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第一話

「昔、生き物は空から降ってきたんだよ」


 月明かりの中、おじいちゃんは空中からコインを取り出してみせた。


「星のかけらが生き物になるんだ」

 おじいちゃんの手の中で、コインが消えたり増えたりする。


「人間は宇宙に住んでいたこともあったんだ」

 何も持ってなかったはずの手のひらの中からスカーフが出てきた。

 スカーフの色が変わり、花やネズミのぬいぐるみが出てくる。

「あったってどういうこと?」


「わしが生まれた頃にはもう住んでなかったのさ。宇宙に住むような物好きは一部の科学者と技術者くらいだったからな」

 ネズミはぬいぐるみなのに、祖父の手の中にいるときだけは生きて動きまわっていた。

「どうして?」


「生物のいない惑星だって人が住めるように改造出来る技術があったんだ」


 祖父の視線の先には、一際明るく輝く星があった。

 隣の惑星だ。人は住んでいない。


「人が多くなって惑星上に住む場所がなくなったら他の惑星に住めばいい。地上に住めるのに、好き好んで宇宙に住みたがるヤツがいるかね」


 月の出から遅れること数時間、空が澄んでいるときに視力のいい人間が見て、ようやく分かる程度の微かな瞬き。

 ラグランジュポイントに浮かぶスペースコロニーの群れである。


「じゃあ、あれは? ただの廃虚?」

 スペースコロニーを指して聞いてみた。

 コロニーや人工衛星を廃虚と言うのが正しいのかどうかは分からなかったが。


「工場だよ。無人には変わりないがな。野菜や果物、それに食用の家畜を育てる牧場や魚の養殖場なんかだ。後は無重力空間でしか合成できない物質の生産工場とかな」

「宇宙で作ってどうするの?」


「昔は地上に運ばれてきていたんだ」

「今は?」

「さぁ、どうなっているんだろうな……」


 毎夜、おじいちゃんが見せてくれる手品が楽しみだった。

 ホントのことを言えば話の方には興味なかった。ただ、手品見たさに聞いていただけだ。


「おじいちゃんって魔法使いだよね」

 そう訊ねると祖父は嬉しそうな顔をしながらも、

「わしはホントの魔法使いじゃないよ」

 と答えていた。


「じゃあ、ホントの魔法使いっているの? 僕もなれる?」

 祖父は優しく頭を撫でてくれた。

 そして――


〝緑の魔法使いを捜すんだ〟


 と言った。


「緑の魔法使い? その人に会えば魔法使いになれるの?」

「……緑の魔法使いがお前のするべきことを教えてくれる」

 祖父はそう言って夜空を見上げた。


 肉眼では見えない、名前も役目も忘れ去られた人工の星々を見ようとするように。

 一番近くにある、人類自らが作り出した星どころか、隣の大陸にすら行く手段がなくなって二十年以上が経っていた。

                                                         

『最後の審判』


 そう呼ばれるものが起きた日、文明と名の付くものは地上から消えた。


   * * *


 森の樹々が風にざわめいていた。

 それは自分達の前で起きていることに対する抗議のようにも聞こえた。

 鳥達も加わっている。


 ケイは気配を殺して樹陰に身をひそめていた。

 目の前に樹々が途切れた狭い空き地がある。


 そこで少女が数人の男達に銃を突きつけられていた。


 男達は揃って迷彩色の上下にポケットの沢山ついた黒いベスト。ポケットには弾薬や小型爆弾などが入っているはずだ。


 少女の年の頃は十七歳くらいか。自分と大して違わないだろう。

 男達を昂然(こうぜん)と睨み付けている。気の強い子らしい。

 整った顔立ちに大きな緑色の瞳、淡い茶色のウェーブした髪、白い肌。これだけの美少女は滅多にいない。


 しかし、男達の目的は少女の身体ではない。


 少女の向こうには老齢の人間――ここからでは男か女かは判別できない――と夫婦らしい三十代くらいの男女、それに子供二人――多分夫婦の子供――の遺体が折り重なるようにして倒れている。五人共血まみれだ。

 硝煙と血の臭いがここまで漂ってくる。


 数秒後には少女も仲間入りするはずだ。


 男の数は全部で十人。


 たった六人の非戦闘員――しかもその内の三人は子供――を殺しに来るのにプロが十人も出向いてくるとはね……。

 ミールも大分暇になったらしい……。


 ケイは一瞬、天を仰いだ。

 助けてやらなければならない義理はない。見ず知らずの人間だ。


 だいたい、銃声を聞いて隠れるのではなく、飛び出してくること自体愚かな行為だ。


 もっとも、三十年前の『最後の審判』以来、銃をはじめとした火器や兵器を使っているのはミールだけだから、轟音がなんの音だったのか分からなかったのは仕方がないといえば仕方がない。


 それにしても影から様子を見てみるとか出来なかったのかね……。


 ケイはため息を()いた。


 助けたら自分がここにいることを連中に教えることになる。

 出来れば面倒はさけたい。


「知識の封印を」

 男がいつもの台詞を言って引き金に指を掛けた。


 ケイは渋々持っていた拳銃を構えた。


 自分が殺されている人達と同じ運命を辿らされることが分かってるのだろう、少女が悔しそうに手を握りしめた。拳が微かに震えている。

 少女が唇を噛んで目を固く閉じた。淡い茶色の髪が風に揺れた。


 ケイは引き金を引いた。

 ミールの隊員の一人が倒れると、他の隊員達はすぐに敵を捜して辺りを見回し始める。


 ケイは次々と撃ち殺していった。

 ミールの隊員も撃ち返してくる。

 複数の銃声が周囲に轟いた。硝煙と血の臭いが更に強くなった。


 音が収まったとき、少女は無傷で立っていた。

 息絶えて地面に倒れていたのはミールの隊員達の方だった。


 鳥の声も樹々のざわめきも不気味に黙り込んでいた。


 少女が目を開けた。

 周りを取り囲む男達の死体に目を見張る。顔を上げた拍子に微かにウェーブした髪が胸の辺りで揺れた。


 ケイが樹の陰から出ていくと少女の緑色の瞳が睨み付けてきた。

 まるでケイが男達の責任者だとでも思っているような目つきだ。

 命の恩人に対して向ける視線ではない。


「ちょっと、これはどういうこと?」

 少女が言った。

「助けてやったんだ。文句を言われる筋合いはない」

 ケイがぶっきらぼうに答える。


「こいつらウィリディスじゃないんでしょ。この連中は誰なの? なんで私達が襲われなきゃなんないの?」

 少女の問いに、

「ウィリディスじゃない。ミールだ」

 ケイが答える。

「ミール? 何それ?」

 少女が首を傾げた。

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