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この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


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第4話 「白と青の陽炎」

待ち合わせの時間は九時。


身支度を整え、家を出た航は、親戚のおばさんとすれ違った。


「春江おばさん、おはようございます。

叔父さんは今日は一緒じゃないんですね」


「いっちゃんなら今日は町内8kmマラソンよ。

それより響ちゃんと、さっきすれ違ったわよ。今日もデート?」


白妻海岸緑化推進計画と書かれた苗の箱を抱えながら、

さも当たり前のように言ってくる。


「そ、そんな……付き合ってませんよ」


「はいはい、そういうことにしておくね。

早く行きなさい。すれ違ったの、だいぶ前だから」


そう言うと、おばさんは集会場の入り口へと消えていった。

親戚もボランティアを頑張っているんだな、と航は思う。

その分、少し気まずい。


――やっぱり、近所の人は勘違いしている。

昔から気が付けば一緒にいる。今さら否定する方が無理なのだ。


いつもの公園、いつもの滑り台が見えてきた、そのとき。


「航。こっち」


白いシャツの袖を指でつまみ、軽く揺らしながら響は立っていた。

無表情の奥に、楽しみにしていた気配が隠しきれないのは、いつものことだ。


「悪い、待った?」


「今来たとこ。〇・五秒前にね」


「瞬間移動だろ、それ」


「うん。言いたかっただけ」


そんなやり取りをしながら、二人は歩き出す。

目指すのは、堤防の向こうの商店街。


響の弓具――特に新しい“ゆがけ”や、矢筒を

見るのが今日の目的……のはずだった。


けれど、どう考えても今日は“それだけで終わる日”じゃない。

最初から、そんな空気がまとわりついている。


商店街へ向かう道すがら、蝉の声がやけくそ気味に響いていた。

午前中だというのに、容赦のない日差し。今日も、暑くなりそうだ。


響といると、弱った顔は見せられない。

ふと横を見ると、近すぎず遠すぎず、いつもの幼なじみの距離。

見知らぬ人が見れば、きっと恋人に見える――そんな距離で二人は歩いていた。


「航、今日ちょっと元気ない?」


「だからって10分おきにメール送ってくるか」


「だって、最近ちょっと変だよ」


「安否確認の域だな。でもまあ、ちゃんと元気だよ」


「でも航、どこか遠く見てるときあるし、何か疲れてない?」


航は目をそらす。

言われた瞬間、胸の奥で“波の音”が、一度だけ揺れた。


ただ、遠い昔の記憶が静かに浮かんだだけだ。


響はその揺らぎを、正確に拾い上げながら、それ以上は踏み込まない。

ただ、見ている。


「……まあ、あとで話せるなら話して。話したくないなら、また今度でいいけど」


「……そういうとこだよ。響の、ずるいとこ」


「え? どこが?」


「逃げ道を用意して、ちゃんと追い込むところ」


響は小さく肩をすくめる。


「だって、放っておいたら全部抱え込むでしょ。

航は“言わない”ことを美学だと思ってるから」


図星すぎて、航は笑うしかなかった。


弓具店。


店の奥で、響は新しいゆがけを手に取った。

指を曲げたり伸ばしたりしながら、真剣に確かめている。

だが、ちらちらと航を見るのは隠せていない。


「……なに」


「なんとなく。航の元気、戻ってるかなって」


「戻ってるよ。響がずっと変な顔してるから」


「変な顔はしてない」


「してる。隠れてるつもりかもしれないけど」


響の眉が、ほんの少しだけ下がる。

その表情を見た瞬間、航は思った。


――もう今日は、デート扱いでいい。


「航、今日お弁当持ってきた」


「……え? 一日って言ったっけ?」


「航、メールしてれば午後の予定も必ず連絡する。

だから今日は空いてる。聞くのは野暮」


かなわない。


「……まあ、その通りだな。響の弁当、ちょうど食べたかった」


「うん。航の好きなものしか入ってない」


一瞬、航の顔を確かめるように見て、響は続けた。


「あの子とは、ちがう」


水泳ジュニア指定のエミリーのことか。

どうして、今そのことが出るんだ。あいつとは何も――

少しだけ心がざわつく。


「でもね、航。私、昔から知ってるから、ほとんどわかるよ」


これ以上ここにいると、

全部見透かされそうな気がして、正直、いたたまれなかった。


「……じゃ、いつもの海岸で食べよう」


そう言って、弓具店を後にする。

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