幼馴染
「明ちゃん? 今日も周ちゃんが来てくれたわよ」
ドア越しに母親の明るい声が聞こえる。
テレビの砂嵐をぼんやり眺めていた明仁は、母親の声に何の反応も示さない。
部屋の時計は、午後四時を指していた。
また学校帰りに、プリントか何か持ってきたんだろうと明仁は予想する。
明仁の幼馴染の石川周。彼は、理由もなく京一や淳と一緒に明仁をいじめていた。京一が事故に遭い、淳はこの街を去り、そして、明仁自身は自殺未遂を起こして……。明仁は事実を心の中に並べてみる。
「明ちゃん……?」
明仁が何も返事をしないでいると、やがて母親は諦めて階下へと降りていった。
明仁は勉強机の引き出しをゆっくりと開ける。引き出しの奥に青いハンカチを見つける。慎重に開いてみると、綺麗に磨かれた果物ナイフが鈍く輝いていた。
廊下から、パタパタとスリッパで階段を上がってくる音がした。明仁は素早くハンカチでナイフを包むと、引き出しの奥へと戻した。
「明ちゃん? 周ちゃんが持ってきてくれたプリントとお手紙、ここに置いておくわよ。六時になったら、晩ごはん持ってくるわね。今日は明ちゃんの大好きなハンバーグよ」
「ハンバーグ」と発音した時、母親の声のトーンが少しだけ上がった。明仁の脳裏に一瞬母親の嬉しそうな笑顔が浮かんだ。そして、それは彼の心を激しく苛立たせた。
テレビのリモコンを乱暴に押してチャンネルを変える。聞き覚えのあるアニメの主題歌が流れ出した。それは、明仁が二年生の時に放送されていた、アニメの再放送だった。
彼の記憶が、蘇ってくる。
主人公の少年とロボットが一緒に旅をするストーリー。二人は仲の良い友達同士で、ロボットは少年とだけ会話することが出来た。
当時の子供たちは皆、そのロボットのプラモデルに夢中になった。明仁と周もまた、毎日のようにアニメの話をしたり、そのプラモデルを一緒に組み立て分解して遊んだ……。
回想がそこまで進んだところで、明仁は思考回路のスイッチを切るように、テレビの主電源を切った。