見つめる瞳
「はぁ、はぁ」
私は凍える様な寒さに眼を覚ました。
ここは何処だろう……。
朦朧とした意識の中、私は見知らぬ天井を見つめる。
寒い……。息が苦しい……。そして頭が割れる様に痛い……。
「はぁ、はぁ」
寒さに凍える私の隣を、不意に何かがモゾモゾと動いた。
私の体に布団が被せられる。
そして、私は誰かに抱き締められたかと思うと、温かな光に包まれた……。
途端に息苦しさと激しい頭痛、寒さからも解放されてゆく。
これって前にも……と考えるも、重い瞼が私の思考を許してくれない……。
その光に、私は涙を流しながら意識を手放した。
***
僕は彼女の苦しそうな呼吸に目を覚ました。
いつの間にか、隣で寝てしまった様だ。
しかし、僕はなんて格好で寝ているのだろう……。
ベッドの下に足を降ろしたまま、身体はくの字に曲がっている。
身体が痛い……僕は身を捩って体を起こそうとする。
「冷たっ……」
僕は腕に触れたモノの、冷たさに驚いて眠気が吹き飛ぶ。
寒いのだろう……。
彼女の腕に触れて魔法を発動させようとする。
しかし、僕の放出する魔力は、ことごとく彼女に吸い取られ全く発動する気配が無い……。
何故だ……。
背負っている時は、発作中であっても集中すれば少しの間は発動したというのに……。
まさか、触れている面積?
試しに両手で彼女の腕に触れてみた。
と、ほんの僅かに魔法が発動する気配がある。
「手だけじゃダメなのか……」
焦りながら考察するも、このままでは本当に危ないか。
僕は意を決して、自分と彼女に布団を被せた。
そして、彼女の身体を抱き締めて魔力を注ぐ。
やはりさっきよりも、吸われる魔力が多い……。
でも、すべて吸われるほどでもない。
僕は魔力を全力で放出して彼女を包むと、魔法を発動させた。
頭がクラクラしてくるが、魔法に集中する。
次第に、彼女の呼吸が穏やかなになっていく……。
それに伴い魔力の吸われ方も減少していき、魔法の光量が増えていく。
呪い付きとは、魔力の少なくなる病気ではないだろうか?
その証拠に意識して魔力を注いだ事で、今までより遥かに発作からの回復が早い。
僕が寝ている間が長かったのかもしれないが……。
しばらくすると、彼女の呼吸が完全に落ち着き、顔色も良くなっていた。
「体温が戻ってきた……のか……?」
その目尻には一筋の涙が流れている。
僕は安心して彼女から離れ、涙をタオルで拭う。
やがて、ぐぅーとお腹が鳴る。
ご飯食べよう……。
そういえば彼女は、食べなくて平気なのだろうか……。
もう夕方だから、ほぼ丸一日寝続けていることになる。
脱水症状とかが気になる。
僕は部屋を出て食堂へ向かうと、食事を二人分頼んだ。
それらをお盆に載せてもらうと、部屋へと運ぶ。
ベッドの隣にテーブルを運び、食事を食べ始める。
片手間に、左手で彼女の手を握って魔力を注いだ。
あまり魔力を吸収されていかない。
今なら片手で全身を魔力で包む事ができた。
彼女の手は冷たくはないが、温かくもない。
体温が維持できないほど衰弱していることも考えて、そのまま魔法を発動させ続ける。
水を忘れたので、水筒の水を飲む。
そういえば、この水を彼女に飲ませようと思っていたんだっけか。
しかし、以前のように身体が楽になる感じがしない。
まるで炭酸飲料の、炭酸が抜けた様な感じだろうか……。
ただの水だ。
ご飯を食べ終わり、彼女の方を向くと……。
いつのまにか、真っ赤な瞳が僕の方を見つめていた。
「わっ!」
「きゃっ」
僕は驚いて、彼女から飛び退いてしまう。
彼女の方も、ビクリと肩を震わせた。
「ご、ごめん」
咄嗟に彼女の手に触れていたことと、驚かせたことを謝る。
彼女は何も言わずに、こちらをぼーっと見つめていた。
その吸い込まれる様な赤い瞳は、薄暗い夕暮れの中でもとても美しかった。
手を繋いでいた所為か、二人の間に流れる沈黙が少し気まずい。
「あ、そうだ。ご飯……食べない?」
「えっ……?」
僕は彼女用の冷めてしまったシチューを両手に持った。
兎肉のシチューだ。僕のお気に入りであった。
彼女の目の前で、シチューを器ごと魔力で覆い、魔法を発動して温める。
他の属性ではこうは行かないだろう……。
火魔法では、きっと燃やしてしまう。
僕は丁度良いと思う所で、魔法を止める。
木のスプーンで掻き混ぜると、ほんのり湯気が立ち上る程度。
これなら熱くも無く、冷めてもいない。
適温のはずだ。
彼女の手を取り、スプーンを握らせる。
「さぁ、召し上がれ」
カッコよく決まったかな?
