プロローグ
『人は優しくした分だけ幸せになれる』
そう信じ始めたのは、たしか小学校四年生のときだった。
生まれてはじめて、好きな女の子からチョコレートをもらった日。
その日は確かに二月十四日のバレンタインデーだったが、いま思えば義理も義理。
銀紙に包まれた、たった一粒のチョコレート。
彼女にとっても、それはただの気まぐれだったのかもしれない。
僕は体も小さく、気も小さかった。
取り柄と呼べるモノも、とくにない。
正直いじめられてもいた。
だから、僕にはなぜ貰えたのかが分からなかった。
僕が「なぜくれるの?」と無粋なことを聞いても、彼女は当たり前のように答えた。
「だってユウ君、優しいじゃん」とまぶしいほどの笑顔で。
僕にはその言葉の意味は分からなかった。
彼女とはたまに話すくらいの仲で、それも僕が教室の隅にいる時に彼女から話しかけてくれた程度。
僕から優しくした覚えは一度もなかった。
僕が廊下の隅に隠れてチョコレートの包み紙を開けると、中に小さなメモが入っていた。
ただ一言『ありがとう』と。
僕はその一言に救われた気がした。
いままで苦しんでいたことも、ちっぽけに思えるほどに……。
言葉の意味はよく分からなかったが、僕は幸せだった。
なぜこんなにも幸せなのか。
そんなことを考えながら廊下を歩いているときだった。
胸の内にストンと落ちるようにして、あの言葉が浮かんだ。
『人は優しくした分だけ幸せになれる』
彼女とは、中学に上がる頃には別々の学校になってしまった。
それからはもう一度も会っていない。
僕はいつか彼女にお礼を言いたいと思っていた。
でも、それはもう叶わないのかもしれない。
――僕はあの日、異世界へと落ちたのだ。