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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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46/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 46

…バカな男だ…


 …葉問、見損なったゾ…


 私は、思った…


 この葉問は、夫の葉尊に比べて、やんちゃというか…


 葉尊には、悪いが、頼りがいがある…


 おそらく、葉尊の方が、頭がいいに違いないが、葉尊は、頼りない…


 だから、葉問の方が優れて見える…


 そういうことだ…


 実際、そんなことは、世の中にありふれている…


 たとえ、東大を出ていても、頼りなかったりすると、仕事の上でも、しっかりした高卒の人間の方が使えると、思う場面は、たびたび遭遇する…


 それと、同じだ…


 が、


 本当のことをいえば、仕事に関して、東大出の頭脳を使うことができなかったことが、原因だとも思える…


 東大出の優秀な頭脳を生かすことができなかったのが、原因だとも、思える…


 そして、残念ながら、いかに東大を出ていようと、その優れた頭脳を生かせる仕事や職場は、案外少ない…


 そういうことだ…


 たとえ、中卒や高卒でも、その仕事ができれば、なんの問題もない…


 ただ、学歴がないと、可哀そうだが、大きな会社だと、出世が難しいだけだ…


 つまり、末端の仕事ならば、飲み込みが早く、手が早ければできるが、マネジメントができない…


 そういうことだ…


 だから、出世ができない…


 そういうことだ…


 私は、目の前の葉問を見ながら、そんなことを、考えた…


 いつものことだった(笑)…


 「…なあ、葉問…」


 「…なんですか?…」


 「…オマエは、ファラドのことを、どう思う? クールを狙ってくると、思うか?…」


 「…それは、ボクには、わかりません…」


 「…そうだ…そうだな…」


 「…ただ…」


 「…ただ、なんだ?…」


 「…すでに、動きはあるようです…」


 「…動き? …どんな動きだ?…」


 「…バニラの娘のマリアの通う保育園に、やって来た子供です…」


 「…どういう意味だ?…」


 「…あれは、ファラドの先兵です…」


 「…先兵? …どういう意味だ?…」


 「…おそらく、その子供をきっかけに、バニラに接触しようとしているんです…」


 「…バニラに?…」


 「…ハイ…おそらく、その子供に、わざとマリアにイジワルをしろとでも、言っているのかもしれません…」


 「…どういうことだ?…」


 「…そうすれば、いずれ、母親のバニラが出てくる…」


 「…だが、バニラは、顔バレすると、マズいから、保育園には、直接、顔は出さないと言っていたゾ…」


 「…たしかに、顔は出さないかもしれません…ですが、マリアをイジメている子供が、どんな子だか、見てみたい…それが、母親でしょ?…」


 「…」


 「…相手は、それを狙っているんです…」


 「…」


 「…お姉さん…」


 「…なんだ?…」


 「…戦争に、きれいも汚いもありません…」


 「…なにが、言いたい?…」


 「…ファラドは、クールを狙っている…あるいは、お姉さんを狙っている…もしかしたら、それだけじゃなく、バニラもリンダも狙っているかもしれません…」


 「…」


 「…クールの株を買い占めて、買収するのが、正攻法ですが、葉敬が、株を売らざるを得ないように、仕向けるかもしれません…」


 「…それが、葉問…オマエの言う、戦争に、きれいも汚いもないということか?…」


 「…その通りです…」


 「…葉問…オマエ、考え過ぎだ…」


 私は、葉問を笑った…


 「…葉問…オマエの言うことは、わかる…だが、考え過ぎだ…」


 「…そうでしょうか?…」


 「…オマエの言うことは、わかる…だが、仮にバニラが、娘のマリアの身が心配で、マリアをイジメる子を、見に行ったとする…そこで、バニラを見つけて、拉致するとでも、いうのか?…」


