第二十九話
「その地形が変わるって言うの、どうもよく分からないのよね」
ティアは不思議そうな表情で言った。
年齢から言ってティアの両親は審判前に産まれていたはずだ。
大半の人は審判で何が起きたか正確には知らないはずだが何となくどういう事が起きたのか察している者は多かったのだろう。
ケイは簡単に説明したがティアはやはり良く飲み込めないらしかった。
「今夜はここで休んで、明日出発しよう」
ケイはとりあえず備蓄庫のパスワードを二人に教え込むと、ティアが作ったサラダで夕食を取って眠りについた。
翌日、ケイはティアとラウルを備蓄庫に残して偵察に出た。
ミールがいる気配はないな。
そう思って引き返そうとしたとき、突然左手に痛みを覚えた。見るとただれていた。
辺りを見てみると草の中に毛色の違う植物が生えている。
エビルプラント!?
普通の植物の中に生えている。
フィトンチッドに耐性を持つものが現れたのだ。
祖父が昨日言った言葉を思い出した。
〝時間がない〟
和実の記憶も同じ事を言っている。
フィトンチッドに耐性を持つ株が増える前になんとかしなくては。
具体的にどうすればいいか分からないが、それは研究所へ行けば分かるはずだ。
今はこれをどうするか、だ。
放っておくわけにはいかない。
しかし、どうすればいい?
燃やすわけにはいかない。有毒ガスが出る。
なら埋める?
根っこを埋めても意味がない。そこからまた生えてきてしまう。
それでは放っておくのと同じだ。
ケイは両手に布をまくとエビルプラントを掴んで引っこ抜いた。
バックパックの中から予備の銃や弾薬など必要なものを出してポケットに入れられるだけ入れる。
ティアの作ってくれたベストが役に立った。
ケイは引っこ抜いたエビルプラントをバックパックの中に入れた。
それからエビルプラントの生えていたところを掘って出来るだけ根を掘り起こすと、それもバックパックに入れる。
掘れるだけ掘ったところでバックパックを持つと緑地帯の端まで行きエビルプラント帯の向こうの荒野にバックパックを放り投げた。
ケイは偵察を切り上げるとティアとラウルの待つ備蓄庫へ向かった。
一足ごとに気分が悪くなっていく。
エビルプラントの毒にやられたのだ。
ケイは備蓄庫の中に入ったところで倒れた。
「ケイ! どうしたの! ケイ!」
ティアが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ケイ!」
ティアとラウルの声がだんだん遠のいていった。
高熱が出ているのだろう。体中が熱かった。
熱に浮かされる中、誰かが、
「急がなければ……」
と言っていた。
男の声だ。
祖父だろうか?
だが声は若い。
「時間がない」
別の男が言っている。
「急いで」
更に別の女性の声が言った。
複数の声が聞こえる。
「もう時間がない」
なら、どうすればいいんだ。
俺は何をすればいい?
「時間がない」
「急いで」
「破滅の時が迫っている」
夢うつつの中、複数の声はそのことだけを繰り返し、頭の中に浮かんでは消えていった。
冷たい手が火照った頬に触れた。
「ケイ」
誰かが遠くから呼んでいた。
祖父だろうか?
と言っても今ではホントの祖父ではない事は分かっていた。
審判の時、祖父――カイト・ダグラス――に子供はいなかった。
審判後に子供を作ったのならケイの年はもっと若いし、孫ではなく息子のはずだ。
それでもケイにとってはただ一人の身内だった。
「お願い。目を覚まして。ケイ」
その声に引き寄せられるように目を開けようとしたが開かなかった。
「ケイ!」
「ティア、まだ無理だよ」
ティアとラウルだ。
ケイは、二人がケイのことを話しているのを、どこか遠くの出来事のように聞いていた。
* *
気がつくとクィエス研究所内にある和実のアパートで寝ていた。
一花が自分の顔をのぞき込んでいる。
「一花、君にうつるといけないから帰った方がいい」
「私なら平気よ。健康には自信があるの」
一花が微笑む。
確かにフィールドワークをするには相当体力がないとつとまらないだろう。
「そんなことより、早く治して。風邪なんかで寝込むなんて」
風邪?
風邪だったのか?
「約束でしょ。水族館に連れて行ってくれるって」
そうだ、この星で一番大きいという水族館に行く約束をしていたんだった。
「大丈夫。忘れてないよ」
和実はかすれた声で答えた。
「早く良くなってね」
一花は微笑んで優しく和実の瞼を閉じた。
それとともに深い眠りが訪れた。
* *
瞼に光を感じて意識が覚醒した。
ケイが目を覚ますと、ティアとラウルがのぞき込んでいた。
ティアの目に涙が浮かんだ。こぼれた涙がケイの頬に落ちる。
「良かった……」
ティアが涙を拭いながら言った。
「私、いくら植物に詳しくても、こんな時は何も出来ないから……こういうときは、いつもお医者さんだったら良かったのにって……」
「何言ってんの。ティアが採ってきた薬草が効いたから治ったんじゃないか。医者だって同じ事しかできなかったよ」
ラウルが慰めるようにティアの肩に手を置いた。
「それに僕一人だったらケイは助からなかったよ」
ラウルがそう言うと、
「でも、ここには薬があるじゃない。お医者さんなら何を使ったらいいか分かったはずよ」
ティアが答えた。
「薬なんてここにしかないんだから、医者だって使い方なんか分からないよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
ケイは自分が意識を失ってる間にあった、二人きりの時間を思うと不愉快な思いに包まれた。
そして看病してくれていた二人に嫉妬する自分に自己嫌悪に陥った。
ケイはそんな思いを振り払うように再び目をつぶった。




