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この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


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第17話「夕焼けに舞うユニコーン」

航は、ユニコーンのたてがみに沿って流れ白茶けたアスファルトに強い日差しが差し、

空には入道雲がこんもりと浮かんでいる。


航と響は、郊外のホームセンターへ向かって並んで歩いていた。


「今日も暑くなりそうだな。最近、ぜんぜん雨降らないな」


航が額の汗を指で拭いながら言う。


「うん。でも、この雲はそのうち降るよ。

夏の雲って、ため込んでから一気に来るから」


響は空を見上げたまま、少し楽しそうに答えた。

白い雲の縁が、陽に照らされてくっきりと浮かび上がっている。


「降るなら、帰ってからの方がいいな」

「それは分からない、雲低いからね」


少しだけ不安な顔だけど、ちょっとだけ笑って、

響は歩調をほんの少し早めた。

アスファルトの照り返しで、足元が揺らいで見える。


ホームセンターの看板が見えてくると、風向きが変わり、

木材売り場特有の乾いた匂いが、かすかに混じってきた。


「今日、何買うんだっけ」

「やすり、ニスのマボガニー色。あと……」


一瞬言葉を切り、響は航を見る。


「小さい刷毛。細かいところ用」


自動ドアが開き、ひんやりとした空気が二人を包んだ。

外の強烈な夏が、ふっと遠のく。


「生き返る……」

「確かに、ゆだっちゃうね」


そう言って、響も少し肩の力を抜いた。


売り場をひと回りしながら、和気あいあいと買い物を続ける二人。

模型製作のための小さな部品を選んでいる、その頃――


仁とエミリーは、

ステーキと海鮮の店「フライングフィッシュ」でメニューを開いていた。


店内にはサーフボードとV8エンジンが飾られ、

ジュークボックスからは80年代の洋楽が流れている。


「ここのランチサービス、ステーキが1.5倍ナノヨネ」


「俺もよく来るけど、肉食うならやっぱココだな。

何気に海鮮もいけるぞ」


「じゃあワタシ、300gの1.5倍で

Tボーンステーキ、ランチセット」


「俺はヒレの300gの1.5倍で、ランチセット」


ほどなく運ばれてきたのは、

1.5倍で450gとは思えない巨大な肉の塊だった。


セットのサラダとライスは普通の大きさのはずなのに、

なぜか小さく見える。


周囲の客から、思わずどよめきが起こった。


「なんか、500g以上ないかこれ。

エミリー、大丈夫か?」


「大丈夫。ウレシイ。いただきます」


「おう、いただきます」


厨房の奥から、高校のOBである大川パイセンが、

にこにこしながら親指を立て、また厨房に引っ込んでいった。


「ねえヒトシ。

ニホンゴの“いただきます”って、いいコトバじゃない?」


「そうだな。ばあちゃんが、

残さず命をいただくことだって言ってた」


「イイネ。そういうの、ワタシノ国にもあるのよ」


周囲の驚きの視線をどこ吹く風と受け流し、

二人はごくごく普通に食べ進んでいく。


ほぼライスとサラダを食べ終え、

ステーキも残り少なくなったころ――


雷鳴とともに、

バチバチと大きな雨粒が落ちてきた。


やがて、景色が白くにじむほどの大雨になる。


「降ってきたな。

こりゃ、しばらく出れんぞ」


「……あれ。

なんか、ワタルとヒビキじゃない?」


買い物帰りの突然の雨に、

航と響は避難と昼食を兼ねて、

フライングフィッシュに飛び込んできた。


航は大きな袋を抱えたままこちらに気づき、

一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにいつもの調子に戻る。


「よう仁。相変わらずここ好きだな。

今日はエミリーと一緒か」


フリーズしている響をよそに、そう言った。


そのとき、

エミリーが意を決したように一歩前へ出た。


テーブルの端を、ぎゅっと指でつかみ、

顔を上げる。


「ワタシタチ、付き合うことになったの。

だから……ヨロシクネ、ワタル、ヒビキ」


一瞬、店内の音が遠のいた気がした。


仁は、

「え、マジっすか」

という言葉を喉の奥で噛み砕き、


「ああ……そうだな。

付き合うことになった。

二人とも、よろしく」


と、少し照れたように言った。


その言葉で瞬間解凍された響が、勢いよく話し出す。


「えええっと、いつからなの?

