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大御霊の残骸

「では、お願いの件は一旦置いといてだ。ここからは『依頼』の方で話をしよう」

ブラックロータスは、組んでいた脚を組み替え、探るような視線を剣菱ケンビシ ショウへと向けた。それまでのどこか食えない世間話の空気は霧散し、部屋の温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。彼は重厚なデスクに肘をつき、指先を絡めながら言葉を切り出した。

「ドラゴンクイーン、冬巡フユメグリいつきの奈落バトルに勝って欲しい」

――奈落バトル。

沈黙が支配する静謐な空間で、ブラックロータス枢機卿がその唇から紡いだ言葉。あまりに真面目な、あまりに峻厳な表情で放たれたその「厨二病」めいた響きに、将はそれまで張り詰めていた緊張状態を維持することができなかった。脳内で構築していた警戒網が、その一言で音を立てて崩壊していく。

「……ぷ、ぶほぁっ! ちょ、ちょっと待ってください。……くっ、ふふ……シリアスな顔で、そんな面白いこと言わんでくださいよ」

将はたまらず吹き出し、腹を抱えて笑った。目尻に浮かんだ涙を拭いながら、必死に呼吸を整えようとする。だが、対面するブラックロータスは眉ひとつ動かさない。ただ静かに、道化を見るような慈悲深い眼差しで将を見つめているだけだ。

「……たしかにおかしいというのは認めよう。だが、そこまで笑うことかね?」

ブラックロータスの声には、冗談を言っている気配など微塵もなかった。将は笑いすぎで引き攣る頬を押さえながら、無言で首を前後に振った。肯定なのか否定なのか自分でも判然としなかったが、とにかく「そのネーミングセンスは勘弁してくれ」という意思だけは伝わったはずだ。

しかし、ブラックロータスの瞳の奥に宿る冷徹な光が、将の笑いを急速に冷めさせていく。枢機卿は椅子に深く背を預け、独白するように続けた。

「サジッタ社から回ってきた最新のレポートによるとね、彼女が使役するタイプXには、通常のロジックでは到底説明のつかない事象が観測されている。物理法則の無視、確率論の超越……それはもはや『加護』でなければ説明できない。――だが逆に言えば、加護という不確定要素を前提に置けば、すべてに納得がいくのだよ」

彼は一度言葉を切り、机上のチェス駒の一つを指先で弾いた。

「そして、我々の流儀は至極単純だ。相手が汚い手を使うというのなら、こちらはそれ以上の手で叩き潰す。慈悲も容赦も必要ない。埋葬人の戦いは、その過程がいかなるものであれ、ひとつの例外もなく『勝利』で終わらねばならないのだ」

ブラックロータスの表情は、今や冷酷な執行者のそれへと変貌していた。冗談の余地など欠片もない。将の背筋に、冷たい汗がひと筋流れる。この男は本気だ。本気で、その滑稽な名のついた決闘に、組織のすべてを賭けようとしている。

「ところでだね、将君……」

ブラックロータスは、ふと思い出したかのように話題を転換した。その声音は穏やかだったが、眼光だけは逃さぬと言わんばかりに鋭く将を射抜く。

「彼女のカードに関するデータは、FC社の誇る超コンピュータ……『大御霊の理(GSQ)』によって解析の最中だったんだ。しかし、不思議なこともあるものでね。先ほど、そのシステムが急に物理的な破損を伴って沈黙してしまった。復旧の目処は立っていない」

ブラックロータスはゆっくりと身を乗り出し、将の顔を覗き込むようにして微笑んだ。その笑みは、獲物を追い詰めた肉食獣のそれだ。

「……理由を何か、知っていたりしないかね?」

将の心臓が大きく跳ねた。沈黙が、重苦しい圧力となって部屋に満ちる。将はしばらくの間、自分の指先を見つめていたが、やがて諦めたように視線を上げた。

「………俺に、何をしろと」

絞り出すような将の問いに対し、ブラックロータスは満足げに頷き、宣告した。

「決まっている。奈落バトルに勝て。君に拒否権はない。これは依頼ではなく、決定事項だ」

差し出された「奈落への招待状」を前に、将は逃れられない運命の歯車が回り出したことを悟った。


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