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涙の理由

少女視点の間話です。

 また、この光だ……。

 私を包み込む、優しく暖かい光。


 私は温かな光に包まれながら、目を覚ました。


 私は側にいる人に視線を向ける。

 何かを食べている様だ。

 彼の左手が、私の左手を握っている。

 その手はとても温かく、見知らぬ人なのにも関わらず私はそれを受け入れていた。


「……」


 光は、その手から流れてきている様で、ゆらゆらと濃淡を作りながらこちらへと流れ込んで来ていた。

 とても美しい光景……。温かく、神々しい。

 どんな本でも読んだことのない、本当に不思議な不思議な体験だった。


 私は流れ込む光を眺めながら、彼の腕を見つめる。

 彼の左腕には、銀色の腕輪がキラキラと輝いていた。

 この人なら……この人なら良いかな……。

 苦しみから解放されるのなら、売られた事も許せた気がした。


 いつしか、私はこの光に希望を見ていた。




 しかし、どうやら私はこの人の物ではないらしい。

 光の中で鈍く黒光りする私の腕輪……。奴隷の証。

 でも、今はただの真っ黒な腕輪。主の居ない、解放奴隷の証だった。

 前の持ち主は、私を解放したか死んだのだろう……。

 私が誰の物でもないのなら、それで良い。今からこの人の物になれば良いのだから。


 私は彼がご飯を食べ終わるのを待った。温かな光に包まれながら……。




 彼が食事を食べ終わったようで、こちらを向く。

 その振り向く顔が見たくて、私は彼を見つめた。


「わっ!」


 驚かせてしまった様だった。彼が驚いた顔をして、こちらを見ている。


「ご、ごめん」


 彼は何を悪いと思ったのか、私に謝った。それと同時に彼の手が私の手から離れる。

 身体の重みが増した。やはり彼が何かしてくれていたのだろう。

 私の呪い付きは治った訳ではない……。


 息も苦しくなり始めるが、悟られない様にする。

 ここで気に入られなければ、きっと私は売られるか捨てられる。


 何か話さなければ。でも、何て話しかけたら……。

 私には友達も居なかったのに……。私は彼を見つめる事しかできなかった。


「ご、ご飯……食べない?」


「えっ……」


 突然彼が口を開いた。その言葉に私は変な声を上げてしまった。

 私の分があると言うのだろうか……。彼は私をテーブルまで招いた。


 私の前には、美味しそうなシチューと三つの丸パンが置いてある。

 本当に食べて良いのだろうか……。

 私は奴隷の作法を知らない……なにか粗相を犯さないか心配になった。

 すると、彼がシチューの器を両手に持った。

 みるみる内に器が光に包まれていく。

 その光は、とても眩しいけれど、綺麗だった。


 光が収まると彼はスプーンでシチューを掻き混ぜた。

 シチューから、ほのかに湯気が立ち上る。

 まるで魔法だ……おとぎ話に出てくる様な……なんでもできる魔法……。

 彼は私にスプーンを持たせると、穏やかな口調で言った。


「さぁ、召し上がれ」


 彼は私にそう促すと、微笑んだ。

 その笑顔と優しさに、私は泣きそうになってしまった。

 ダメ……泣いてはダメ……奴隷は感情を表してはダメ……従順に……ただ言う事を聞くだけ……。


 これは私の読んだ本の知識だった。

 本には、感情を出さずにただ従順に命令に従う奴隷が、良い奴隷だと書かれていた。

 しかし、一方では感情の豊かな美しい奴隷があらゆる苦難にも耐えて、最後には王子様に見初められる様なものもあるが、それは物語の世界だけだ……。


 私はシチューを一掬ひとすくい口に含んだ。

 温かい……。そして、とても美味しい。私は久しぶりの美味しい食事を大切に味わった。

 でも、うまく飲み込む事ができない……。

 喉がカラカラなのだ……。シチューを勧められた以上、シチューから食べなければいけない……。

 私は慎重に、ゆっくり……ゆっくりと飲み込んだ。


「ごほっごほっ」


 私は必死に息を吸って、彼に謝ろうとするも咳が邪魔して言葉が出ない。

 ごめんなさいっ……ごめんなさいっ。


 彼の手がそっと私の背中に添えられる。

 また身体が軽くなる。彼が優しく私の背中をさすった。

 そして、いつの間に出したのか、彼が綺麗なタオルで私の手と口元を拭いてくれた。

 なんで……なんでそんなに優しくするのっ……。

 私は何度も何度も泣きそうになる。言葉が出ない。


 彼がまた私を温かい光で包んだ。

 再び彼が穏やかな声で、私を促す。


「さぁ……ゆっくりでいいから……」


 私はもう限界だった。

 せめて少しでも気紛らわすために、シチューを口に入れた。

 涙が頬を伝った。

 涙と同時に、胸が苦しくなる。


「あ……ぅぐっ…………ぅっ……」


 嗚咽を漏らす私を、彼が優しくなだめてくれる……。


「大丈夫……大丈夫だから……」


 私は大声を出して泣いてしまった。

 うまく息ができない。

 でもそれは、呪い付きの所為じゃない。


 彼の……優しさの所為だった……。


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