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99. 冬の終わり

 オーサークにいるジンたちにファルハナの状況が伝わることはなかった。北国の長い冬の間、平穏だが忙しい日々を送っていた。


 鉄砲、弾丸の量産体制の確立、スカリオン公国オーサーク駐屯兵への鉄砲の射撃訓練実施、モレノ達による元込め銃の開発、すべきことは山ほどあったのだ。


 それにジンにとってうれしかったのが、ヤダフが銃身製作の忙しい間合いを縫って、ここパーネルから来た例の魔道具師寄りの細工師に頼んで、会津兼定を魔剣化させてくれた。


 ジンから見て会津兼定に何ら変化は見て取れない。だが、マルティナに見せると、反応は違っていた。


「ジン、これはまるで別の剣になったね」


「そうなのか? 俺は見ても違いが分からないんだ」


「ジンは魔力の反応が見えないんだね」


「え? マルティナ、魔力って見えるものなのか?」


「私には見えるけど、見えない人の方が多いと思うよ」


 ジンには魔力が見えるもの、ということも驚きだったが、会津兼定を振るった時に今までとは微妙に異なる感覚にも驚いた。


 マルティナと模擬戦をしてみると、確かにマルティナの攻撃を剣で弾くことが出来る。これも、全て弾けられるのではなく、うまいタイミングで魔力を通したときだけ弾けられる、という感じだ。しかもジンには魔力を通すという感覚が懐中魔灯を使うときに、小さい魔力を持続的に通すような経験しかなかったので、強い魔力を瞬間的に剣に通すことが非常に難しかった。


「これは、ちょっと修練が必要だな」


「私も暇だし、模擬戦ならいくらでも付き合うよ」


 マルティナもこうも魔法を思い切って振るう機会がなくなってしまうと、自身の魔法に対する自信が揺らぎつつあったので、ジンの修練にはいくらでも付き合ってあげられた。



 ◇



 そんな冬も終わろうとしている。道端に押し寄せられた土交じりの雪が解けて残り少ない。いよいよ春が来ていた。ラスター帝国が動き始めるとすれば、この春だろうとジンは考えていた。


 ラスター帝国の身になって考えてみれば、時間を空ければ空けるほどアンダロス王国は国力を少しでも回復するかもしれず、好機を逃すことになるかもしれない。出来るだけ早い時期に軍を起こしたいとなれば、それはこの春になるはずなのだ。



 ◇



 その知らせは突然オーサークにもたらされた。スカリオン公国の北、ラスター帝国に国境を接するバハティア公国が帝国に降伏したというのだ。


 だが、バハティア公国は実際にはラスター帝国と交戦すらしていなかった。バハティア街道を南下する帝国軍に降伏し、無害通行権を与える代わりに、バハティア公国の政庁が今後も施政権を維持するという約束を交わしていた。


 交戦をすることなく、なだ南下するだけの帝国軍は、もう数日後にはスカリオン公国とバハティア公国の国境に達するこの時になって、初めてオーサークにその情報が伝わったのだ。


 スカリオン公国政庁も春になれば帝国は軍事行動をとるだろう、と予測はしていたが、時期についてはもう少し後になると読んでいた。スカリオン公国に達するには、バハティア公国を打ち破ってからになる。いくらバハティア公国と帝国の軍事力に大きな差があっても、それには時間がかかるとの計算があった。


 しかし、バハティア公国はラスター帝国の目的がアンダロス王国侵攻であって、自国攻略が目的ではないと悟ると、アンダロス王国の防波堤になることを拒み、一切の交戦を行わずに帝国軍を素通りさせたのだ。


 スカリオン公国の斥候がオーサークやパーネルに伝えてきたラスター帝国の兵力は四万人から五万人。帝国の総兵力が三十万人と言うことを考えると、主力部隊のみ出撃させて、兵力の損耗を嫌ったと考えられた。兵站が確保できなかった、ということもあるのかもしれない。


