73「サムの悪あがき」
僕はある大きな崖へと来ていた。
記憶力が極端に低い僕は、ここでショパンのピアノ曲を記憶するしか方法がない。
「ああ、40分のピアノ協奏曲だから、かなり痛いだろう
な!でも、自力で覚えられないから仕方ない」
「記憶物登録」のところにショパンのピアノ協奏曲1番の
楽譜を置く。
すると、崖の底が深くなった気がした。
「痛覚記憶の崖」といわれる場所に来ている。
この場所は記憶力が低い人が、どうしても記憶できない
ものを記憶するときに、恐怖と痛みと引き換えに、強制的に
霊体に記憶したいものをインプットするという場所になっている。
記憶させたいものの量が多いほど、質が大きいほど、崖から
飛び降りたときに、地面に激突するときの痛みと恐怖が大きくなる。
それを感じて、やっと記憶させることができる。
一生懸命、記憶しようとして、どうしてもできなかった人が、最後に利用する「記憶の砦」だ。
しかし、「記憶力自体を向上させる方法」もある。
それは、「かゆみ部屋」にはいり、全身のかゆみを起こさせ、耐えること。
耐えた時間の長さに比例して記憶力が上がる。
最初から記憶力が強い人が羨ましい限りだが、それは、
その人の素質なので仕方ないのだ。
この世は不公平だ。
僕はショパンの40分のピアノ協奏曲を記憶したいからと、
崖から飛び降りた。
落下スピードはかなり速い。
普通の人なら何日で記憶暗譜できるのだろうか?
天才で5日くらい?凡人では1か月くらいはかかるか?
それを崖から飛び降りる恐怖と痛みと引き換えに、一瞬で記憶するのだ。
多少は痛いだろうなと思った。
記憶力が低いと言われて、調べまくった結果、ここにたどり
着いた。
でも、結局は、「記憶力自体を向上」させないとキリがな
い。
何かを記憶するたびに、ここに来なくちゃならないのは勘弁だ。
だから、今日は試しに、本当に記憶できるのか試してみて、
できたら、かゆみ部屋で記憶力自体を向上させて、僕はたくさんのピアノ曲を弾けるようになるのさ!!!
僕は落下していくーーー!!!
2分ほど落下しつづけて、地面に激突した。
「痛ったーーーー!」
その痛みは「爪切りしていて、少し深く切ってしまった瞬間の痛み」くらいのものだった。
予想したより大したことがない痛みだ。
でも、記憶させる回数と量が増えると、痛みも大きくなる
し、手間がかかるからな。
何回も味わうと、さすがにしんどいな。
僕はかゆみ部屋に入ることにした。
何時間、耐えられるかな。耐えた時間の分だけ、記憶力が徐々に、少しずつ向上する。
この世は等価交換。
何かを得るには、何かを犠牲にしなくてはならない。
きっと、この世の記憶力がいい人も、何かしら苦痛を味わったから、その能力が身に着いたのかもしれないな。
私はどうしても、ピアノ演奏をしたかった。
ピアニストになりたかった。
成功者は願望が強かっただけなのだ。
きっと、躊躇したり、戸惑うこともあったでしょう。
でも、願望が遥かにそれを上回っていたのだ。
原動力は
「ピアノを弾きたい!ショパンのピアノ曲を全曲弾きこなしたい!」という願望。
僕は「かゆみ部屋」に入り、記憶力を向上させる苦行を開
始した!!!