夜熱
初投稿になります。
吸血鬼の始祖×始祖に育てられた青年の話です。
「カナ、おいで」
囁きかけるような男の甘い声に、ごくりと生唾を飲み込めば相手は嬉しそうに目を細め、唇は柔らかく弧を描いた。
窓から見える満月は静寂を保ち、まるでこちらの様子を窺っているようだ。
少し年季の入った洋風の壁に革張りの大きなソファー、そこに腰掛ける赤髪の青年。
ウルフカットの髪から覗く、長く尖った両耳には金色の丸いピアスが月明かりによって輝いていた。
男の隣に腰を下ろせば自分の足が微かに震えている事に気付く。
平静を保とうとしても焦る気持ちの方が勝ったようで、震えが止まる事はなかった。
(……同じ男なのに、恥ずかしいな)
様子に気付いた男は笑みを崩さず、声色を更に優しくして問いかけてくる。
「こわい?」
「あ……いえ、こわくはない、です」
「そう? じゃあ始めようか」
「よろしくお願いします、コドーさん」
「ふふ。うん、よろしくね」
これから行われるのは所謂、吸血行為。
吸血鬼であるコドーさんにとって待ちに待った食事の時間だ。
……彼が今まで生きた長い年月からすれば短い時間かもしれない。
それでも僕が大人になるまで血を一滴も吸わず待ってくれていたのだから、しっかり役目を果たさないと。
首元まで伸びた自分の髪を手で無造作にまとめ、コドーさんに差し出すようにうなじを晒す。
自分の鼓動が、耳の奥で大きく鳴り響いて煩い。
するりと首筋をなぞるコドーさんの長く冷たい指が僕の体温を上昇させ、漏れ出る吐息すら熱く感じる。
僕の様子を見てくつくつと笑うコドーさんが体を寄せてきた。
「――いただきます」
「っ!」
息を吞んだものの想像していた痛みは全く無く、歯を首に押し当てられているような感覚だけだった。
本当に血を吸っているのだろうかと疑うほどで、僕の首元に顔を埋めるコドーさんをちらりと見やる。
確かに飲んでいるのだろう、コドーさんの喉仏が数回動くのが見えた。
「……」
静寂の中、自分の呼吸音がはっきりと聞こえた。
(生きたまま食べられるって、こんな感じなのかな)
この行為によって自分が死ぬわけではない。
けれど僕は今、それに近い感覚を味わっているんじゃないだろうか。
無力さと少しの虚しさ、そんな感情の中で小さな命の火花が弾けているような。
「ん……」
今まで聞いた事のない、コドーさんの色気を孕んだ声で我に返る。
血を飲み込む時に漏れ出た微かな声はどこか煽情的で、僕は興奮を覚えた。
コドーさんにとってこれは、ただの食事なのだけれど。
僕より背の高いコドーさんが体を密着させ、首に顔を埋めているなんて。
(……この状況って、なんだか――)
答えが出る前に体は熱を帯び、火照ったように汗が滲み出た。
早くこんな考えやめないと。
頭の中がぐるぐるして、心臓は張り裂けんばかりに高鳴っていた。
「――ご馳走様」
「!」
「美味しかったよ。ふふ、君を育てた甲斐があったなあ」
「あ、あ……えっと、もういいんですか?」
「うん。初めての吸血だし、俺も満足したからね」
嬉しそうに微笑むコドーさんに胸を撫で下ろしていると頭を数回優しく叩かれた。
「緊張しただろ? 早く寝た方がいい」
「はい……。おやすみなさい、コドーさん」
「おやすみ、カナ」
ぼんやりとした思考で部屋を後にしようと扉を開けてちらりとコドーさんを見れば、ソファーに座ったまま手をひらひらと振り笑顔で見送ってくれた。
(……そうだ、緊張し過ぎたのかも)
窓から差し込む月光だけが暗闇の廊下を照らしている。
歩いているうちにのぼせていた頭は冷えていった。
自室に戻り、姿見で血を吸われたであろう首元を見ても、傷跡はおろか僅かな血液も付着していなかった。
少し冷たいベッドに横になり、天井を仰げば自然と小さなため息が漏れる。
「夢みたいだったな……」
ぽつりと呟きながら、それでも感じた熱が忘れられなくて、これは現実なのだと理解させられる。
これから僕はコドーさんの美味しいご飯にならなければいけないのに。
毎回こんな反応していたら身が持たないし、呆れられてしまうだろう。
(どうにかしないと……)
緊張の糸が解け、瞼が重くなっていく。
心地よい眠気に吸い込まれるように目を閉じれば意識は遠のいていった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
続きは不定期になりますが宜しくお願い致します。




