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この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


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第15話「カエルッパ」

南の海域を抜け、艦内の空気はどこか穏やかだった。

日差しは強すぎず、甲板に落ちる光は柔らかい。


定時の見張りを終えた秀樹は、肩を軽く回しながら甲板を歩いていた。

船内への入口が見えてきたところで、足を止める。


入口の脇で、誠が誰かと話している。

隣にいるのは、線の細い若い兵士――以前、誠から「漫画家志望だ」

と聞かされた部下だった。


誠が先に秀樹に気づき、手を振る。


「おう、秀樹。見張り終わったのか。

 ずいぶん日に焼けたな」


「南ですからね」


部下は照れたように軽く敬礼し、会釈だけ残して居住区へ戻っていった。


「相変わらず、いいやつだな。俺も少し見習いたいくらいだ」

「お前はいつも眉間にしわ寄せてるからだ。たまには大笑いしてみろ」


誠は微笑み、甲板の手すりによりかかる。

艦橋の日陰を潮風が心地よく通り抜けた。


「で、響乃は元気か。お前もよくあのじゃじゃ馬と付き合ってるな」


誠がおどけたように言う。

秀樹は軽く笑い返し、手元の小さな人形を取り出した。


「手紙と一緒にこんなものも送ってきたんだ」


それはフェルトでできた「カエルッパ」。

かえるとカッパを合わせたような姿で、持っていると必ず帰れるというお守りだ。


「牛の出産も女手ひとつでやり通す奴が、針仕事までこなすとは……

 お前のこと、よほど気に入ってるんだな」


「照れるじゃないか。で、こんなものも一緒だった」


カエルッパの手に取り付けられる、大きな鎌。

秀樹はそっと人形の手に装着する。


「響乃の手紙にはな、

『死神なんてかっこいいじゃん。めったに呼ばれるものじゃないし、

むしろ誇っていいんじゃないか』って書いてあったんだぞ」


「……さすが、あいつらしいな。

それにしても鎌を持たせると、妙な感じになるな」


二人は顔を見合わせ、思わず笑った。


「……死神なんて気にするのが、馬鹿馬鹿しくなってきた」

「お前、そんなこと気にしてたのか。

響乃を見ろ。カエルッパに鎌を持たせてるんだぞ」


秀樹は小さな人形を手に取り、そっと微笑む。


「……大切にしなければな」

「そうだな……あいつも女だったんだな。良かったな、秀樹」

「そりゃ、ひどい……でも割とかわいいな……」


慌てて顔を振る秀樹に、誠は笑いながら言った。


「まあ、聞かなかったことにしといてやる。

ところで例の相撲大会は明日らしいぞ」


「ああ、次は誠に勝つ。最近負けばかりだからな」

「おう!受けて立つ。それに砲術長も行司で参加するそうだ」


砲術長・岩谷は誠の柔道と砲撃の師匠であり、秀樹もよく知っている。


「明日は楽しみだ。しっかり準備しておけ。俺は当直に行ってくる」


秀樹は人形をそっと握りしめた。

「まあ、かえれるだろ。こいつがいれば」

秀樹の手の中で、人形は暖かな風に揺れ、ひそかに武者震いしていた。

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