第13話 「死神の逆位置」
誠おじいさんの語りは、
ジェームスの悲壮感を、そのまま部屋に持ち込んでくるようだった。
しばらく、二人は口を開けなかった。
その沈黙のあとに――
「その爆撃機のパイロットは、どうなったの?」
誠は一瞬、言葉を飲み込む。
空中で起きた凄惨な出来事を、
どう言葉にすればいいのか、選びあぐねるように。
「残念ながら亡くなってしまった。
だが、砲術課同期の英一という男が、
他の二人の搭乗員を救出し、駆逐艦『迅雷』に乗せたのじゃ」
「……命令はあくまで機体の回収だったらしいがな」
英一は、わしの幼馴染で砲術課の同期じゃが、配属は別の艦での。
同じ海域に出ることはあっても、
まさかあんな形で交わるとは思いもせなんだ。
響は胸の奥で複雑な感情を抱え、静かに答えた。
「良かった……けど、全員生き残ればよかったのに」
誠は静かにうなずく。
「そうだが、当時は戦争中で敵同士。アメリカ兵が救出されることなど、
稀中の稀じゃった。それだけでも、幸運と言えるじゃろう」
誠はユニコーン模型の胴体彫りを響に手伝わせながら、細かい指示を出す。
「この絵から三面図、起こしてくれんかの。翼の付け根は細うしといてくれ」
作業がひと段落し、木屑が静かに落ち着いたころ――
誠はふたたび口を開いた。
「……それと、運命のいたずらかのう」
戦闘を語っていたときとは違う、沈んだ響きが声に滲む。
「撃ち落とした爆撃機の操縦席に、一枚の写真が挟まっておった」
誠は、そこまで言って口を閉ざした。
「……日本人の女性じゃった」
もう一拍。
「そして――英一の姉さんじゃ」
「え……?」
足の部分を切り出していた航の手が、ふと止まる。
誠は深くうなずき、過去の影をたぐり寄せるように語り始めた。
「英一の父は戦前、米領事館に勤務しておってな。
通訳として、英一の姉──朱音さんも同行していたそうじゃ」
響の目が大きく開き、航は手にしていた糸鋸をそっと置いた。
「当時のアメリカは、政治も経済も不安定じゃった。
領事館の前で大きな暴動が起き、英一の父上は巻き込まれ、
濡れ衣を着せられて拘束されたんじゃ」
誠は一拍置き、静かに続けた。
「そのとき、唯一助けようとしてくれた若い外交官補佐がおっての。
やがて祖国の情勢悪化で徴兵され、海軍航空隊に入った」
誠はその名を、胸の奥から取り出すように口にした。
「ジェームス・クルーズ。英一の父上を、
釈放させるために奔走してくれた、ただ一人の恩人じゃ」
「書類仕事より現場が好きな男でな、
困ってる人がいれば進んで助けに行く、そういう男じゃったそうだ」
重く沈んだ声で、言葉をつなぐ。
「操縦席から見つかった朱音さんの写真……あれは、
ただの友人のものとは思えんかった。
もしかすると……恋仲だったのかもしれん」
航は唇をかみしめ、そっとつぶやく。
「……やり切れないですね。
そんな優しい人まで、戦争で奪われちゃうなんて」
誠は首を振る。
「悪いのは誰でもないんじゃ。
あの頃は国と国が、喉元に刃を突きつけとった。
人と人の気持ちなど、そんな大きな流れの前では、あっけなく押し流されてしまう」
そして――誠は言いにくそうに、しかし避けずに言った。
「さらに皮肉なことに……その恩人を撃ち落とした張本人が、秀樹じゃった。
その一件から、秀樹は“死神”と呼ばれるようになってしもうた」
その名を向けられても、
秀樹は一度も弁明せず――
ただ以前より、酒を口にしなくなっただけじゃった。
響は目を伏せ、航はわずかに拳を握る。
誠は静かに締めくくった。
「秀樹も、英一も、朱音さんも……皆わしの友人じゃ。
偶然にしてはあまりにも数奇で、神様の仕業にしても、残酷すぎる話よ」




