第三十四話
翌朝、容赦のない太陽の光で叩き起こされた。
荒野で遮るものがない上に、荒れて白っぽくなった大地が日の光を反射して眩しかった。
三人は光から逃げるように地下に戻った。
地下鉄に入って五日後、クィエス研究所に辿り着いた。
地上に出てみると研究所の敷地は意外ときれいだった。
和実の記憶よりは荒れているが、それでもシーサイドベルトで見る瓦礫の山の街よりずっときれいだった。
目の前を清掃ロボットが走っていく。
無人になってもメンテナンスロボット達がずっと仕事を続けていたから、こんなにきれいな状態が保たれていたのだろう。
クィエス研究所は惑星改造のために最初に造られた建物だから地殻変動が起きても壊れないように出来ている。
地殻変動を起こすたびに壊れていては仕事にならないからだ。
そのため倒れてる建物もほとんどなかった。
しかし審判の時、シャトルの発着場が壊れて宇宙からの食料が届かなくなったために無人になった。
今は直ってはいるがシャトルを誘導するものがいないため宇宙からは降りてきていない。
何万人もいた研究所の職員は大陸の各地へと散ってしまった。
ケイはメインコンピュータのある建物に向かった。
和実の記憶を頼りにコントロールルームへ入り、コントロールパネルを操作した。
* *
ゼピュイルがノトス陣営に降伏した。
戦争自体は終わってないが、これで家族の安否が分かるかもしれない。
ゼピュイル出身者はにわかに元気を取り戻した。
ジムも研究そっちのけで毎日ネット上に流れる生き残った人たちのリストを見ていた。
家族が無事だった者と亡くなっていた者。明暗が分かれた。
安否が分からないものも多数いた。ジムの家族も。
ジムは一時期明るさを取り戻していたが日増しに表情は暗くなっていた。
行方不明とはほとんどの場合、死亡と同義だ。
特にゼピュイルには新型爆弾が落ちている。
死亡と発表されたものより行方不明者の方が多いくらいだ。
生存者リストに名前が載っていないのでは死亡は確実だった。
「和実、この戦争、終わると思う?」
一花の問いに和実は即答できなかった。
彼女の言いたいことは分かる。
このまま何十年も戦争が続いたら?
和実達が生きてる間に終わらなかったら?
幸か不幸かスペースコロニーや衛星軌道上を回る沢山の資源衛星のおかげで食糧不足や資源の枯渇は起こり得ない。
だからこそ、いくらでも戦争が続けられてしまう。
このまま戦争が続くようではいつまでたっても子供は作れない。
「五年待ってくれ」
和実は今、あるプロジェクトに携わっていた。
「戦争が終わらなくても五年たったら子供を作れるようになる」
「五年で終わるの?」
一花もプロジェクトには参加しているから和実の言った五年の意味はすぐに分かってくれた。
一応三年で終わることになっているが進行が遅れる可能性もある。それを見込んで五年とした。
五年以上遅れたとしても和実と一花は真っ先に派遣されることになっているから問題ないはずだ。
家族や同僚達を残して自分達だけ安全な場所へ行くのは後ろめたい。
だが、この計画がうまくいけば戦争は終わるはずだ。
ジムは再び以前のように暗くなっていった。
無精ひげは伸び放題、服も薄汚れてしわだらけでズボンからはみ出している。
毎日、ただ研究所に出てきて研究に没頭していた。
* *
スクリーンが明るくなって一花の姿が映し出された。
「こんにちは。和実の記憶を持つ人」
一花が言った。
和実の記憶が一花を思い出していた。
「あなたがこれを聞いてると言うことは、『最後の審判』から三十年以上たっているという事ね」
一花……。
かつて和実が心の底から大切に思っていた女性。魂を共有した相手。
その記憶がありながらスクリーンの彼女を見ても何の感情も湧いてこない。
和実の記憶は知識でしかなかった。
一花との想い出の全てが、ただの知識としてしか認識できなかった。
和実の記憶がそれを悲しんでいた。
いつの間にか涙がこぼれていた。
同時にケイとしての人格はそれを冷静に受け止めていた。
ケイと和実は別の人間だ。
ケイにはもう大事な人がいる。
かつての和実に一花がいたように。
「これはスパイドという博士が引き起こした災害です。彼が何を企んでいたのか正確なことは分からない。分かっているのはパンドラの箱が……」
そのとき、いきなり暗闇になった。照明もスクリーンも消えた。
「なに? どうしたの?」
「分からない」
ケイがそう答えたとき、薄暗い照明とスクリーンが点滅しながらついた。
「……箱の中から出てきた悪魔達は今もこの世界を狙っています。あなただけが頼りです」
一花はどこかよそを見ると、
「もう時間切れです。さようなら、和実の記憶を持つ人。あなたに幸せが訪れますように」
そう言って映像は消えた。
さようなら、愛した記憶のある人……。
ケイは涙を拭った。
それから我に返ると慌ててコントロールパネルを操作した。
「どうしたの?」
ラウルが不思議そうに訊ねてきた。
「どうしたって、お前も聞いてただろうが」
ケイが答える。
「うん」
ラウルが頷いた。
「彼女は何も具体的なことを言わなかった。これじゃあ、なんのためにここへ来たんだか分からないだろうが」
「悪魔がどうとかって言ってなかった?」
ティアが言った。
「その悪魔をどうすればいいのか分かるか?」
ケイが訊ねるとティアとラウルが首を振る。
祖父のデータディスク同様、一度観たら消去されるようになっていたのか二度と再生させることは出来なかった。
「どうするの?」
「どうしようもないな。ここにいてもしょうがない。戻ろう」
ケイはそう言うと部屋を出た。
三人はまたかつて地下鉄だったトンネルに入った。




