お気楽極楽倶楽部プロローグ
探偵倶楽部の部室で、沢村かごめは窓の外を見て憂鬱な顔をした。
「やっぱり雨は、やみそうにありませんね。帰るまでには、やんでくれればと思っていたんですけど、降水確率100%じゃ仕方ないか……」
「そうとも限らないだろう。天気予報の降水確率など当たるも八卦、当たらぬも八卦だ」
探偵倶楽部部長、大崎レイは三つのコーヒーカップを並べながら答えた。
「部長、なに占いみたいな事を言っているんですか?」
「占いと一緒だ。確率など統計に過ぎない。リアルタイムな情報ならともかく、予報を間違いなく当てるなんてことは、誰にもできないってことさ」
「あのパーセンテージは、統計だったんですか?……知らなかった。なぜ部長はそんなことを知っているんですか?」
「電凸したから間違いない」
「電凸って……」
そこまでやるかと、かごめは感心するよりも、大崎の行動に呆れたことは言うまでもない。
大崎は机の中から、パチンコの玉を一つ取り出した。逆さまに伏せられた三つのコーヒーカップの中の一つに、玉を忍ばせる。
「部長、それはもしかして、マジックでよくやるスリー・シェル・ゲームですか?」
「よく知ってるじゃないか、かごめくん」
「最近はマジックも勉強してますから、部長に騙されないために」
そう言うとかごめは、大崎を睨んだ。
「そうか、それは良い事だ」
かごめの嫌味を、余裕の表情で大崎は受け流した。
「でも普通は、マジックグッツ的なものを使いますよね?」
「ありきたりなものを使った方が、驚きも増すだろう?」
「それはそうですけど。と言うか部長が、ギャンブルをするとは思いませんでした」
かごめは手帳を開くと、大崎の欄に趣味パチンコと書き込こもうとした。
「待て、かごめくん。この玉は道端で拾ったものだ」
「部長、そうやって落ちてるガラクタを拾って持ち帰る癖は、私はどうかと思いますよ? 今までだって、捨てられた薬局のカエルとか、お菓子屋のぺ○ちゃんとかで、部室がいっぱいになったのを忘れたんですか? 捨てるのに私がどれだけ苦労したことか。そこが部長の、変人扱いされる要因の一つです」
「変人って、ひどいな……」
そんなこんなで二人がやり取りする中、部室の扉が開いた。
「やあ、諸君。青春してるか?」
そう言って入って来たのは、探偵倶楽部顧問、竹原佳子だった。時々こうして探偵倶楽部の様子を見にやって来きては、昔の探偵倶楽部はどうだのと自慢話をしてくる。かごめは好意的だが、大崎としては苦手な相手だった。
「佳子先生」
かごめは良き理解者を歓迎した。学生と年齢も近く、親しみやすい性格から、生徒達から下の名前で呼ばれることの方が多い。
「大崎くん、それはスリー・シェル・ゲームね。懐かしい。私も現役時代によくやったわ」
「佳子先生も、やっていたんですか?」
かごめの疑問に、竹原は当然のように答えた。
「それはそうよ。マジックはトリックの基本よ。私が現役の頃は、毎日のように部員たちと、タネを見破りあったり考えたりして、切磋琢磨してたわ」
何を隠そう竹原は、今でこそ数学の教員だか、元はこの学園の卒業生探偵倶楽部のOBだ。
「あなたたちのように、ただのんびりと事件が起こるのを、待っていたりなんて、してなかったんだから」
「うっ……」
かごめは痛いところを突かれ閉口した。
竹原は部室にある本棚に近づくと、歴代の記録帳を手に取った。
「私達が現役の頃が、探偵倶楽部の全盛期ね。当時の部長は、それは凄い人だった。ちょっとしたヒントで、なんでもわかっちゃうんだから。あなたたちに、見せてあげたかったわ」
それを聞いてかごめはムッとした。
「お言葉ですけど佳子先生。大崎部長も、決して歴代の部長に引けを取るとは思えません」
「え? 確かに大崎くんの推理はなかなかだとは思うけど、やっぱり今の探偵倶楽部が勝るとは、私には思えないわ。沢村さんだって、歴代の探偵倶楽部が活躍した数々の伝説は、知ってるでしょう?」
「それは一応、記録帳全てに目は通してますけど……。だからと言って……」
かごめは素知らぬ素振りの大崎に、話を振った。
「大崎部長も黙っていないで、なんとか言ってくださいよ」
「え? 無茶を言うなよ、かごめくん。先生の現役時代の部長は、今では警視庁捜査一課のエリートじゃないか」
「もう、部長がそんな弱気だから比べられるんですよ」
そう言うとかごめは口をとげるのだった。
「でも確かに沢村さんの言う通り、実力を測りもしないで否定するのはフェアじゃないわね。では、こうしましょう」
「何をするんですか?」
「私がこれから出す問題に正解したら、今の探偵倶楽部の実力を認めるというのはどうかしら?」
「問題? そういうことでしたら、望むところです」
「おい、かごめくん」
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ部長。いつものように、僕の頭の中ではすでに八割方解決してるって感じでやれば、絶対いけますって」
能天気な事を言うかごめを前に、大崎は頭を抱えるのだった。