"存続"
乱雑に散らかり汚れたキッチンに、ボウルが一つ
壁や床は油絵のように赤茶けてべたついているが、ボウルは磨かれた銀色で存在を主張して居る
内部には緑色の液躰が満ちて居る
色味からすれば美味しそうではないが、僕にとってはこれ以上無い食材だ
椅子には液と同じ色の肌をした粘液質の躰の、僕とそう変わらない位の少年が縛られて居る
屋敷の使用人として雇用すると誘ったら、運良く捕縛出来た子供だ
少年は大好物だったが、こんな躰をした個体は初めてで、調理にも熱が入る
「調理しやすい様に、君はこんな躰をして居るんだね」
「ありがとう」
少年は、とろんとした瞳で一声も発する事なく、それを聞いて居た
まずは、食材の味を把握するべきだろう
僕はボウルに口を付けると、スープの味見でもするように、一口にも満たないだけ少年の躰を口に含んだ
読者諸兄は、生のポテトを食べた事があるだろうか
自然界の毒は静謐で───色に例えるなら、群青のような味わいだ
彼の躰もまた、薄い苦味の中に、毒の味わいが在った
試験が必要だ
僕は彼の躰液をスポイトに取ると、キッチンに似つかわしく無く咲く、小さな白い花の鉢植えにそれを掛けた
一秒……
二秒…………
何も起こらない
一般的な毒性の有る物質を浴びた場合、生命力の高くないこの花は腐れ果てる筈だ
もしかすれば先程の『毒』の気配も、彼の濡れそぼった美貌に拠るものなのかも知れなかった
毒が無いと解るや否や、僕の創作意欲は抑え難かった
僕は彼の溶液の一部に、砂糖を溶いた
その次の調理ではコンソメを投じた
それが終わると、次は小麦粉を入れて固形に焼き上げる事もした
何れも食べる時には、少年の顔をにやにやと視ながら口に入れた
彼は、事ここに至ってもなお、とろんとした表情で僕を視るだけだった
「美味しかったよ」
頭だけになった少年に、僕は満足げに言う
頭は食べない
こうした粘躰は、水を与え続ければ蘇生すると聞いた事が有る
その過程で、意識は蘇生のたび薄くなってしまうらしかったが、別に僕は、彼の心が欲しい訳では無かった
「そろそろ寝ようかな……」
欠伸が出る
絶え間無く調理を繰り返すうち、夜になって居たらしかった
僕は伸びをして───その時、左胸の内側に激痛を感じ、無意識に躰を曲げて倒れ込んだ
唾液がだらだらと口から床に落ちる
椅子の上の頭が、初めて言葉を喋った
「───『宿った』ね」
頭だけになった少年は、僕を視て微笑んで居た
意味が解らず、僕は椅子を視上げる
答え合わせが始まった
「あと24時間もする迄に、君の躰は再構築されて、意識は全部ボクのものになる」
「自分じゃ無くなる前に、神にでも祈ると良いよ」
吐き出そうとして、指を喉に入れる
まったく嘔吐の兆候は表れ無かった
「ヒントをあげるね」
「ボクの躰は人間には消化出来ない」
心臓の痛みが増し続けていく
恐慌を起こしながら、僕は壁に掛かった包丁を視た
ひったくる様に掴むと、震える手で自分の腹部に当てる
「頑張れば取り出せるかもね?」
けたけたと、嗤い声が聞こえた




