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ベッドで二人

 真夜中の草原を僕は少女を背負い歩いていた。


 夜が危険なのは、分かっている。

 この辺の魔物は夜行性だからだ。

 僕が初日に狼に襲われたのも、夕方であった。

 それでも僕は彼女を放っておく事などできなかった。


 名前も知らない少女。


 彼女は僕の背で眠り続けている。

 定期的に彼女の呼吸が荒くなる。

 その度に僕の体も重くなる。


 魔力の吸い取られる感覚。

 まるで睡眠の周期の様に発作らしき症状を見せていた。


 彼女が苦しんでいる最中は僕も苦しい。

 何度も立ち止まってしまう。


「はぁ、はぁ」


 僕は彼女と同じ様に荒い息を吐きながら、草原を歩き続ける。

 彼女の呼吸が安らかになれば、自然と足も進み、魔法を使って道を照らす余裕も出てくる。


 僕は余裕がある時は、彼女を魔法の光で包んだ。

 温めるためだ。彼女の体はとても冷たい。

 それこそ、今にも死んでしまうのではないかと思うほどに……。


 僕の魔法は、太陽光に近いのかもしれない。

 触れれば温かいのだ。

 それに効率も良い様だ。

 こうして使い続けていても、苦しくなったりはしない。


 僕は彼女と、月明かりと魔法が照らす草原を歩き続けた。


 そして、後ろに背負う少女のことを想った。




***




 暖かかった……。

 まるで全身に暖かなお日様の光を浴びているかのように……。

 私は光に包まれながら、誰かの背中に背負われていた。


 そうか、私は死んだのか……。


 きっと天国の御爺様が迎えに来てくれたのね……。

 その背は私を包む光が眩しくてよく見えないけれど、この温かな背中には覚えがあった。

 小さな頃は、よくおんぶや抱っこをせがんだものだった。


 私はひしっとその首元にしがみ付くと、温かな背に揺られながら微睡んでいった。




***




 今、僕の背に乗る彼女がしがみ付いて来た気がする。

 気のせいだろうか……。

 きっと寒いのだろう。


 しかし……失敗した。

 何故、僕は鎧を着て来てしまったのか。

 着ていなければ、今頃はその背に触れる感触を直に味わっていたことだろう。


「ふぅ……」


 と、僕はバカな考えを誤魔化すように息を吐いた。

 まったく何を考えているのだ……。

 彼女を温める為に魔法に集中しながら、草原を歩き続けた。




***




 朝日が登ってしばらくした頃、ようやく僕はリノの町まで辿り着いた。

 既に町は活気に溢れている。


 彼女は僕の背で安らかに眠り続けている。

 どうやら間に合った様だ。

 僕は彼女を背負って城門近くの診療所へと行った。


 出張中――


 なんてこった……。

 僕が彼女を連れて診療所へと行くと、扉の前に出張中の文字の書かれた看板が掛けられていた。


 他に医者は……。

 僕は宿に戻って他の診療所の場所を聞くことにした。


 うさぎ亭に行き、受付にいた宿の娘のティアに、他に医者がいないか尋ねる。


「そんなの、いないわよ」


 ティアが不機嫌そうに教えてくれた。

 なぜ、そんなに不機嫌なのだ……と思いながらも詳しく聞く。


 なんでも平民を診る医者など、変わり者が開いている城門前の診療所くらいしかこの町にはないらしい。

 しかも、腕がよいために、ときどき他国にお呼ばれするというのだ。

 当然、しばらくは帰って来ない。

 貴族を診る医者はいるにはいるが、かなりお金が掛るとのことであった。

 もちろん、金貨の一枚二枚じゃ利かないくらいのお金が……。


「はぁ……」


 僕はため息を吐いて考える。


 僕の背中でスヤスヤと眠る少女……。

 その安らかな寝息に、もう平気なのではないだろうか……とすら考えてしまう。

 そして僕はその誘惑に負けた。眠いのだ……。


「ティア、ベッドが二つの部屋はある?」


「うちにそんなの無いわよ」


 と、やはりティアが不機嫌そうに答える。

 なぜ無いのだ……。


 ベッドが複数ある部屋はあるにはあるが、二段ベッドが四つの相部屋なんだそうだ。

 つまり他人が沢山いるということ……。

 しかも安くて鍵の掛る部屋があるような所は、ここうさぎ亭くらいしかないらしい。


 背中に背負う、少女は女の子だし鍵は欲しい……。

 僕が床に寝れば良いだろうと、部屋を借りることにした。

 彼女と同じ部屋なのは、発作を起したときのことを考えたからだ。

 僕に何ができる訳ではないが、魔法で体を温めるくらいのことはできる。

 僕はティアに朝食二人分付きで部屋を頼み、ついでにお湯を二つ頼んだ。


 ティアに銀貨六枚を渡して銅貨が十枚返ってくる。

 その渡し方がかなり雑だ。もうなんでだ……。


 僕はティアに鍵をもらうと部屋に向かった。

 この前泊まった部屋の向かいであった。

 部屋に入って、彼女をベッドに寝かせる。


 しばらくすると、ティアがお湯を運んできた。

 やっぱり、不機嫌であった……。


「ありがとう」


 僕がお湯を受け取ってお礼を言う。

 と、ティアが一瞬固まったが、すぐに扉をバタンと閉められた。

 僕がいったい何をしたというのだ。


 お湯を二つ頼んだのは少女の手足を拭くためだ、決してやましい事を考えているわけでない……。

 特に足には、彼女が靴を履いていないために泥が付いている。

 手や腕にも血の後が付いていた。


 僕はお湯を絞って彼女の手と足を拭く。

 他は拭いていない。興味がない訳ではないが、倫理観がまさった。


 僕が少女の手を拭いていると、彼女も腕輪を付けている事に気が付いた。


 真っ黒な腕輪……。

 銀が貴族、銅が平民だとしたら黒は何なのだろうか……。


 まぁ良いかと、僕は自分の身体を拭き始める。

 彼女から見えないように部屋の入口の方で拭き、服を着替えた。


「ふぅ」


 そこでようやく、ひと息付いた。

 やっと眠れる……。

 しかし、彼女の発作が起きたらどうしたら……と考えながら、皮袋から水筒を出して水を飲んだ。


 この水は、彼女にも飲ませようと半分程取っておくことにして机の上に置く。

 コートを床に敷いてから、僕は眼を瞑った。




***




 それは、僕が眠りに付くかどうかという所で突然訪れた――


 彼女が再び苦しみ始めたのだ。

 気持ちが焦る。

 やはり医者に診せるしかない――と彼女を再び背負う。

 力が抜ける……。すると彼女の呼吸が再び穏やかになった……。


 あまりにも眠すぎて……僕の気のせいか……?

 彼女をベッドに寝かせた。

 体が楽になる……。すると彼女が苦しみ始めた……。


 うぅ……と僕は眠気を振り払いながら。

 背負おうとして彼女に触れる。

 力が抜ける。彼女の呼吸が再び穏やかになる……。


 特に力が抜けた時の眠気はヤバい。

 手を離す……。彼女が苦しみ始める……。


 彼女に触れる……。力が抜ける……。

 眠……気……が……。と僕はそこで力尽きた。


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