きっと今の僕は、上手く演じられたはずだ。
しかし、こう思ってしまうのが僕の残念な所。
客観的に見ると、最高に気持ち悪いが……まぁ仕方がない。
僕がそんな風に頭の中で暴走していると、恐る恐る彼女がシチューを食べ始める。
その手は震えており、まるで何かに怯えているようであった。
彼女がシチューを口に含む。
一度飲み込んだかと思うと彼女は、すぐにそれを吐き出してしまった。
「ごほっごほっ」
僕は慌てて、彼女の背中をさする。
何か不味かっただろうか?
と思ったが違う様だ……。
僅かだが魔力の奪われる感覚。
僕は集中し彼女に向けて魔力を注ぐ。
すぐに魔力はいっぱいになったようだ。
続けて魔力で彼女を包んだ。そして、僅かに魔法を発動する。
薄く仄かな光の膜……。きっと寒さもあるだろうと思ったからだ。
「さぁ……ゆっくりでいいから……」
僕はその背中から魔力を注ぎながら、彼女を促した。
彼女が再び食べ始める……。
ゆっくりと、味わいながら食べている様だった……。
彼女の頬に一筋の涙が流れる。
「あ……ぅぐっ…………ぅっ……」
「大丈夫……大丈夫だから……」
泣き出してしまった彼女に、背中をさすりながらそう言い聞かせる。
僕に彼女の苦悩は分からないが、きっと苦しかったはずだ。
「ぁっ……んっぐ……ぁっ……」
何か言おうとしている様だったが、嗚咽が邪魔をしてうまく喋れていない……。
「大丈夫だよ……」
自分でも何が大丈夫なのかは分からないが、何か言わずにはいられなかった。
そして彼女は、泣き出してしまう。まるで子供の様に、大声で……。
涙は感情のオーバーフローだ。
泣きたいときは、とことん泣く方が良い。
心が処理しきれない感情は、すべて涙で洗い流してしまえばいいのだ。
涙は自分を守る為にあるのだから……。
僕は彼女が泣き止むまで背中をさすり続ける。
「ぅっ……ぅっ……ぁっぐ……」
「ぁっ……ぁっ……うぅっ……」
「ぇっぐ……ぁっぐ……ぁっ……」
彼女はまたなにか言おうとするが、やはりうまく言えない。
そして、彼女がやっとの思いで絞り出した言葉は、僕にとっては意外な言葉だった。
「ぁっ……ぅっ…………ありっ……がとっぅっ……」
そう言い終えると、彼女は再び声を出して、泣き出してしまう。
僕の目尻にも、ほんの僅かだが涙が浮かんだ。
ただ、ただじっと待つ。彼女が泣き止むまで……。
「ぅっ……うっ……ぁっぐ……」
少しだけ落ち着いた彼女を僕が促すと、再びご飯食べ始める。
彼女の言葉と横顔に、僕のほんの少しの苦労も報われた気がした。
本当、必要以上に……。
本当は、僕が助けられたのだ……。
あのまま独りでいれば、僕はきっと腐っていただろう。
負のスパイラルは、人をも殺す……。
彼女と出会わなければ、僕はこの世界に何の意味も見出せなかっただろう。
別に意味だけで生きている訳ではないが、意味は大切なのだ。
そんな僕に一時的な目的が与えられた。
目的があれば、嫌なことは考えずに済む。
失恋したら、旅をするのと一緒だ。
僕が彼女に助けられたのだ……。
涙を流しながらご飯を食べる彼女を、僕は励まし続けた。