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とある昼下がりのカフェ。カフェの中には幾つかの木製のテーブルや椅子が並べられており、数人の客がまばらに座っていた。窓の外は大通りに面しており、多くの人がせわしなく行きかっている。
カフェの中にあるひっそりと窓際に面したテーブルで、一人の女性が新聞を前に満足気な笑みを浮かべていた。スラリと伸びた白い手足を品の良い薄黄色のドレスに身を包み、白い帽子からのぞく金色に輝く髪は腰まで緩やかに波打っている。そして湖面ように透き通った蒼い瞳は、とある新聞記事を熱心に読んでいた。
「ローウェン地方の領主の横領が発覚。人身売買の疑いもかけられており、今後警察は本格的な調査を予定……。ふふっ、いい気味ね。」
そう言って彼女は新聞をテーブルに置くと、白い陶器のカップを取って紅茶を一口飲んだ。
すると侍女服を着た一人の女性が、彼女の前に音もなく現れた。
「アリスお嬢様。只今戻りました。」
「あら、アンナ。お帰りなさい。頼んでいた仕事の首尾はどうかしら?」
「お嬢様のご指示通り、恙なく終わっております。」
「そう、なら良かったわ。」
アリスと呼ばれた女性は、静かにテーブルにカップを置くと、アンナに対して座るように指示を出した。アンナは彼女の指示に従い、向かいの席に腰を下ろした。
「子供たちの様子は?」
「一部怪我を負っている者もおりましたが、命に別条はございませんでした。手当をしたうえで、警察で保護するよう取り計らっております。」
「それでいいわ。ちゃんと足跡は消した?」
「もちろんでございます。我々に関連する証拠類はすべて、警察が来る前に綺麗に消しておきました。」
「仕事が早くて助かるわ。これで暫くは仕事をしなくても遊んで暮らせそうね。」
そう言ってアリスは晴れやかな顔をすると、テーブルに置いていた新聞に目を戻した。しかし新聞の一面に載っている大きな記事を目にすると、途端にアリスは綺麗な顔を歪めた。
「くッ…。またコイツね。」
そこに載っていたのは、最近ブリタニア帝国を騒がせている、とある怪盗の記事だった。
『怪盗クラウン』。彼について知られているのは名前のみで、彼の素性や顔を知る者は誰もおらず、その正体は未だに謎に包まれている。この怪盗が活動を開始したのは、数年前に起きたとある宝石を盗んだ事件からだった。彼が立ち去った後の犯行現場には、彼の名前が記されたカードと道化師が描かれた1枚の金の硬貨だけが残されていた。警察が調べたところ、怪盗クラウンが残した硬貨はブリタニア帝国のほか、どの国でも流通していなかったが、その硬貨が純金で出来ていることが判明すると、怪盗に関する謎とともにその硬貨の市場価値は高まった。
それから『怪盗クラウン』は数々の事件を起こし、その度に名前が記されたカードと金の硬貨を残していった。警察は何度も彼の足取りを探ろうと試みたが、全て未解決事件のままだった。
『怪盗クラウン』を目撃したという人々の証言によると、その正体は狡猾な老人、気取った紳士、プライドの高い貴婦人、元気な青年、うら若い少女、果ては幽霊などと口にする者もおり、それが警察の捜査をさらに難しいものにしていた。だが警察の動きを嘲笑うかのように、『怪盗クラウン』は狙ったものを華麗に次々と盗みだしていった。その鮮やかな手口はまるで魔法のようだと言われ、人々の話題に上らない日はなかった。
『怪盗クラウン』の正体は誰なのか? 次に盗み出す物は一体何なのか?
新聞には毎日のように『怪盗クラウン』に関する記事を出した。それがアリスにとって非常に癪に障ることだった。
「ん? これは…。」
ふとアリスは『怪盗クラウン』の記事の隣にあった見出しを見つけた。そこにはアンブローズ公爵の結婚相手を探すパーティーに関する記事が載っていた。
アンブローズ公爵といえば、王室を除いてブリタニア帝国で随一の資産家である反面、風変わりな人物であるとの噂が絶えない。彼の変わったエピソードは数知れないが、その中でも特徴的なのは無類の骨董好きという点だ。彼は自身が持つ多額の資産を湯水のように使い、様々な骨董品を集めてまわっているそうだ。そのため彼の屋敷にはこれまで買い集めた骨董品が数多く眠っているという。
そんなアンブローズ公爵は結婚適齢期を迎えているにも関わらず、他の貴族子息とは異なり、これまで女性には見向きもしなかった。王室からの再三にわたる婚約も全て断ってきたという逸話もある。貴族たちの間ではアンブローズ公爵が女嫌いなのではないかという噂も流れており、『変人公爵』と揶揄する者もいた。
その噂の彼が、なんと結婚相手を探すパーティーを開くという。参加資格は貴族の子女であること。そして結婚条件は、パーティーにいるアンブローズ公爵を探し出すこと。
あまりにも突飛な内容の記事をじっくりと読んだアリスは、コツコツとテーブルを指で叩き、じっくりと思案する表情を浮かべた。悪徳領主からむしり取ったお金で、暫くお金に困ることはない。だがブリタニア帝国でも指折りの資産家である公爵の結婚話ほど、心惹かれる仕事はない。
「また仕事ですか? お嬢様。」
アンナの問いかけに、アリスは美しい顔に不敵な笑みを浮かべて答えた。
「そうね、次は結婚詐欺といきましょうか。」