夜明け
淡い日の光が宿の部屋を照らし始める頃。
僕は目を覚ました。
僕の隣に眠る呪い付きの少女――フランは、安らかな寝息を立てていた。
良かった……。
彼女も無事なようだ。
僕は一度フランから身体を離し、再び彼女の身体に触れた。
大丈夫、魔力は吸われていない。
どうやら発作は、収まっているらしい。
うぅ……身体の節々が痛い。
まるで風邪で高熱を出したときみたいだ。
こんな感覚は何年ぶりだろうか。
それになんか暑いな……。
僕の足元と背中の方に何か暖かな物体が触れている。
僕の抱えていたフランの方にも一つあるみたいだった。
僕は謎の熱源の正体を確かめるべく、布団の中で、その物体に触れた。
ん?
なんか毛むくじゃらだった。
生き物なのだろうか……。
再び触れる。
ツンツン――
反応が無い。
いや、生きている訳じゃないのか。
ただの毛皮の塊だ……。
僕は毛むくじゃらを布団の中から引っ張り出す。
やはり正体は毛皮で、その中は温かな液体で満たされているようだった。
前の世界でいう、湯たんぽのような物だろうか。
僕は毛皮の湯たんぽの感触を確かめる。
フニフニ――
なんか良いな……。
その毛並みもラビットファーみたいで心地良い。
うさぎ亭だけに、これもうさぎなのだろうか。
しかし、なんでこんな物が……。
僕が部屋の中を見回すと……。
宿の娘のティアが椅子に座ってコクリコクリ……と眠っている。
その体に掛かっていたであろう毛布が、床に落ちてしまっていた。
なぜティアが部屋に居るんだ……。
この湯たんぽは、ティアの仕業か。
僕は床に落ちた毛布を掛け直そうと、ベッドから下りて彼女の方へと向かう。
と、その足に何かが触れた。
サワッ――
なにか柔らかく細いものに、くすぐられた様な感触。
僕が床に目をやると沢山の鳥が散乱している。
「うわっ」
そして、そのすべてが息耐えていた。
その数七羽。
な、なんだこれは……。
鳥は茶色をベースに黒と白が入り混じったような模様をしており、ハトよりも一回りか二回りくらい大きい。
それらは、まるで何かの儀式のように、ベッドを中心に死骸が散乱している。
儀式なんて見た事はないけど……。
「あら、起きたのね」
「えっと、これは一体……」
「リトルターキーよ。とても美味しいのよ?」
ティアが目を擦りながら答える。
いや、そうじゃない。
何故こんな状況なのかを尋ねたつもりだったんだが……。
「いや、そうじゃ無くて――」
と、そこへ勢い良く扉の開く音。
「こら、ティアッ! あんた一体何羽使ったの!」
「……」
「……」
と、一瞬の沈黙。
「あら……ユウ君、生きていたのね。ちょっと娘を借りて行くわよ」
とマギーはティアの腕をガシッと掴んで、あっという間に攫って行く……。
「何なんだ……」
それに生きていた?
フランが呪い付きなのがバレているのだろうか。
しばらくすると、涙目のティアが部屋にやって来た。
「グスッ……。お母さんに鳥を使ったの怒られたわ。しばらくお小遣い抜きだって……。お母さんが良いって言ったのに……」
何だかよく分からないが、ご愁傷様だ……。
と、そこへ再びマギーが現れた。
「言ってないわよ」
「言ったもん……」
「もう、こんなに……七羽も良いなんて、言ってないでしょ?」
「でも、鳥が大きくなったとか、それらしい事は言ったもん……」
ティアの言葉に、再びマギーが大きなため息を吐いた。
「あれはね、貴女が何かしないと納得しないと思ったから言った事なの……。一度試せば、貴女じゃ力が及ばないことくらい分かると思ったのだけど?」
「……」
全く話が見えない……。
シュンと落ち込むティアを見ていられないので、僕は口を挟んだ。
「あ、あの……これは一体……」
「あぁ、騒がせて悪いわね……。と、それより……うちでこんな事されると困るのだけど? 彼女は呪い付きでしょ?」
しまった。
タゲが僕に移った……。
これに関しては、僕が完全に悪いので素直に謝る。
「すみません……」
出ていけと言われるだろうか。
ここの料理、美味しいんだけどなぁ……。
「まぁ、良いわ。一緒に居られるってことは、危険は無いんでしょ……。その代わり、貴方が死んだら貴方の荷物は貰うからね」
