第三話 ピュア聖女は夢を見る
「他国に行った際に寿司を食べましてね、やはり生はいけませんね。腹を痛めてしまいましたよ」
あれ?なんだかとても懐かしい言葉が出たような…?
もしやアルベルト殿下も日本から転生してきた人なのかも?
そんな懐かしい寿司という言葉に、私はこの世界に転生する時の事を思い出した。
◇◇◇
《なんて美しい魂なのでしょう、生まれたてでもなく人生を立派に過ごした魂だと言うのに》
ぼんやりとした意識の中で感じる、母に撫でてもらった時のような心地のいい暖かさに包まれてほんの少しだけ、目が覚めた。
ここはどこだろう?暖かくて気持ちいいけれど、こんな場所は知らないなぁ…。
《あなた、あなた…美しい白いあなた。どうか輪廻のする前に少しだけ私とお話しをしましょう》
白いとか美しいとかはわからなかったけれど輪廻という言葉だけは聞き覚えがあった。
さっき私は病気で死んで、皆に最後にありがとうって伝えながら優しい眠りについたから。
なんでこの暖かい人が私と話したいのかは分からないけれど、私もなんだかお話したくなって少しわくわくしながら答えた。
“構いませんよ、どの位ここにいられるか分からないけれど私もあなたとお話がしたいです”
声が出せないのは死んじゃったからなのかなぁ?手も動かないし、目も見えない。体が丸い球体になったような…そんな感覚がある。
きっと輪廻ってこういうのを繰り返して、次の人生が始まるんだろうなぁなんて呑気に考えていた。死んじゃってたのは知ってたし、何も怖いことなんてなかったから。
《あなたはどうしてここまで人を嫌わないのです?散々苦しい目にも、悲しい目にも…理不尽な目にもあってきたでしょう》
“いいえ、いいえ!暖かい人!確かに嫌なことがなかった人生とは言いません。暴力やそれのせいで病気になったこともあります。
だけど、私は理不尽でも悲しいままで終わったことはありませんでしたよ”
《それはなぜ?不幸を比べることはできないけれど、あなたが苦しんだことがあるのはわかります。それなのに、どうして?》
“だって、私の人生は幸せで満ち溢れていましたから”
そうだ。確かに幼い頃に暴力を受けたこともあるし治らない病になったこともある。
たくさんたくさん苦しんできたことを否定はしない。
だけど、その分たくさんの人に助けてもらった。苦しさを知っていたからこそ寄り添って支えられた人がいた。私がいたから嬉しかったと、良かったと言ってくれた人がいた。
それはきっと、不幸があったからこそ得られた幸せ。私の大切な一部…。
頭がお花畑だ!なんて言われることもあったけれど、そんな私を愛してくれた人がいた。愛させてくれた人がいた。守ってくれた人がいた。
だから私は人生に悔いなんてひとかけらもない。心から幸せだと感じて満足して死ぬ事が出来て、人に自慢したいとすら思える程幸せな、満ち足りた人生だった。
きっとそう思っていること、考えていることがこの人に伝わったのかな…。
守るように抱きしめられていた感覚が、優しく穏やかに撫でるような…柔らかく見守ってくれているような感覚へと変わった。
《そう、あなたは哀れな子ではないのね。ならば私もあなたの不幸を哀れむのはやめましょう。優しく幸せな子、美しいものを見せてくれてありがとう》
“私からもお礼を言わせてください、私の事を気遣ってくれてありがとうございます。…私の何一つ悔いのない幸せな人生を、美しいと言ってくれてありがとうございます”
もう体なんてないけれど、心の底から胸を張れる。死んで尚美しい人生を送ったのだと認めてもらえることのなんて嬉しいことか!
いわゆるこれが最期のご褒美と言うやつなのかも。
えへへ、そう考えるとなんだかますます自分が幸福に思えてしまって心がふわふわと柔らかくなった。
《ねえ、幸せな子。どうか、どうか私の愛しい子になって次の人生を送ってくれないでしょうか。あなたならきっと、今までと違う結果を生み出してくれると…そう思うのです》
“愛しい子?お母さんになってくれるって事ですか?”
