とある王太子の独白
「私はこの先の未来、聖女を必要としないシアローゼ王国を目指しているのです。」
何を馬鹿な事を、そう思う思考が疑問よりも先に出た。
確かに国民よりも貴族が必要と言ったのはひとつの極論だ。だが、王族として…この国を纏めあげる国王として必要なのは貴族に認められること。
強いては自分が国王となった時にどれほどメリットがあるかの提示、隙を見せれば喉元に噛み付いてきかねない猛獣…それが教会のトップである教皇や大貴族の真の姿だ。
「聖女を必要としない、ということはその癒しの力の何もかもを無くすということだぞ。
王が、貴族が死病にかかった際になすすべもなく死ねと…お前はそう言っているのか!!」
「そう聞こえるのも無理はありません。ですが私の言う聖女が必要とされない王国とは、これから何十、何百年と経った後の話です。」
「話にならん、幾ら時間が経とうと女神の力が必要とされない国など生まれない!お前のその理想は、国を冒す死病と同じだ!」
目の前にいる女の言う事が全く理解できない。…いや、想像すらつかない。
そんな長い期間の国の行く末を思い描いたことは確かになかった、自分が国王となった先の年月…シアローゼ王国を存続させ次代へ繋ぐという視点しか確かになかった。
考え無しの愚かな聖女、愚かならば象徴に甘んじていればいいものをこちらへと理想を押し付ける…!
このような聖女ならば、存在しない方が国が安定するのでは無いか?
頭の青薔薇など遠くから見るだけならば布でそれらしい飾りを付けさせればいい。
女神のブローチだってこの女が自らこちらへ差し出してきた。
…聖女ではない聖女をシンボルとした方が、国王となった先の国は纏まるのではないか。
そう考え、出て行けと…そう告げようとした時だった。
引き止めたのは変わり者だと噂されてばかりの、他国を見て回ってばかりの第二王子。
俺の、弟の手だ。
「アルベルト殿下は覚えがあるのではありませんか?神という力がない、それが当たり前とされるそんな日常を…あなたは他国で体験し、覚えているのではありませんか?」
「このっ、弟を惑わすなと…!」
「兄上…、俺は見たことがあります。神秘がないその日常を。癒しの力を持ちえない他国の日常を。
…この国の第二王子として、兄上を支えるべき存在…いや、国王を支えるべき存在としての進言をさせてください。どうか、聖女マリアローゼの言葉を何の偏見もなく聞いてください。」
見た事がない真剣な弟の表情、どこか飄々としていつも楽しげな様子だった弟の…本来の役目としての言葉。
その瞳に頭に冷水をかけられたように冷静になれた。
そうか、お前は守るべき弟としてではなく…ほとんど離れて過ごしたこの十一年に学んだ全てをこの兄に伝えようとしているのか。
俺の中のお前はいつまでも七歳の頃が強かったが、そうして成長しているのならば。
そしてそのお前が聞くべきだと言うならば。
ならば、ならば聞こう。
聖女の語る、実現可能に思えないその世界の話を。
「国王も、教皇も、貴族も、必要不可欠なのです。平民も、商人も、貧民も同様に国に必要な存在なのです。
平民が作り、商人が運び、貧民が伝え、そしてそれを暴動にしないようにおさめて遠いあなたに声を届けるのが貴族です!その民衆の心を少しでも慰めるのが教皇や私です!そして!安心して国民が休める場所を守るのがあなたなのです!」
何もかもをかなぐり捨てた、何も持たない少女。
誰よりも替えがきかない力を持っているくせに、誰よりもその力以外を必要視している変わった少女。
…守るべき俺の国民が、泣いている。
「それは確かに理想で、綺麗事だけど…!誰かを救う事は必ず次に繋がります!
今はだめでも、少しずつしか進めなくても、それでも人は特別な力などなくても歩いていけるんです…!!」
特別に大切に扱われたことなど、女神の力を持ったこと以外にないだろう。
それは全てその姿が物語っていて、この話を真剣に聞いて欲しかったからこそ自分の立場など投げ捨てた。
それが俺に出来るだろうか?
王になる事ばかりに執着し、それ以外のことなど見ようとしていなかった俺に。
自分に出来ない、ここまでの事をさせなければたった一人の少女の声さえ届かない。
「必ず失敗もします、危機だって幾度となく現れるでしょう!だけど、それを安易な力ではなく…!長い年月に基づいた力で解決する事が出来たなら、この国はもっともっと強くなるのです!!」
そうだ、他国に癒しの力がないように…他国にある神の力はこの国にはない。
それでも、滅ばなかったのは…俺たちの目に入っていなかった国民の努力の証。
俺達の、シアローゼ王国民の強さの証明だ。
なんて情けないのだろう、国民を見る事で初めて聖女の伝えたい事がわかる。
今のこの国の異常さ、厳しさ、危うさ…それを身を危険に晒しながら叫ぶ少女を愚かとは、考えなしにも程がある…。
そうか、弟は他国を見てこれを知っていたのだ。
神に頼らない癒し、俺達が持ちえない神の力を行使する人間、シアローゼ王国と他の国を見てきたからこそ見えるもの。
「人は、女神様に頼らずとも強いのです!!」
完敗だ。
俺は今、聖女の語るその世界に夢を見ている。
そしてそれを認めてしまった以上、聖女マリアローゼやアルベルトが伝えるもっと先の次代に繋がる未来へのサポートを含めこの国をまとめる。それが俺の役割だ。
それ以外の準備は聖女の癖に女神の力に頼りたがらない彼女と、お前がなんとかするのだろう?




