クイーンVSセイヴァー
ルーキー部門の熱狂が冷めやらぬ会場の喧騒を背に、剣菱将は一人、静寂に包まれた通路を進んでいた。彼の胸には、先ほど手にしたばかりの黄金のメダルが、確かな重みをもって輝いている。しかし、その輝きさえも、これから彼が足を踏み入れようとしている領域の厳粛さに比べれば、取るに足らないものに思えた。
通路の先、重厚な扉の向こう側で、世界大会の無差別級バトルが繰り広げられている。そこで彼を待つのは、深淵をその瞳に宿す女性、ドラゴンクイーン、冬巡いつき。彼女は、サモニング・モンスターの世界において、まさに伝説と呼ぶべき存在だ。将は、覚醒した「救世主」としての使命感を抱きつつも、言いようのない緊張感に全身を包まれていた。
やがて、その扉が重々しい音を立てて開かれる。
その瞬間、視界に飛び込んできたのは、ルーキー部門の熱気とは全く異なる、冷え切った空気に満ちたバトルフィールドだった。観客席も満員ではあるが、その熱狂はまるで氷に覆われたかのように静かで、張り詰めた緊張感が支配している。まるで、一挙手一投足を見逃すまいとする獰猛な獣たちの視線のように、全てが一点に集中しているかのようだった。
フィールド中央に設置されたバトルフィールドの向こう側。
そこに、冬巡いつきは立っていた。
彼女の背には、漆黒の長い外套が床に引きずるように揺れている。細身の身体には不釣り合いなほどの重厚さと、何よりもその存在から発せられる圧倒的な「冷気」が、将の肌を刺した。
長く艶やかな黒髪が、照明の光を吸い込むように肩に流れ落ちている。そして、その表情はまるで精巧な彫刻のように完璧で、感情の微塵も読み取ることができなかった。だが、何よりも将の目を惹きつけたのは、彼女の瞳だった。
深く、どこまでも深い漆黒の瞳。
そこに将は、奈落を覗き込んだような底知れない虚無を感じた。それは、感情を捨て去り、全ての希望を諦めた者の瞳。だが、同時にその奥底には、世界を支配しようとするかのような、計り知れない飢餓感が宿っているようにも見えた。
対する将の瞳には、まだ青さの残る挑戦心と、友から託された希望の光が宿っている。それは、いつきの虚無とは真逆の、生々しいまでの輝きだった。
二人の視線が、空中で絡み合う。
静電気のようにパチリと火花が散るかのような錯覚に陥る。
言葉は交わされない。だが、その一瞬の対面の中に、それぞれの過去と、背負うもの、そして未来を賭けた戦いの意味が凝縮されていた。
いつきの口元に、微かな笑みが浮かんだような気がした。それは嘲笑か、あるいは単なる勝利への確信か。将には判別できない。
「剣菱将選手、冬巡いつき選手。準備はよろしいですか?」
無機質なアナウンスが、張り詰めた空気を切り裂く。
将は深呼吸し、胸の中の不安を押し込めた。この戦いは、彼一人のものではない。拓人の無念、純の願い、三平の豪胆さ、そして、冬巡いつきが捨て去った「夢」さえも背負っているのだ。
彼はゆっくりとバトルテーブル台へと歩み寄り、自分のデッキをセットする。
その視線の先には、まるで巨大な闇そのものが具現化したかのように、静かに佇む冬巡いつきの姿があった。
今、救世主と深淵の女王との戦いが、まさに幕を開けようとしていた。




