不思議な泉
森の木々が風に揺れる。
僕は頬を撫でる微風に目を覚ました。
「ぅ……」
気が付けば、鬱蒼とした森の中にいた。
すぐ側に生える木の根元は見事なまでに苔むしており、湿った地面に触れる背中とお尻が冷たい。
頭がぼんやりとしており、とても長く眠っていたように重たかった。
いまの気分を言い表すならば、冬眠から覚めたばかりのクマと言ったところか……。
ゆっくりと体を起こすと、今度は自分の服装が見慣れぬ格好であることに気が付いた。
底の厚いブーツと膝当ての付いたズボン。上半身には長袖のシャツの上から革の鎧などを着込んでいる。
左腕にも、なにやら銀の細い腕輪を身に付けていた。
「もう、一体なんなんだ……」
僕は事態に混乱しながらも、昨日の記憶を思い返してみる。
いつも通りの日常を――
大学での講義を終えて帰宅し、出された課題に頭を悩ませながらもなんとか仕上げ、充足した気持ちと疲労感に身を任せて眠りに就いたはずだった。
それがどうして、こんな場所にいるのだろうか。
何か長い夢でも見ていたような気もするが、上手くは思い出せなかった。
背中とお尻の汚れを払いながら立ち上がる。
すると、視線の先にボンヤリと光る空間が見えた。
「森の中に光?」
引き寄せられるようにして近づいて行くと、明かりの正体が小さな泉であることがわかる。
泉の透き通った水面の周辺が、うっすらと幻想的な蒼白い光を放っていた。
中を覗いてみると、明かりのおかげか暗い森の中でも底の方まで鮮明に見ることができる。
水の底では、水草が揺れ、細かな砂粒が舞い上がっては落ちることを繰り返していた。
水面に指先を浸してみると、冷んやりとして心地良い。
少しのあいだ指先と手のひらで弄んだ。
「水面が光ってるのか? それとも、底の水草が光っている……?」
水を両手で掬って観察してみるも、やはり気の所為かと思い直した。
そして、それを恐る恐る口に含んでみる。
味は問題なさそうに思えた。
喉が渇いていたのだ。
枯れ果てて張り付きそうなほどに……。
そうして、僕は水を飲み込んだ。
ごくり……。
飲み込むと同時に、妙に頭が冴えて行く気がした。
体が欲するままに、もう幾度か喉を水で潤す。
ハンカチを探そうとするも、いつもと異なる格好であることに気がついて、口元をシャツの袖で拭った。
「ふぅ……」
それにしても、ここはどこなのだろうか。
周りを見回せば鬱蒼とした森の中で、目の前の光を放つ泉だけが際立っていた。
動物などの姿は見当たらないが、泉の近くにはいくつかの獣の足跡が残っている。
「結構、大きいな」
自分の手と足跡の大きさを比べながらも、なるべく早くこの場を離れようと考える。
幸い遠くの方で森の出口らしき方角が明るくなっているのが見えた。
冷静になってみれば、何処とも知れない森の中に一人でいるのはなかなかに恐怖を感じる。
僕はそそくさと森の出口へと歩き出した。
しばらくして森から出ると、明るい日差しが冷えた身体を照らしてくれる。
それと同時に感じていた恐怖からも解放してくれた。
目の前には広大な草原と、その先には砂浜と海が広がっている。
どうやらこの辺は小高い丘になっているようで、辺りが一望できた。
視界の左端には、海岸沿いに城壁のようなものが見え、壁に囲まれた中にはお城と城下町の姿があった。
反対の右側へと顔を向ければ、草原がどこまでも続くかのように広がっており、かろうじて遠くの方に小さく川と橋が見える。
目に付く人工物が橋だけであることを考えると、そちらに行くのは得策ではないだろう。
僕はしばしの間、風景を楽しむと、お城の方角に向かって歩き出した。
ここがどこかは分からないが、町に行けば何かわかるはずだ。