 対するスカリオン公国は国境に前線を上げることはしないことにした。バハティア街道は南下して国境街道にぶつかる。帝国の目標はパーネルやイルマスの港湾都市だろう。ならば、ここ、オーサークには必ずやって来る。ここに強固な防衛線を敷いて迎え撃つ。バハティア街道や国境街道沿いにある宿場街の人々をオーサークにまで退避させるほうが合理的だ。五万の大軍を小さな宿場町で迎え撃つことはメリットよりリスクが上回ると考えたのだ。


 鉄砲は既に一万丁にまで増えていた。扱えるオーサーク駐屯兵が八千人と言うことを考えると、人の数より武器が多い状態にまでなっていたのだ。無計画に増やしたのではなく、その半分はパーネルに持っていく予定になっていた。


「なあ、伯爵、パーネルは海戦が主になる。パーネルに持っていくのは二千丁でよい。ここ、オーサークが陸戦での主戦場になる。八千丁をここに残したい」


「セイラン様。私もそれが良いと思います。幸いにして、駐屯兵は全員が鉄砲を扱えるようになりました」


 シュッヒ伯爵はインゴに賛成だった。海戦は船と船が海上で戦うことになるだろう。鉄砲の圧倒的な力は射程距離と命中精度だ。足元が揺れる船の上からの射撃は無力ではないが、陸で使うより効率が落ちる。海上での戦いは海軍の従前の戦い方に任せて、鉄砲は補助兵器に収める程度が丁度良い。海軍が負けて、上陸戦になって陸から撃ちかけるには二千丁の鉄砲は大きな有利になるだろう。なによりもパーネルに侵攻する海兵の数は、オーサークに迫る陸兵の数に比べて比較にならないほど少ないのだ。


「パーネルにはすでに鉄砲が千丁ほどある。そこに追加で二千丁。それに従来通りの戦い方を展開できる魔導士たちもいる。鉄砲が必要なのはここオーサークだからな。オーサークが抜かれれば、パーネルは陸と海の両面から挟み撃ちになって、ひとたまりもないだろう。まあ、しかし、この鉄砲とやらが本当に戦に使えられれば、の前提があっての話だがな」


 インゴは眉間にしわを寄せて、迫りくる帝国軍を、今まで戦争で用いたことのない鉄砲と言う兵器で撃退する不確定さを心配していた。


「セイラン様のご心配は分かります。ただ、私は駐屯兵の射撃訓練を見て来ました。二人一組になって間断なく射撃していく様子をです。大丈夫です。相手は五万と言えども、こちらは城壁からの射撃です。鉄砲は弓矢の間合いより長く、威力も上です。四千丁が一斉に火を噴けば、四〇〇ミノルで命中率五割ほどですので、一度に二千人は戦闘不能に出来るはずです。次弾でまた二千人。相手はたまらず撤退するはずです」


 シュッヒ伯爵はこれまで何度も駐屯兵の射撃訓練を視察してきた。それはそうだ。オーサークは彼の領地なのだ。ここを守り抜くのは国の為だけではなく、領民のため、自分の家のためでもあるのだ。


 ただ、インゴにはほかにも危惧すべきことがあった。空からの攻撃、竜騎兵の存在だ。帝国はどれくらいの規模の竜騎兵を動員しているかわからないが、城壁では空からの脅威から街を守れない。


 鉄砲で竜騎兵を打ち落とせるのだろうか?

 ワイバーンの硬いうろこを弾丸は貫くのだろうか?


 もはや、避けようもない戦いが迫っているのだ。インゴは懸念をひとまず脇にやって、戦いに備えるしかないと思いなおした。


「ああ、心配しても仕方がないな。城壁には七千丁、領主館に千丁を配備してくれ。領主館の楼閣から竜騎士を狙い打てるような上手い射撃手を選りすぐってほしい」



 ◇



 街道沿いの宿場町からの避難民の収容が終わったその日、春の陽気で気温がかなり上がった。道端に残っていた残り雪もついに姿を消した。


 国境街道を東に進む帝国軍の大群の姿がオーサークからも見えるようになった。

 大規模戦闘における鉄砲の使用がイスタニアの歴史に刻まれる瞬間が近付いていた。


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