79「バイオレットと夜の闇の中へ」
ショパンとラフマニノフは、とある古城を訪れていた。
地球圏霊界の最高責任者「シナメルド」が、来客食事パーティーで
この二人にピアノを演奏してもらえるように頼んだのだ。
さすがにこれだけの大物の頼みを相手に断ることはしなかった。
「今回のギャラは1億ヘブンだから、演奏時間の長さによって、細かく山分けの値段を計算してほうがいいな!」
「ラフマ!細かいね。そういうところ!めんどくさいよ!」
「少しでも頭を使う習慣を身につけろよ!ピアノ曲だけ作曲の天才のショパンよ!」
「だけ?だけとはなんだ!これでもピアノ曲ならだれにも負けないからね!ラフマにだって!」
「俺はピアニストとして霊界でも最優秀だからな。ショパンの最優秀のピアノ曲を最優秀の
ピアノ演奏家が弾く!それはまさしく俺らバディらしいよな!素晴らしい関係だ!」
古城は湖に囲まれていて、船で行くしかなかった。
今、二人は船の上で会話しているのだった。
「それより、シナメルド様も太っ腹だよな。わざわざ2時間のピアノ演奏で1億もくれるなんて!」
「だから断らなかったんでしょ?今日、ラフマは恋人のバイオレットとデートの約束していたけど、
予定を変更したくらいだからね!」
「これから金が要る。俺らの望むピアノ音楽学校設立のためにはな。バイオレットはかなりガッカリ
していたが、今日のギャラでペンダントでも買ってやるから、我慢してもらうしかない!」
「……」
ショパンは微妙な表情でラフマニノフを見た。
船を自力で漕ぐこと15分。
古城の玄関へと到着した二人に待ち構えていたのは、たくさんのシナメルドのお客様たちであった。
「シナメルドに言われて、僕らの招待がバレないように、帽子とサングラスとマスクなんてね!」
「ワクワクするよ!客たちの反応が。今日はサプライズのピアノ演奏だからな!」
しかし、予定外のことが起こる。
「ん?あれはバイオレットじゃないか!なんだ、あいつもここに呼ばれていたのか!まずいな!
顔を合わせるのが気まずい!」
「むしろ、ラフマがバイオレットを後ろから抱きしめてやればいいじゃん!」
「バカを言うな!正体が周りの客にバレてしまうじゃないか!」
バイオレットに背中を向けながら、シナメルドのいる奥の部屋へと二人はそそくさと移動した。
地球圏霊界の最高責任者「シナメルド」に3回目の対面となった。
「シナメルド様。ラフマニノフです。今日はお招きいただきありがとうございました!2時間の
ピアノ演奏。曲目は以下のとおりにいたしました。よろしいですか?」
「ラフマニノフよ。今日はお前に謝っておきたいことがある。実は、お前の恋人のバイオレットという
若い女性がこの会場に来ているんだ!彼女はお前とデートを1年前から楽しみに待っていたらしい。
しかし、お前がいきなりデートの約束を破ったから、ひどく落胆した。
その話をショパンから聞いたんだ。だから、今日のピアノ演奏は中止だ。ギャラは払うから、
バイオレットとデートに行ってやってくれ!」
「なに、ショパン?どういうこと……」
「ラフマ!ごめん!どうしてもバイオレットに同情心が芽生えたんだ。彼女、ラフマとデートする
時のサプライズプレゼントに給料1年分の指輪をローンで買ったらしいんだ!」
「ショパン!それ本当か?俺に仕事より恋人を大事にしろというのか?」
「ラフマ。この際、いいタイミングだから言わせてもらうけれど、仕事も大事だけど、仕事よりも
人間関係を大事にするべきだよ!幸せを与えてくれるのは、仕事じゃない、金でもない。人間なんだ
から!」
「クソ!クソ!クソ!今までなんで俺は気づかなかったんだ!!!!」
ラフマニノフはその場から勢いよくダッシュで立ち去った。
そして、バイオレットの姿を見つけるや否や、彼女の目の前で立ち止まり、帽子、サングラス、マスクを
外した。
「バイオレットよ。俺だ!ごめん。デートの誘いを断ったりして!仕事優先の俺は間違っていたよ!」
「ラフマニノフ様???なぜ!なぜここに?」
「俺に愛情のビンタを一発おみまいしてくれ!」
「そんなことできないわ!」
「いいからしろ!」
「ラフマニノフ様……」
「やれー!」
パチン!
バイオレットからラフマニノフに向けて放たれた愛情と憎しみのビンタは会場中に響いた。
「そうよ!そうよ!私より大事な仕事なんてないでしょ!もっと早く気づきなさいよ!」
バイオレットは涙を流して、ラフマニノフに叫んだ。
「今からデートに行こう!仕事はキャンセルしたから!」
「本当に?ありがとう!ラフマニノフ様!!嬉しいわ!」
ラフマニノフはバイオレットを抱きしめると、お姫様抱っこして、船で夜の闇の中へと消えていった。
ショパンはシナメルドに礼を言った。
「シナメルド様。大事なことを相棒のラフマに教えてくれてありがとうございました!」
「ショパンはラフマニノフに誠実でいてほしいんだよな!その考えには共感するよ!」
「ギャラのほうは、私たちは辞退いたします。何もピアノ演奏すらしてないで、ギャラを受け取る
のは嫌なんです!」
「ラフマニノフには払うからと言ってしまったから、払わせてくれ!」
「いや、ラフマは仕事しないで報酬を受け取るような不義理は大嫌いです。私たちにとっては大損です
が、自分たちが一番大事にしたいことは、なにより、筋を通し、曲がったことはしないということ
なのです!ラフマも絶対にギャラは受け取らないと思います!」
「二人とも、かっこいいな!また、なにかあったら私に相談してくれ!」
「喜んで!シナメルド様!」