 「…拉致は、ないでしょう…」


 「…だろ?…」


 「…ですが、バニラと接触する機会は、得ます…」


 「…接触する機会?…」


 「…そうです…それで、ファラドと食事をして、なんらかのよい条件を提示して、葉敬を裏切らせることも考えられます…」


 「…葉敬を裏切らせる? …まさか?…」


 「…そのまさかも、想定の範囲内です…」


 「…想定の範囲内だと?…」


 「…たぶん…つまりは、転職の勧めです…」


 「…転職だと?…」


 「…今の会社で、いくらもらってますか? …うちへ来れば、もっと上げますよ、とでも言った話でしょう…」


 「…」


 「…そう言われれば、心を動かす人間も多い…ファラドの狙いは、たぶん、それです…」


 「…」


 「…お姉さんも、十分、気を付けることです…」


 「…私が? …私は、大丈夫さ…」


 「…どうして、大丈夫なんですか? …」


 「…私は、リンダでも、バニラでもない…私を口説いたところで、なにもないさ…」


 「…ですが、お姉さんが、いなくなれば、葉尊が哀しみます…」


 「…それは…そうかもしれんが…」


 「…葉尊にとって、お姉さんは、希望です…」


 「…希望だと?…」


 「…お姉さんが、葉尊の心を温めるのです…」


 「…」


 「…世界中で、お姉さんだけが、それをできるのです…」


 「…葉問…オマエ、随分、おおげさなことを言うな…」


 「…でも、事実です…」


 「…葉問…一つ、聞いて、いいか?…」


 「…なんですか?…」


 「…オマエはどうして、そんなに葉尊に尽くす…私が、葉尊を癒せば、オマエは消えるんだろ?…」


 「…その通りです…」


 「…だったら、私を一刻も早く、葉尊の元から離すのが、得策じゃないのか? …そうすれば、オマエも消滅せずに済む…」


 「…その通りですが、ボクは、葉尊の一卵性双生児の弟です…」


 「…それが、どうかしたのか?…」


 「…弟が、兄のために尽くすのは、当たり前じゃないですか?…」


 「…」


 「…いずれにしろ、お姉さんは、気をつけて下さい…」


 「…待て…葉問…どうして、オマエは、そんなことが、わかるんだ?…」


 「…ボクと葉尊は、表裏一体…」


 「…表裏一体だと?…」


 「…葉尊の知るところは、この葉問も知ることになる…」


 「…ということは、どうだ? …今、私が、こうして、オマエと話していることも、また葉尊は、知っているということだな…」


 「…その通りです…」


 「…そうか…」


 私は、言った…


 直後に、葉問が消えた…


 一瞬にして、いなくなった…


 葉尊に変わったのだ…


 同じ顔、同じ肉体だが、一瞬にして、別人になった…


 まるで、魔法を見るようだった…


 まったくの同じ肉体にも、かかわらず、雰囲気が、誰の目にも、別人なのだ…


 それを見て、私は、ただ、驚いた…


 驚いたのだ…


 「…お姉さん…」


 葉尊が、言った…


 「…葉尊…逃げちゃダメさ…」


 「…」


 「…男たるもの、どんなときも、逃げちゃダメさ…」


 「…スイマセン…」


 「…わかれば、いいさ…」


 私は、言った…


 

 私は、その日、ベッドに横になって、葉問の言ったことを考えた…


 あの葉問が、どこまで、本当のことを、言ったのか、考えたのだ…


 今さらだが、どうも、イマイチ、あの葉問は信用できない…


 が、


 それが、魅力でもある(笑)…


 それは、たとえば、若い女の写真集と同じ…


 水着に隠れて、オッパイやパンツの中身が、見えないのがいい…


 それと同じだ…


 すべて、丸見えで、すっぽんぽんになれば、興ざめする…


 それと同じだ…


 見えないから、妄想する…


 見えない部分は、どうなっているか、知りたくなる…


 そういうことだ…


 葉問は、それと同じで、言っていることも、どこまで、本当で、どこまで、ウソか、わからない…


 だが、それが、いい(笑)…


 若い女の水着ではないが、全部をさらけ出されては、興ざめする…


 なにを考えているか、わかれば、興ざめする…


 そういうことだ…


 