どういうことなの?

ちょっと航、知ってたの?」


「たぶん、こうなるの分かってたよ。

おめでとう、仁。エミリー」


そう言って、混乱する響を別の席へ連れていく。

遠くで「まあまあ、響」という声が聞こえた。


「ゴメン、仁。

こういうカンジで言うことになって、ドウシテモ……」


小声で話すエミリーは、

いつもの元気が少しだけ揺らいでいる。


「You don’t need to say sorry.」

(謝らなくて大丈夫)


仁も、小声で返す。


「Thank you for understanding.」

(理解してくれて、ありがとう)


「じゃあ、雨やんだら海岸でも散歩しよう。エミリー」


「うん。ヒトシ、ワタシも行きたい」


大きな雨音は、次第に静かになっていった。


二枚のステーキ皿の上には、

付け合わせまで、きれいに食べ終えられていた。


フォークとナイフが、

静かに並んでいた。


――ごちそうさま。

る炎の装飾を、

黙々と彫り進めながら言った。


「だから秀樹さんの部隊、あんなに仲がいいんですね。さすがです」


誠おじいさんは、少しだけ手を止める。


「さっきから言っとるじゃろ。夜勤明けじゃったからだ」


そう言って、照れたように視線を逸らし、言葉を濁す。


「……カエルッパって、おばあちゃん、確かに作ってたね・・・」


「ああ。まあ――あいつの作ったのは、かなり個性的だったがな」


窓辺に飾られた響乃おばあちゃんの写真は、

相変わらず、何も言わずに静かに微笑んでいる。


木くずの香りが、やわらかく部屋に舞う。

その中で、時間だけがゆっくりと流れていった。


「さて、今日はここまでにするか。

 航くん、また響の手伝いをしてくれると助かるな」


「ええ、そうします。――乗りかかった船ですから」


航はそう言って、少し得意げに、ケースの中の羽黒を指さした。


「航、今日はありがとう。すごく助かった」


「それじゃあ、またな響」


航は村上の家の玄関を出たとき。


――なぜ、自分は

秀樹さんの部隊が仲がよかったことを

知っているのだろう。


初めて聞く話のはずなのに、

そう思うこと自体が、不思議だった。


「……まあ、記憶なんて、

いい加減なものか」


そうつぶやいて、航は夕ぐれの坂道を下った。

その胸の奥に、理由のわからない静けさを抱えたまま。


その頃、響は彫り終えたユニコーンを静かに片付けていた。


「おじいちゃんありがとう、こんな長い時間、体は大丈夫だったの」


「ああ久しぶりにとても気分がいい、いい時間だった」


ふと、ユニコーンの下絵に目が行きちょっとだけ寂しい目をして


「……じつはねおじいちゃん、自分で書いたつもりなんだけど

 この絵、どこかで見たことがある気がするんだよね」


誠は一瞬だけ絵に目を落とし、

それから響の方を見て、ふっと笑った。


「そりゃあ、そう感じることもあるさ」


響は不安そうに眉を寄せる。


「……真似、なのかな」


誠は首を振った。


「同じ形を、同じつもりでなぞれば真似だ。

 でもな――」


誠はゆっくりと言葉を選ぶ。


「どうしてそうなったかを考えて、

 自分の手で描き直したなら、

 それはもう人のものじゃない」


響は黙って続きを待つ。


「見たものは、忘れなくていい。

 大事なのは、そこから何を受け取ったかだ」


誠は絵にもう一度視線を戻し、静かに言った。


「ちゃんと噛み砕いて、自分の中に落としたなら、

 それは血肉になる」


少し間を置いて、付け足すように。


「そのユニコーンとかいうのは、もう響のだよ」


響はうなずき、その言葉を胸に大切にしまう


ほんの少しだけ、やさしい表情になったように見えた。



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