僕の魔道具の事を言っているのだろうか……。
別に誰かに残す訳では無いので、問題ない。
僕はその言葉に頷いた。
「ティア、二人に部屋を移ってもらいなさい。それと、ちゃんと鳥を捌いておくのよ?」
「えー、眠たい……」
「ダメよ。捌くまで寝ちゃダメ」
「はーい……」
じゃあ私は朝食の準備があるから、とマギーは部屋を出て行った。
「はぁ……。じゃあ向かえの部屋が空いているはずだから、彼女が起きたら移ってもらって良い?」
と、ティアは鳥を片付けながら僕に言う。
「あ、うん。ありがとう。このお湯の入った毛皮は、ティアが?」
「そうよ、家族のだけどね」
まだあまり状況が掴めないのだが、ティアが色々と頑張ってくれたのは理解できた。
「色々とありがとね」
「ふふっ、良いのよ。私が勝手にやったことだもの」
「鳥を捌くの、手伝おうか?」
「本当にっ⁉」
「えっ、うん」
思ったよりも、反応が良かった。
そんなに大変なのだろうか。
その後、ティアと共に鳥達を解体した。
「じゃあユウは首を落として」
とティアに言われて包丁を渡された時は躊躇したが、見本を見せて貰い頑張った。
鳥の解体もなかなかに残酷だ。
ティアは平気な顔をして、というより終始ご機嫌な様子だったが……。
ようやく、七羽解体を終えた頃にはお昼近くになっていた。
朝ご飯と昼食はティアと二人で食べた。
僕は時々フランの様子を見に行ったが、彼女は眠ったままだった。
発作も起きていない様で、彼女の容態も安定していた。
お昼を食べる頃には、ティアも限界が来たようで、ティアが寝る前にフランを背負って部屋を移った。
その時、フランをお姫様抱っこか背負って運ぶかで迷ったのだけど……。
僕は背中に背負う事にした。
フランにはコートを着せているが、お姫様抱っこだと色々と目のやり場に困りそうだったからだ。
結局どちらも生殺しだった訳だけど……。
背中に当たるのだ……。
コート越しにもフニョンとした感触が……。
こ、これがノーブラの威力か……!
凄まじい破壊力だ……。
と、ティアが見ているので、ささっと寝かせた。
残念……。
ティアは僕らが部屋を移るのを見届けると、テキパキと掃除を済ませて寝てしまった。
今の僕はフランが起きるのを待ちながら、ギルドから貰った冊子を読んでいる。
片手にギルドの冊子、片手に彼女の手を握りながら……。
しかし、今更だが……。
彼女の意思を確認せずに、その肌に触れる事はやはりためらわれる。
女の人は好きでもない人にベタベタと触れられることは、おぞましいとさえ感じる――と聞いた事があるからだ……。
心配なので手を繋いで、魔力で包んでいるが……。
それに少しでも苦しみを和らげられないか、と思った結果でもある。
呪い付きの発作中でなくても、ほんの少しだけなら魔力を与えられる。
少しずつ染み込む程度だが、やらないよりはマシだろう。
全く、僕は誰に言い訳をしているのだか……。
「ふぅ……」
僕は魔力の操作に集中しながら、ギルドの冊子の内容を読んでいく。
やはり、よりお金を稼ぐにはランクをあげる必要があるらしい。
僕のランクは一番下のGランク。
本当はこの世界の文字で――という字なのだが、なんとなくしっくり来るように頭の中で翻訳している。
と、まぁ……それは置いておいて。
ランクをあげる必要があるのは、魔物の討伐の依頼を受けるのにFランク以上の必要があるからだ。
今のGランクだと、薬草の採取や引越しの手伝いなどのバイトレベルの仕事しか無いらしい。
休み無しに働けば、暮らしていけなくもないのだが、時期によっては仕事の有る無しもあるだろう……。
その日暮らしになるのが目に見えている。
僕と彼女が今後その日暮らしをしない為にも、ランクアップが必要なのだ。
Fランクは装備審査らしい。
大丈夫だろうか……。
いや、きっと大丈夫だ。
彼女のためにも頑張ろう……。
目的があれば、嫌な事を考えなくて済む。
何故、僕がこんな目に――とか考える暇を無くせば良いのだ
僕のいまやるべき事は……お金を稼ぐ事と、フランを守る事……。
つまり、全て自分のためなのだが……。
僕はそういう人間なので仕方無い。
僕は嫌な事を考えないように魔力の操作に集中した。