第14話 「酒と土俵と酒保と花札」
航は馬体本体の小さな装飾を削り出そうと、
手元で悪戦苦闘していた。三角刀の先がわずかに跳ね、
思うような線にならない。
「航くん、小さなパーツは別に削り出した方がいいぞ」
誠が横から手を添え、刃の角度を示す。
「接合は、どうすればいいんですか?」
航は少し戸惑いながら尋ねた。
「ほぞを切って差し込み、接着する。接着面は木工パテで整えて、
最後に木目を書き込めば違和感は出ん」
「なるほど……やってみます」
一息ついた航が、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば……昔の艦内では、こういう娯楽はあったんですか?」
「居住区域は狭いし、寝床はハンモックが中心でな。道具を広げる余裕もない」
誠は遠くを見る目になった。
「もっぱらトランプや花札だ。……だが、たまに相撲大会なんぞもやっておった」
響は思わず身を乗り出す。
「その話、ちょっと聞いてみたい」
「よかろう。では、少し昔に戻ろうかの——」
航は削りかけの馬体をそっと机に置いた。
削り屑が微かに舞う。誠の声に耳を澄ますうち、時間はゆっくりと過去へ溶けていった。
*
居住区の一角、誠と秀樹は花札に興じていた。
「誠、悪いな……勝負は、四光だ」
秀樹が静かに札を置く。
置かれた札は光札が四枚、一直線に並んでいた
その瞬間、周囲から思わず息を飲むようなどよめきが起こった。
「おまえは昔から、こういうのが得意だよな……勝てる気がしない」
誠は苦笑し、札を伏せる。
「運も実力のうちだろ」
秀樹は肩をすくめる。
背後で、若い兵士たちが声を潜めて囁き合う。
「……まただ」
「“死神”ってやつだろ。秀樹の撃墜した相手、みんな頭部をやられてるって話だ」
「嘘だろ……やっぱあいつ、化け物だ。縁起でもねえ」
誠の耳にも、その囁きは届いた。
秀樹も気づいたのか、札を持つ手が一瞬止まる。
「……誠」
低く、抑えた声だった。
「聞こえたか」
「聞こえた」
秀樹は、しばらく札を見つめてから、静かに腰を上げた。
噂話をしていた兵士の方へ静かに歩み寄る。
その歩き方が、かえって周囲を緊張させた。
「おい」
呼ばれた兵士が、びくりと肩を震わせる。
「めんどくさい奴だな……消えたいか」
声は荒れていない。だが艦内の空気が、一段冷えた。
その瞬間、誠がすっと間に入る。
「待て、秀樹」
穏やかだが、はっきりした声だった。
「艦内で刃傷沙汰はご法度じゃ。どうしても決着をつけたいなら——」
誠はにやりと笑う。
「相撲でやれ。正々堂々とな」
周囲がどっと沸いた。
「相撲かよ!」
「久しぶりだな!」
「負けた方が居住区清掃、肩代わりだ!」
横で聞いていた砲術長・岩谷雄太も、即座に口を挟む。
「その程度の話なら、艦内の武術訓練として大会を開こう。
酒保から、成績優秀者には景品も出す、いい酒も出すぞ」
「やったぞ!」
「うおおおおお!」
「腕が鳴るわい!」
こうして、笑いと歓声に包まれながらも、
羽黒艦内武術訓練——通称『相撲大会』が開催されることとなった。




