手を当てている。

 彼女の肩も少し震えているような気がした。

 緊張しているのは、僕だけじゃないのか……。


 彼女も普通の女の子だ。

 そう考えると少しだけ落ち着くことができた。

 タオルを絞り直して彼女に渡す。


「はい」


「ありがとうございます」


 再び僕が後ろを向くと、彼女が寝巻きのズボンを脱ぎ始めたようだ。


 待て、上を着ろ……。


 再び僕の思考が焦り始めるが、魔力の操作に集中して、頭を空にする。


 しばらく待つと彼女が体を拭き終わる。

 繋いだ手を持ち替えたりしながら、服を着た。


「もう平気です。ありがとうございました」


「うん」





****





 呪い付きの発作が治まると、彼は食器とお湯を片付けに部屋を出て行った。

 鍵もちゃんと掛けて行ってくれた。


 体を拭くとき、彼は私を見ようとしなかった。

 私の思い違いなのだろうか……。

 でも、体を拭かせるってことは……。


 もう訳が分からない。


 呪い付きに、奴隷に、男の人に……。

 多くの事が私を混乱させる。

 その全てが怖かった……。


 それでも彼だけは優しくて、私の考えをグラグラと揺さぶるのだ。


 彼の優しさが、私の決意を鈍らせる。

 彼に甘えても良いのかと、普通の女の子でいて良いのかと……。

 でも、解放奴隷である私に残された道は他にないのだ……。

 呪い付きの発作も、今日はほとんど起きなかった。


 呪い付きが本当に治ったらどうなるか分からない。

 もう……頭の中グチャグチャだ……分からないよ。





****





 僕は食器とお湯を返して部屋に戻った。


「ただいま」


「お帰りなさい……」


 久々に聞いたその言葉に、僕は少しだけ安心した。

 しかし、フランに元気が無い気がするのは、何故だろうか……。


「平気?」


「はい……」


 やはり元気が無い……。


 僕が彼女の手を取ると、一瞬だけその肩が震えた様な気がした。


 魔力を吸われるわけでもない。

 しかし、彼女の様子はなんだか怯えている?


 というか、僕の所為か……。


「ごめんね」


 僕は彼女に謝ると手を離した。


 僕と彼女は同じタイミングで寝たことがない。

 呪い付きの所為だが……。


 今の彼女は、これからの事を意識しているのかもしれない。

 そんな彼女を怖がらせるわけにはいかない。


「フラン、僕は床で寝るから。もし発作が起きたら僕を起こせる?」


 彼女は僕の手を握ると、こう答えた。


「一緒に……寝て下さい……」


 な、んだと……。


 いや、落ち着け……。


 僕も彼女が起きられるなんて、あまり思っていなかった。

 先に寝かせて、様子を見てから寝るつもりだった……。


 彼女は、僕をベッドに引っ張る……。


 待て、何故引っ張る。

 眠いのか?

 いや、ずっと寝てたよね……。


 うぅ……何故か、逆に布団を被せられて寝かしつけられる。

 ランプの火まで消されて、もう寝るしかなくなった……。


 彼女が布団の中に入ってくる。

 僕はなるべくベッドの端に寄った。

 彼女の手が僕の手を探しているのか、腕に触れる……。

 僕はその手を掴んで、魔力を込めた。


 集中しろ……。

 心頭滅却すれば、火もまた涼し。

 いや、あんまり関係無いな……。





 暗闇の中、彼女のすすり泣く声が聞こえた気がした……。

 彼女の顔は俯いているため、その表情を見ることはできない。


 気のせいか……。


 僕は彼女へ魔力を注ぐことに集中した。





****





 なんでっ……。

 そうじゃないのにっ……。


 彼は私に何も求めなかった。

 いまこうしている間にも、私の事を魔力で包んでいる……。


 私は勇気を出して、彼の手を取ったのに……。


 私にはそれが精一杯だった。

 ただ、彼の手を掴むことしかできなかった。


 そこからは少しも動けないでいる……。


 ただ尽くされるだけ……。

 奴隷の私にとって、それは拷問に等しかった。

 自分の無力さ、価値の無さを思い知らされる。


 価値の無い奴隷なんか……。

 側に置く意味なんて無いのに。





****





 眠れない……。

 僕は彼女を魔力で包みながら、ぼーっとした時間を過ごす。


 頭は冴えて居るし、彼女を魔力で包むのも慣れてきてしまった。

 あまり集中しなくても、彼女を包み込む事ができる。


 というか、気が付いたらドップリと包み込む事ができていた。

 これなら魔力のムラとかを気にしなくて良い。

 集中する必要も無かった。

 体から出せる魔力の量でも増えたのだろうか……。


 僕は魔力がより彼女に入り込む様に、魔力にイメージを加える。

 彼女が苦しまなくて済むように……。

 彼女が悲しまなくて済むように……。





****





 私は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 彼の手を握ると安心する。


 手を繋ぐ前はあんなにも色々とグチャグチャだったのに……。

 自分の不安定な感情に嫌気がさした。


 でも、そんな事どうでも良い。


 この水の中に浮いた様な感覚が私を落ち着かせてくれる。


 私は無意識の内に、彼の腕を抱きしめた。





****





 待て、落ち着け。

 いや、胸が当たる。


 大丈夫だ、問題ない。

 いや、大有りだ。


 彼女は寝ているのか?

 寝ているんだよね?


 僕に逃げ道は無い。

 既にギリギリまでベッドの端に寄っていて落ちそうだ。


 というか、既に片腕が落ちている。


 僕はただ一人、眠れぬ夜を過ごした。

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