表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

第11話 「褐色の羽黒」

ある夏の昼下がり。

航はスマートフォンの画面に目を落とし、思わず椅子から跳ね上がった。


「航、たすけて――」


短い文字列に、焦りがそのまま指先から伝わってくる。胸がざわつき、手が震えた。

返信しようとした瞬間、通知が続けざまに震える。


「ゴメン、変なところで切っちゃった。文化祭の木工作品、

手伝って。かなり難しいの……」


──ほっと胸を撫で下ろす。

肩の力が抜け、思わず小さく笑った。

響らしい。唐突で、少し不器用で、それでも一生懸命なところ。


「まあ、そろそろ顔も見たいし、いいか」


「わかった、そちらに行くから準備しておいて。

それと……ゆっくりメールしような」


すぐに返ってくる柔らかい一文。


「今度は気を付けるね」


その素直さに、胸の奥がくすぐられるようだった。



航は工具とカッターをバッグに詰め、

近所のおじさんに挨拶しながら、果樹園の段々畑を駆け上がる。

夏の甘い風を抜け、住宅街に入ったところで村上家の門をくぐると、


「航、来てくれてありがとう! 上がって上がって!」


勢いよく玄関が開き、呼吸を弾ませた響が現れた。

手や服にはおがくずがついている、さっきまで作業していたようだ。


「おう。どこまで進んでる?」


「えっと……見てもらったほうが早いかも」


響に案内されて階段を上がる。

あの日から、彼女はどこか軽やかで、明るくなった気がした。

手を取った夜の、少し神秘的な笑顔がふと脳裏をよぎる。


二階の部屋には、夏の光と風鈴の音が満ちていた。

机の上のスケッチブックを前に、響がページを開く。

そこには“赤い再生の炎”を背に宿したユニコーンがいた。


翼の赤は燃えさかるようでありながら、きらきらと尾を引き、

どこか祈りのように静かだった。

柔らかな線で描かれながらも迷いはなく、翼の一枚一枚まで丁寧だ。

響らしい真っ直ぐさと、芯の強さがそのまま形になっていた。


「……すごいじゃん。めちゃくちゃ綺麗だよ、これ」


「ありがとう。でも、立体にすると全然違うの……

 切り出しや骨組みとか、もう、私じゃパンクしそうで」


眉をひそめながらも、声には前向きな色が混じる。


「おじいさんには相談したの?」


航はふと思い出す。以前、見かけた本物のような木製模型を。


響は少し言いにくそうに視線を落とした。


「最近、おじいちゃん、体が弱くなってきてて……あんまり負担かけたくなくて」


響に促され、一階の奥にある、かつて誠おじいさんが使っていた部屋へ。

畳の匂いが残る日本間は、今や木工の作業部屋となっている。


工具棚にはクランプや彫刻刀が整然と並び、

響のユニコーンはまだ粗削りの段階のパーツが置かれていた。


その横で、航の視線がふと止まる。


部屋の隅のガラスケース。

中には木製模型が収められ、圧倒的な存在感を放っていた。


木目の流れを活かしつつ、艦橋や砲塔の細部まで狂いがない。

まるで、そこに“航跡”までも見えるような迫力だ。


背後から朗々とした声が響く。


「その羽黒に興味があるのか」


杖をつきながら現れたのは、村上誠おじいさん。

足取りは弱々しいが、その声は海風のように凛としている。


「今日は寝てなくて大丈夫なの?」

響が心配そうに駆け寄る。


「ああ、今日はすこぶる調子がいい」


誠はガラスケースを見やり、微かに笑った。


「あれは戦艦ではなく、重巡洋艦・羽黒だ。

 大きさで戦艦と誤認されることもあったがな」


航は息をのむ。


誠は二人をゆっくり見回し、静かに口を開く。


「この一角獣の要所は、その都度、わしが教えてやろう。

 作業しながら聞くといい。話すことは山ほどある」


一拍置いて、誠は続けた。


「良くも悪くも──これは、わしの青春の物語だ」


夏の気配が、ゆっくりと部屋に満ちていく。


ここから、羽黒の過去が語られはじめる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