《いいえ、言祝ぐ存在として見守らせて欲しいのです。私はあなたが生きた世界とは違う世界の女神、ローゼフィール。私が見守るあの子達をどうか、あなたに支えて欲しいのです》
め、女神様だったのかー!ふ、普通にお喋りしてたから少し恥ずかしいけれど…でも、でもそれ以上に嬉しい。
見守ってくれる女神様からみても、私の人生は幸せだったのだと言って貰えたことが心が震えるほどに嬉しい。
“私はあなたに褒めて貰えて嬉しかったです、だからローゼフィール様が困っているのなら精一杯支えてまた、こうして幸せだったと伝えたいです。絶対に支えられるとは言えないけれど、でも…”
《それでも、私もあなたに感謝をしているから。どのような結果になっても、あなたがまたこうして幸せだったと話してくれるだけで充分なのですよ。……私の、愛しい子》
ぎゅっと抱きしめられたように感じたと思えば、だんだんと体が赤ちゃんへと変化していく。一際暖かくて不思議に感じるこめかみ辺りに、キスを感じて思わずくすぐったくてふふふと笑えば初めてローゼフィール様の姿が見えた。
柔らかい黄金色の髪にたくさんの青薔薇が彩られた、優しい青の女神様。
優しく笑って、旅立ちを見送るように最後にもう一度だけ頭を優しく撫でてくれた。
《行ってらっしゃい、私の愛しい子》
“行ってきます!”
ふわふわと眠気を誘うような感覚に意識を持っていかれてしまいそうななか、そう答えるのが限界で、眠りにつくみたいに目を閉じた。
《初めてなのよ、哀れな子ではなく幸せな子を愛し子にするのは。…だけど、人を愛して愛されるあなたなら、私に勇気を思い出させてくれたあなたなら…きっと》
◇◇◇
そうして産まれてきた国で、ローゼフィール様の愛し子である私は癒しの力を持つ聖女となった。
だけど、誤算があるとするならこの世界は過去の世界よりもずっとずっと人に厳しくて誰もが苦しさに喘いでいることだった。
助けたい、その苦痛の循環を止めたい!その為にローゼフィール様に力を貸してもらったのに、皆聖女という縋れる存在を離したがらずに話を聞いてくれなかった。
「むぅ…、そもそもの根本を変えないとローゼフィール様を安心させる事なんて出来ないのに!」
聖女という存在は飽くまで象徴、シンボルのようなもので大した権力なんてなかった。
だから女神様の力で癒せるのは限られたごく一部の人達だけで、許されたひと握りの人しか癒す事をさせてくれなかった。
だけど、こんなのじゃだめだ!!
こんなの、支えてるなんて言わない!!
癒しの力を簡単に使うなと、女神様のブローチを取り上げられても。
言う事だけを聞きなさいと、嫌がらせのように貧民と同じ生活環境にされても。
この世界の支えるべき人達に会えなくても。
「どうか、どうか…!ローゼフィール様の癒しがこの国に行き渡りますように!」
毎日そうしてこの国の民全員に対して癒しの力を使い続けることは絶対に止めなかった。
◇◇◇
過去に日本の生活を体験してきたなら、このローゼフィール様の力に縋っている状況に違和感を持てる存在になれるかもしれない!
丁寧に手入れされた美しい赤みがかった金髪に闇を感じさせない瞳。傷ひとつない、守られて大事にされてきた尊い身分の人。
それでもあなたが過去の暮らしを…前世という思い出を、忘れていないことを私は信じたい!
「この世界にアニサキスがあるかは分かりませんが、食中毒にならなくて良かったです。
…ですが、ですが…!そうなるとわかっていて食べるしか選択肢がない人を救いたいと…そう思う事は間違いなのでしょうか…っ」
どうか、答えて下さい。
ローゼフィール様を安心させる為の行動は、間違えていないと。
アルベルト殿下の言葉を聞くのが怖くて目をぎゅっと瞑ってしまった私の手を掴んで当たり前のように彼は言った。
「いやそれ何も間違えてねーから!!!」
…ローゼフィール様私、やっと…やっとあなたの世界を支える準備が出来そうです。
聖女の付き人が何事かと不審がるようにたてた物音に慌てるその人を見て、涙を零しながらも思わず笑ってしまった。
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誤字など確認してはいますが抜けがあると思いますので見つけた時は教えてくださると大変助かります!
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