耐えられる世界
雨の音が滴る効果音の中で思い描くのは
私の歩いてきた無意味とも言える足跡の数々
水の潤う日本という四季の豊かな世界に住んでいながら
国と自然の恵みに胡座をかいていた己の姿が必然とオーバーラップされていく。
世界は平等に人に権利と自由と夢を与えてくれているのに
その与えられた材料を活かしきれていない己の無力というものは己の自己嫌悪の根本であるのは既に気づいている。
自由という環境にありながらその自由を不自由と勘違いをして雁字搦めに社会を渡り歩いて人間関係を必要以上に複雑に絡め取りながら観念のお遊びに終始していた私は、いつの日か日の当たらない社会の隅に置かれている自分の姿を思い描いて震え上がる。
AIが芸術活動を出来るまでに発達している現代は過去には想像もつかない速度で進歩している。
過去に芸術を志した私の姿はAIの登場により自らが芸術を放棄していた事に気づかされる。
自身を作品として作り上げるとまで意気込んでいたのは遥か彼方の自分である。
社会の中の困惑の歩みと芸術をとうの昔に投げ捨てた自分の姿が鏡に反射されて
私は自分の姿を夢になぞらえて直視出来ない。
描いていたのはもっと別の人物。
進歩と退歩の狭間でもがいている私は残されている選択又の少なさと難しさを懐にしまいながら
このまま未来という時間を進めていく中で
自分自身という個体を維持できているのか不可解な疑問を頭の中に組み込みながら生活していくという絶望に
恐らくではあるけれど耐えられないと思う。




