第三話
「ちょっと、訳ありで……」
言い掛けたラウルを、
「追われてるんでね」
ケイは遮って答えた。
ラウルが非難がましい視線を向けてくる。
大抵の人間は追われていると言うと関わり合いになるのを恐れて離れていってしまうからだろう。
だがケイとしてはティアというお荷物を抱え込む前にどこかへ行ってほしかった。
しかしティアは動じずに、
「じゃあ、お互い様ね」
とだけ言ってから、もう一度西の空を見上げた。
ケイとラウルは顔を見合わせた。
ティアはミールのことを知らなかった。
と言うことは、追っ手は他にいると言うことだ。
こんなに可愛い顔をして、一体何をしでかしたんだろうか……。
ラウルも同じことを考えたようだが、口に出して言ったのは、
「あのさ、荷物とか、無いと困るよね?」
だった。
「まあね」
ティアは曖昧に答えた。
「お金とかも無いよね?」
ラウルが更に訊ねる。
「そうだけど……どうせ、そろそろ働き始めなきゃなんなかったし……」
「……君の仕事って?」
ラウルが少し躊躇ってから訊ねた。
どこにも所属してない少女が出来る仕事は限られている。
しかし彼女はそう言う仕事をしているようには見えない。
薄紅色のシャツのボタンは、第一ボタンまでしっかり閉めているし、下はスカートではなく作業用のズボンだ。
服は労働していたことを示すように所々に泥が付いている。露出している部分と言えば顔と手くらいだ。
それに客が来るような町中ではなく人気のない森の中にいた。
殺された家族には、ちゃんと母親らしい人物がいたから専属の娼婦だったわけでもなさそうだ。
あんな森の中では召使いも必要ないだろう。ベビーシッターも。
そもそも森の中にいたら報酬は払えないわけだし。
「農業アドバイザーよ」
予想外の答えにケイとラウルは再び顔を見合わせた。
こんな若い女の子が、と言う思いと、なぜ農業のアドバイザーが追わるのかが理解できないという思いがあった。
「それって誰かに追われるような仕事?」
ラウルが二人の疑問を代表して聞いた。
「ウィリディスって知ってる?」
ティアの問いに、
「農家に種や苗を提供している団体でしょ」
ラウルが答えた。
農家はどこもウィリディスから種や苗を買っている。
他に販売している組織はなかったはずだ。
「シンジケートよ」
ティアが軽蔑したように言った。
「農家は毎年種をウィリディスから買わなきゃならないのよ。ウィリディスは種の出来ない種を売りつけて、種の作り方を秘密にしてるから」
「君は種の作り方を知ってるの?」
ラウルが訊ねる。
「ええ。ウィリディスは農家が他から種を買うのを許さない。刃向かえば殺される。だから商売の邪魔をしてる私も殺したいの」
ティアが言うと、
「命を狙われてるのに、それでもやめないの?」
ラウルが信じられないと言う表情で訊ねた。
ティアが肩をすくめる。
「それが私の仕事だもの」
ティアはそう答えた。
ラウルとティアが話し込んでいる間に、ケイは膝丈まで伸びている草むらの中に、幅五センチ四方高さ五十センチほどの標識を見つけた。
細くて低いから知らないとなかなか気付かない。
よく見ると、標識の後ろ七十センチ四方は鉄板に覆われていて雑草が生えていない。
「ラウル、今夜はここで寝よう。うまくすれば奴らをやり過ごせる」
「分かった」
ラウルはケイに返事をするとティアに向き直った。
「君も一緒にどう? 一人で荷物もないんじゃ何かと不便でしょ」
「有難う。でもいいの?」
ティアはケイを見ながら言った。
ケイがティアを歓迎してないのを分かっているらしい。
「かまわないよ。ね、ケイ」
ラウルが答える。
かまわなくはないのだが早くしないとミールに追いつかれる。
ケイは素早く標識についているパネルを押した。
地中に埋まっていた鉄板が十センチほど盛り上がったかと思うと表面がスライドして開く。
中にあったのは地下へ続く階段だった。
「これって……」
ティアが驚いたように目を丸くした。
「話はあとだ」
ケイはそう言うと中へ入っていった。
ティアは躊躇しているようだ。
女の子が見知らぬ男二人と室内に入るのを躊躇うのは当然だろう。
しかしラウルはティアの手を取ると後に続いた。
三人が階段を下りたところで地上の入り口が閉じる。
同時に中の明かりが付いた。
そこはいつも利用している他の備蓄庫と同じ作りだった。
階段を下りて扉を入ったところにある壁には何もないが、よく見れば左隅の方にデータディスクを入れるスロットがある。他の壁は棚が並んでいた。
部屋のほとんどの部分が棚で占められている。
棚を置いてない壁の前に少し空間があいているだけで後は棚と棚の間の通路だけだ。
室温は常温に保たれているから夏は涼しくて冬は暖かい。
ケイはここの備蓄庫へ来たのは初めてだったので何が置いてあるのかざっと見て回った。
広さは二十メートル四方くらい。棚には非常食や水、毛布、着替えなどが整然とおかれている。
他の備蓄庫と同じだ。
存在を知っていて、なおかつ中に入れるのは今ではケイぐらいだから置かれているものはどれも手つかずだった。
「なに? ここ……」
ティアが不思議そうな声で言った。
「備蓄庫だよ。『最後の審判』の前の」
ラウルが答えると、
「そんな大昔のものが残ってるの?」
ティアが驚いたように言った。
大昔と言っても三十年ほどなのだが。
「そうだよ」
ラウルが頷く。
「こんなところがあるなんて知らなかった」
ティアが物珍しそうに辺りを見回している。
「入れるのはケイだけだからね。知らなくて当然だよ」
ラウルが答える。
「あの人しか入れないってどういうこと?」