 その夜、バニラから、私に電話があった…


 「…お姉さんですか?…」


 妙に低姿勢の電話があった…


 「…そうだ…私さ…お姉さんさ…」


 相手がたとえ、名前を名乗らずとも、低姿勢でいれば、こちらは、徹底的に、居丈高の態度を取る…


 高飛車な態度を取る…


 それが、私だ(笑)…


 「…その声は、バニラか?…」


 「…ハイ…」


 「…バニラ…なんの用だ?…」


 「…実は、お姉さんに頼みたいことが…」


 「…私に頼みたいこと?…」


 …まさか、飼い犬の散歩とかじゃあるまいな…


 私は、思った…


 実は、この矢田トモコ…


 犬が、苦手だった…


 この矢田には、苦手なものが、数多くあるが、その中でも、とりわけ犬が苦手だった…


 たとえ、それが、小さな子犬でも、だ…


 それは、私が、子供の頃、夏に、アイスキャンディーを舐めながら、歩いているときに、子犬に追われた経験が、トラウマになっているからだ…


 私が、ひとりで、アイスキャンディーを舐めていると、子犬が私にキャンキャンと吠えながら、寄って来て、怖かった私は、駆けて逃げ出した…


 すると、その子犬は、私を追って走って来た…


 私は、怖かったから、泣きながら、走って逃げた…


 すると、手に持っていたアイスキャンディーが、落ちてしまった…


 その落ちたアイスキャンディーを、子犬がペロペロと、舐めていた…


 その光景が、今でも、忘れられん…


 私の脳裏に、残っている…


 黒歴史として、残っている…


 そういうことだ…


 「…まさか、犬の散歩じゃあるいな?…」


 私は、わざと低いドスを利かせた声で、聞いた…


 「…エッ? …犬の散歩? …どうして、そういう話になるの?…」


 「…違うのか?…」


 「…違います…」


 「…だったら、なんだ? …なんの用事だ?…」


 「…マリアのことです…」


 「…マリアのことだと?…」


 「…ハイ…以前もお姉さんに言いましたが、マリアの通う保育園で、マリアと仲がよくない子供がいるんです…」


 「…それは、以前、オマエから聞いた…」


 「…それで、その子が、どんな子か、お姉さんの目で、確かめてみて、欲しいんです…」


 「…私の目だと?…」


 たしかに、この矢田トモコの目は、細いが、決して、目が悪いわけではない…


 まさか、バニラは、それを知っているのか?


