一六の午後ーークエスターレベル〇三
「ノウマク・サラバタタ・ギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カン・マン」
何十度目か分からない真言を、喉の奥から絞り出す。護摩壇の炎が、汗で濡れた顔を容赦なく照りつける。今日でようやく一六歳になったというのに、朝から晩までバイトに精を出し、原付免許をとって一人暮らしを始めるはずの夢は、この熱気に焼かれて消え去りそうだ。
剣菱将は、剣菱心霊研究所の所員といっても、まだ見習いの身だ。本来、叔母である所長の剣菱亀子が対応するはずの案件だが、叔母が急に体調を崩したせいで、今日だけ駆り出されている。原因は、犬神。依頼人の屋敷に祀られていた祠から出た憑き物だ。
「まだだ、まだ足りんぞ!」
横で所長代理を務める助手の石岡時が、鋭い声で檄げきを飛ばす。彼女の目は、いつにも増して真剣だ。この犬神は強力で、並の霊力では跳ね返せない。炎の向こう、座敷に座る依頼人は青白い顔で震えていた。その体から、漆黒の煙のようなものがゆらゆらと立ち上っているのが見える。
「カン・マン!カン・マン!カン・マン!」
額から流れ落ちる汗が目に入り、思わず目を閉じる。そうだ、午前中は悪友の古藤三平の馬鹿げた情報に腹を立てていただけだった。原付の研修なんてどうでもいい。将は早く、この厄介な呪詛や霊から離れて、普通の生活を送りたかった。
だが、この熱。この炎。この真言。
不動明王の真言を唱え続けるうちに、将の体の中を熱い何かが駆け巡り始めた、力が満ちるごとに、護摩壇の炎が一段と高く燃え盛った。炎が、依頼人の体から立ち上る黒い煙を絡め取り、焼き尽くしていく。
「ーーー!」
依頼人が、苦悶の声を上げ、そしてふっと、力が抜けたように静かになった。黒い煙は完全に消え去り、護摩壇の炎だけが、清浄な光を放っている。
「…よし、これで鎮まったわ。よくやった、将」
石岡 時が、初めて安堵の表情を見せ、将の肩を叩いてきた。
疲労で足元がふらつく。もう夕食の時間だ。将の一六歳の誕生日は、拝み屋の汗と炎で始まった。
明日こそ、免許センターの受付にでも電話して、この現実から脱出するための第一歩を踏み出そう。そう心に誓い、剣菱将は立ち上がった。




