第六話 同居①
「は?」
「は? も何も、見えないけど」
「嘘でしょ。冗談だよね?」
「冗談じゃないよ。疑うなんて酷いよ!」
「......マジか」
10年前、結局成仏出来なかったあの女性同様、
彼女もまた同じ事を言うから驚いたものだ。
裏鬼門に至る光の道筋が見えないとーー
「困ったな。成仏させようがない..」
そう一人嘆くと、
切羽詰まっていた彼女の表情が更に険しくなった。
「そんな..」
今にも泣き出しそうな雰囲気である。
既に肩がプルプル震え嗚咽を漏らしているものの、
とち狂った彼女に何をされるか分からないという恐怖もあった。
「うん..。仕方ないや」
しかし、取り乱すと踏んでいた彼女は案外冷静であった。
「出来ないものは出来ない。
康太くん..。今日は私に付き合ってくれてありがとう」
「いや。お礼なんて言われる筋合いはないよ。
なすべき事を、為せなかったんだから....」
「ううん。そんな事ないよ。私ね、どうやって死んだか
分かんなくって、5年前くらいに訪れたこの街をずっとぶらぶらしてたの。
でも、自分幽霊だから、人は沢山いるのに話しかけても気付かれないし、
他の幽霊の中でも生前の記憶がないのは私だけ。そんな、疎外感がね。
胸の中に積もっていく感じ..。ずっと、ずっと溜まってくの..」
「分かるよ。一人は辛い」
「....。だから、今日、君に話しかけられて貰えて凄く嬉しかった」
「どういたしまして」
照れ臭くなり、無愛想な感じの返事になってしまった。
「それで提案なんだけどさ」
「どうしたの?」
「私って人に見られる実体を帯びてるし、物だって触れるようになった。
それに今、凄くお腹が空いてるの!!」
そう言って、彼女は意図的に腹からグゥと音を出した。
「じゃあ何か食べてく? 下にクレープ屋さんあるけど..」
「えぇ! クレープ! 食べたい食べたい!!」
「うん。じゃあそこには行くとして、結局提案って何なのさ?」
と聞くと、彼女は一呼吸おき高らかに叫んだ。
「それはねぇ。同居するの!」
「ドウキョ..?」
「そう! 同居、同棲? まぁ、どっちでも良いか。
とにかく私を君の家に、住まわせてくれない?
その代わりに家事、料理は私がするから!」
パッと聞く感じ、そこまで悪くない提案に思えた。
要するに、
実質お給料0円でメイドさんを雇えるようなものだ。
「良いよ。矢場家へようこそ! なんてね..」
♢
幽霊との同居が始まった。
彼女の名前はーー
「私、自分の名前も思い出せないのよ」
「名無しって事かな?」
「そう。名無し、名無し..」
「名無し..。あ、七瀬志穂(”なな”せ”し”ほ)って名前はどうかな?」
命名、七瀬志穂
「えっへへ。良い名前貰っちゃった!」
彼女は自分に付けられた新たな名前を気に入っていた。
これで呼ぶ時にも不便はなくなった事だし、後はーー
「七瀬の部屋をどうするかだね。
今の所、空室は二部屋あるから好きな方を選んで良いよ」
「分かった! キッチンに近い方にする」
部屋、決定
「滞在期間がどのくらいになるか分からないけど、
ここで暮らす以上、守って欲しいルールがいくつかあります」
「何でしょうか?」
「一つ目は、毎日神社へ赴き、お祓いを受けてきてもらうこと」
「はい!」
「二つ目は、我が家の財産を、無断で使用しないこと」
「使いません!」
「三つ目は、なんだろ..。家を、燃やさない事とか?」
「燃やしません!」
高らかな返事と共に彼女は大袈裟に首を振り、
細かな指示にも快い反応を示した。
「ところで、部屋に何かあって欲しいものとかはある?」
「うーん」
と、しばらく悩み抜いた末に彼女が所望したものは、
本棚に無造作にぶち込まれている小説であった。
「私、読書は好きなんだよね。
良く図書室に行って、人の読んでるの覗いたりして時間を潰してた」
「へぇ、幽霊にはそんな時間の使い方があるんだね。
普段娯楽とかどうしているのか、もっと教えてよ!」
「娯楽ぅ..? まぁ、私みたいに本読んでる幽霊もいれば、
通行人を観察したり、旅して遠くに出かける子もいたなぁ」
彼女曰く、幽霊は人に見られないという利点を活かし、
そこそこ有意義な時間を送っているそうだ。
「だから数冊の本が欲しいのと、
後は、時々私の話し相手になってくれない?
私、誰かとお喋りするのが好きなんだ..。あ、嫌だったら全然良いけど」
「ううん。嫌じゃないよ、人と話すのは」
「本当? なら良かったわ。これからよろしく、康太!」
「うん。こちらこそよろしく、七瀬」
こうして、二人の同居生活が始まったもののーー
まさか数日後に俺の家が無くなるなんて、この時は思いもしなかった。