 「…バニラ…」


 「…なんですか?…」


 「…オマエ…まさか、この私の視力がいいことを知っているのか?…」


 「…お姉さん…そういう話では…」


 「…冗談だ…バニラ…」


 私は、言った…


 言いながら、やはり、ここは、冗談を言う場面ではないかもしれんと、気付いた…


 バニラにとって、娘のマリアのことは、文字通り、命よりも大切…


 だから、普通ならば、こんな場面では、


 「…冗談を言っている場合じゃないでしょ!…」


 と、私に怒ってキレるのに、そうはならない…


 とにかく、私に、マリアをイジメる子が、どんな子か、見てもらいたいのだろう…


 ふと、気付いた…


 つまりは、それほどまでに、マリアをイジメる子に、興味があるということだ…


 母親ならば、当たり前のことかもしれん…


 私は、思った…


 思いながら、ふと、葉問の言葉を思い出した…


 葉問が言うには、


 「…これは、罠かもしれん…」


 と、いうことだった…


 葉問は、罠という言葉は、使わなかったが、いうことは、同じ…


 同じだった…


 要するに、ファラドは、子供を使って、わざとマリアをイジメて、母親のバニラを引っ張り出そうとしているのでは? と、読んだのだ…


 私は、深読みのし過ぎだと思ったが、さりとて、本当のことは、わからない…


 が


 やはりというか…


 このまま、バニラをファラドと会わせて、いいのか? と、思った…


 ファラドは、まだ、来日していないから、ファラド自身ではないかもしれないが、ファラドの手先と、バニラがあっていいものか、どうか、悩んだ…


 考えた…


 もしも…


 もしも、だ…


 そんなことは、あるはずが、ないが、このバニラが、葉敬を裏切っては困る…


 バニラは、葉敬の愛人…


 二人の間には、マリアという娘までいる…


 が、


 ファラドは、その葉敬を大きく上回る金持ち…


 ファラドが、金も力にモノを言わせて、このバニラから、自分に乗り換えろといえば、もしや、バニラの心が動くかもしれん…


 私は、思った…


 なぜなら、バニラは、マリアの母親だからだ…


 マリアの将来を考えたとき、葉敬ではなく、ファラドを選ぶ可能性がある…


 そういうことだ…


 バニラ自身は、正直にいって、金に転ぶ女には、見えん…


 だが、何度も言うように、マリアのことを、考えたら、どうなるか、わからん…


 マリアの将来のことを、考えれば、どうなるか、わからん…


 私は、思った…


 と、なると、実に心配…


 心配だ…


 このバニラとファラドを会わすことは、心配だ…


 もしやとは、思うが、このバニラが、葉敬を裏切るかもしれんからだ…


 だから、今、このバニラが、私に、ファラドの配下の者と、会うかもしれん機会を与えたことは、チャンスかしれん…


 千載一遇のチャンスかもしれん…


 私は、思った…


 あのバカなバニラでは、簡単に、葉敬を裏切る危険がある…


 が、


 この矢田トモコならば、そんな心配はない…


 そんな心配は、一切無用…


 酸いも甘いも嚙み分けた、35歳の女…


 バカなバニラとは違う…


 年齢が違う…


 キャリアが違う…


 中身が、違う…


 私は、そのことに、気付いた…


 遅まきながら、気付いたのだ…


 「…わかった…心配するな…バニラ…」


 私は、言った…


 「…私に任せておけ…大船に乗ったつもりで、いればいいさ…」


 私は、ポンと、自分の胸を叩いた…


 私の大きな胸を叩いたのだ…


 「…心配は無用さ…」


 が、


 自信満々の私に対して、聞こえてきたバニラの声は、


 「…大船…」


 と、小さく言ったのみだった…


 まるで、私の力を疑うかのようだった…


 繊細?な私の心は、傷ついた…


 深く、傷ついた…


 せっかく、これから、バニラのために、動いてやろうとしたのに、まるで、私を疑うような発言に幻滅した…


 だから、頭に来た私は、つい、


 「…オマエ…私の力を疑っているのか?…」


 と、怒鳴った…


 「…私の力を疑うなら、さっさとほかの人間に頼めばいいさ…」


 「…スイマセン…お姉さん…お姉さんの力を疑うわけじゃ…」


 「…じゃ、どういう意味だ?…」


 「…スイマセン…」


 「…どういう意味かと聞いているのさ…」


 私が、なおも怒って言うと、


 「…お姉さんには、なにか、不思議な力があります…」


 と、小さくバニラが返した…


 「…不思議な力?…」


 「…誰もが、一度会えば、お姉さんが好きになり、お姉さんに魅了されます…そんな人間は、私がこれまで、出会った中で、お姉さんだけです…」


 …不思議な力?…


 たしか、矢口のお嬢様も、同じことを言っていた…


 バカなことだ…


 この矢田に、そんな魔訶不思議な力はない…


 この矢田は魔法使いでもなんでもない…


 が、


 まあ、バニラが、ここまで、私に頭を下げて頼むのだから、バニラの頼みを聞いてやろうと思った…


 人間、すべて、持ちつ持たれつだ…


 ここで、バニラに恩を売れば、いずれ、バニラが、私のために動いてくれるからだ…


 だから、ここで、バニラに恩を売るのも、悪くはない…


 私は、思った…


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