25「芳樹の別れの曲」
ショパンとラフマニノフは音楽学校「エキスパートピアノ」
で生徒たちの演奏を直に聞いてみることにした。
優秀な生徒は基本、学校の先生に推薦される形でショパンとラフマニノフに紹介されるが、先生の感性だけでなく、自分たちが実際に聞いて生徒たちの光るものを確かめるということも重視したい項目だった。
直径数キロの円形会場にグランドピアノが数百個置かれ、生
徒たちが全てのピアノで演奏している。こんな奇妙で壮大な
風景は霊界でしか見れないだろう。
この会場は特殊な作りになっていて、普通ならピアノとピアノを至近距離において、それぞれ違う演奏をさせたら、音が混ざって演奏の良し悪しの判断がしづらくなってしまう雑音だらけということが起きそうなものだが、、ここでは起きない。それぞれピアノに座った人に周りのピアノ音は聞こえないし、そこに近づいてきた人もそれぞれ隣のピアノの音が混ざり合うことなく、その近づいた一番近いピアノの音しか聞こえないようになっている「絶音壁」を使っている。なので、ショパンとラフマニノフはそれぞれ何度も演奏の仕方が違うその生徒独自の味のみを一気に短時間で確認できた。歩きながら、何度も演奏のハーモニーが動く列車の車窓の景色のように変わるのは、、乗り物酔いに似た音酔いしてしまう可能性があるが、ショパンとラフマニノフはあまりにピアノの音を今までたくさん聴いてきたから慣れてしまい、、音酔いは全くしないのだ。
ショパンはある生徒の前で足を止めた。
ショパン「君、独特な演奏の仕方するね。すごい激しい演奏
ばかりだ。ここまで嵐のような激しさを持つ演奏は今まで聞
いたことがないな。でも、その仮面は外したまえ。僕達に顔を覚えてもらえなければ、これからの音楽活動で不利になるだろう」
「あなたの忠告は全くアテになりません。私はラフマニノフのお気に召す演奏をしたかっただけです。ショパンには認められなくても結構です!!」
ラフマニノフ「ハハハハハ」
ショパン「君みたいな態度をしてきた輩は初めてだ。名前は??」
ラフマニノフ「芳樹だよ」
ショパン「えっ?? 芳樹って……僕が冷たくあしらったことがある、、あの……」
芳樹「ラフマニノフさん。ショパンを驚かせることができま
した。大成功です!!」
ラフマニノフ「今までにないタイプの演奏スタイルを確立さ
せている最中だからな。ショパンが足を止めて、芳樹にどう
いう反応を示すか興味あったが、やっぱり予想通りにの結末
になったな」
ショパン「お前の演奏スタイルは芸術にドロを塗る行為だ。気を付けたほうがいい!!」
芳樹「やっぱりショパンは意地が悪いな。さっきまで褒め
てくれたと思いきや、正体が知れた瞬間に意見を変えやがっ
た。それに別れの曲はショパンが作曲した当初は、ヴィヴァ
ーチェで明るく快速にってはずだった。最初の思惑どおりに
弾いてもらえただけありがたいと思えよ!! 別れの曲を速く激しく弾くのは俺だけだから価値の高い貴重な個性だろ??」
ショパンが足を止めたのはエチュード10-3「別れの曲」を芳樹があり得ないほど快速に激しく弾いていたからである。
ラフマニノフ「俺がたくさん指導した甲斐があって、ショパ
ンを少しでも驚かせることができてよかった。芳樹も内心、
嬉しいんじゃないの??」
芳樹「ショパンは心が狭いので、認められてもラフマ
ニノフ師匠に褒められることよりは嬉しくありません」
ショパン「ラフマは芳樹を一流のピアニストに育て上げるっ
て言っていたもんね。そうか。まあ、君の演奏は私の足を止
めさせるほどの個性を持っていたことは確かだった。斬新で
意外性の塊だ。それは認めるよ。せいぜい、頑張りたまえ
よ」
芳樹「彰一はすぐ隣にいたんですよ?? ラフマニノフさん、気づきました??」
ラフマニノフ「気づかなかったよ。あまり私が注目するような演奏はしてなかったからかな。俺が顔を見るのはピアノ演奏に光るものを持っている者だけだ!!」
ショパン「僕は彰一をレッスンしたんだけど、ラフマにその気にさせるピアノは弾けなかったみたいだね。実はラフマに彰一の演奏を興味持ってもらえるか内心ワクワクしていたんだけど、、ガッカリかな」
すると、、芳樹のすぐ隣にいた彰一が演奏を止め、近づいてきた。
彰一「こんにちは。ショパンさん。ラフマニノフさん。今日
はいつもの才能確認作業に来たのですね。僕はショパンさんの演奏の真似ばかりしてきました。でも、ショパンさんの演奏はあくまで参考にして、自分のオリジナリティをしっかり身につけないといけないと思いました。ラフマニノフさんに興味持ってもらえなかったのは、ショパンさんの演奏に似せて演奏していたからですよね。今度からは自分だけの演奏の武器を
作っていきたいと思います」
ショパン「いい子でしょ?? 芳樹と違って生意気じゃないからね」
芳樹「どっちが生意気なんだか」
周りの生徒たちはずっと同じ場所でなにやら話し込んでるシ
ョパンたちを見て、気になって集まってきた。
「こらー。しっかり席について演奏してなさい」
他の先生が周りに注意していた。
才能確認作業が終わり、、校長室にて……
ラフマニノフ「芳樹は生意気だが成長したろ??」
ショパン「実はますます芳樹が可愛く思えてきたよ。あのトゲがあって少し反抗してくる所に可能性を感じさせる。僕は入学式で言ったはず。僕たちを憧れと思わないこと。超えてやるくらいの反抗的な負けじ魂を持てと。芳樹は貴重な人材だ。天下の音楽家の僕にあそこまでの態度を出せるのは度胸があるし面白いよ。初めて僕に本音でぶつかってきてくれたんだからね。ただ、謙遜して、謙虚で、自分の腹を出さないで、無難な態度しか出さない本音を隠す生徒よりは何億倍もマシだよ」
ラフマニノフ「彰一にも頑張ってもらわないとな」
ショパン「彰一は型にはめられてしまうからな。優等生真面目タイプすぎてね。芳樹のが面白いな。反抗してくるだけ」
ラフマニノフ「面白いというか熱いよな。やっぱり人間には熱さがないと駄目だな!!」
ショパン「ラフマがかなり熱いから芳樹も熱くなった。ま
さに類友の法則と環境順応だね」