第八話
人類がほかの星にも住めるようになり、地球を巣立ってから長い年月がたった。
人間は銀河中に散らばっていた。
惑星上に人がいっぱいになったら別の星に住めばいい。
最初の頃こそ地球と同じ環境の星にしか住めなかった人類も、不毛の惑星を人間が住めるように改造できる技術力を持った。
食物はスペースコロニーでいくらでも作れる。
人間が銀河中に散らばっていると言っても、それ以上に沢山の無人の星があり資源の枯渇を心配する必要もない。
必要な資源は宇宙にある天体からいくらでも採れる。もちろん作り出すことも。
もはや人口問題は存在しなくなった。
しかし、いつからだったろう。
他の星からの船が来なくなったのは。
ニュースに他の星の話題はのぼらなくなった。
そして、なんの問題もないはずの惑星アウラで戦争が始まった
* *
三人が北を目指しはじめてから数日たった頃、ウィリディスに襲われた。
ウィリディスは車を持っていた。
車を動かせる燃料をミール以外の連中が持っているとは驚きだった。
車は武器や兵器の類ではないからミールも何もしないのだろう。
車三台がケイ達を取り囲むと男達が十人ほど降りてきた。
全員手にナイフや鎌などを持っている。
火器を持っていないのは有難い。――ミールのおかげだと思うと複雑な気分だったが。
男達が一斉に躍りかかってくる。
しかし厳しい戦闘訓練を受けてきたケイの敵ではなかった。
男の一人が刀を振り下ろした。ケイの腕をかすめる。
なんとかよけると男の喉元に手刀を叩きつけた。喉を潰された男が倒れる。
その間に別の男が突っ込んできた。すれ違いざま鳩尾に拳を叩き込む。
腹を抱えてかがみ込んだ男の首の後ろに手刀を打つ。
ラウルも男の一人を倒していた。
「……!」
ティアの悲鳴に振り返ると男に羽交い締めにされていた。喉元にナイフを突きつけられている。
「大人しくしないと……」
男が最後まで言う前に、ケイは腰の後ろに指していた拳銃を抜くと男の眉間を撃った。
男が倒れる。
羽交い締めにされていたティアも巻き添えで一緒に倒れる。
それで空気が変わった。
どうやら拳銃のことは聞かされていなかったらしい。
相手が素手の少年二人なら大勢でかかればなんとかなると思っていたのだろう。
ところが、その一人が拳銃を持っていたのだ。
しかも狙ったところに当てることが出来、人を撃つのをためらったりしない相手だった。
男達がじりじりと後ずさる。
ケイが別の男に拳銃を向けるとその男はきびすを返して逃げ出した。
それが引き金になって残った男達は我先にと車に飛び乗ると帰っていった。
「有難う。助かったわ」
ティアはそう言うとケイの右手首に目を留めた。
「ケガしてる。手当てしなきゃ」
ティアがケイの右腕をとった。
「こんなの放っておけば治る」
「なんのために傷薬持ち歩いてるのよ。座って」
「いい」
ケイはティアの手を振り払おうとした。
「何言ってんの。やせ我慢しないの」
ティアは、有無を言わさずにケイを地面に座らせると、強引に手当を始めた。
袖を上げ、傷口を水を含ませた布で丁寧に拭ってから、薬をかけた。それから傷口にガーゼを載せると包帯を巻こうとした。
「大げさだ」
ケイは腕を引こうとしたがティアは離さなかった。
「化膿したら大変でしょ! ラウル、腕押さえて」
ラウルは言われたとおりにケイの腕を押さえる。
ケイはラウルを睨んだが、ラウルは素知らぬ顔していた。
ケイは憮然として包帯を巻かれるのを見ていた。
「一応礼はいっとく」
ケイは立ち上がると、包帯を見ながら言った。
ティアは傷薬や包帯の残りなどを片づけていた。
「助けてもらったのはこっちだから」
ティアは、ケイがウィリディスの一人を殺したことに関しては何も言わなかった。
殺さなければ、こっちが殺されていたのは確実だから当然と言えば当然だろう。
「こういうことよくあるの?」
ラウルが訊ねた。
「そんなには」
ティアが答える。
「別に、よくあるからってボディガードを降りたりはしない」
ケイが言った。
あの程度の連中なら何人来ても同じだ。
「そうだよ」
ラウルも同意する。
「今みたいに襲われて私が逃げ切れると思う?」
ティアはそう言って肩をすくめた。
「私が無事なのが滅多にない証よ」
それから、
「全くなかったわけじゃないけど」
と付け加えた。
「大抵は奴らが来る前に、誰かが逃がしてくれてたの。一度捕まったときも、なんとか逃げ出して樹に登って三日間飲まず食わずでやり過ごしたことがあるわ」
ティアが言った。
ケイほどではないにしても、ティアも追っ手には大分苦労させられているらしい。
追っ手自体が滅多に来なくても、いつ来るかと常に心配していれば神経もすり減る。
それでもやめないのだから大したものだ。
ケイはティアを見直した。
この一件でティアはケイ達を完全に信用したらしい。
少しずつ自分のことを話すようになった。
ティアの親も農業のアドバイザーをしていてウィリディスに殺された。
「怖くないの?」
ラウルの問いに、
「怖いわよ。ずっと怖かった」
ティアが真剣な表情で答えた。
親の代からなのだから産まれてこの方、気が休まるときはなかっただろう。
ケイ達が護衛についたおかげで、ようやく少し安心できるようになったのかもしれない。
三人は少し休むと歩き出した。