表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/177

98. 民衆蜂起の顛末

 アジィスはこの事態に素早く反応した。ノオルズ公爵を見捨てて、窓から外に出ると、地面に飛び降りた。ノオルズ公爵たちがいた部屋は二階の居間。三ミノルほどの高さがあったが、普段から鍛えているアジィスは難なく着地すると、辺りを窺った。


 興奮した民衆たちは領主館の建物の入り口に殺到していたが、裏手になるここには人影はなかった。五十ミノルほど先に兵舎が見える。兵たちはあそこに待機しているか、街中に逃げたか、のいずれかだ。兵装をした兵士がその格好で街中に逃げたとしたら、民衆に襲われる可能性が高い。兵舎に集団で武装しつつ立てこもるのが現実的だ。アジィスはそれに掛けた。


 領主館の入り口付近からは死角になる、木立の影に身を潜めていたが、思い切って飛び出すと、兵舎に向かって一目散に駆けだした。


「おい! 誰かが逃げるぞ!」


 民衆の一人がそれに気づいて、追いかけ始めると、数十人がそれに続いて、アジィスを追いかけ始めた。


 兵舎が近くなってくると、アジィスは大声で叫んだ。


「アジィスだ! 開けろ!」


 兵舎の扉が内側から開いた。アジィスは滑りこむように中に入ると、扉を閉めてすぐに閂をかけた。


 怯えた顔の兵たちが数十人、兵舎にいた。何も命令のない中で、民衆蜂起と言う事態になって、ただ、ここに隠れていたのだ。


「部隊長は?」


 アジィスが息を切らせながら、訊いた。


「兵団長、私がこの部隊を預かる中隊長、アルデムです」


「この兵舎には何人いる?」


「五十人ほどです。中隊は百人ですが、四十人はパトロールで街周辺に出ていました。ここにいるのは非番だった者の内、兵舎に偶然とどまっていた者たちです」


「わかった。五十もいれば十分だ。暴徒を鎮圧しつつ、兵を集めていくぞ」


 命令を受けると兵たちの顔が輝いた。



 ◇



 外から暴徒たちが何か鈍器のようなもので扉を壊そうとしているが、すぐには壊れないだろう。兵たちは、今はまだ閉じられている扉の前で抜刀して侵入されたときに備えていた。


 アジィスはアルデムと名乗ったその中隊長にだけ聞こえる声で話し始めた。


「アルデム、だがな、暴徒の人数が多すぎて、いささかこちらの分が悪い。なんとか隣の兵舎に連絡を取る手段はないか?」


「矢文ぐらいしか思いつきませんが、いかがでしょうか?」


「それでよい。何とか兵舎に立てこもる兵たちが完全武装で同時に兵舎から撃って出るように手配するのだ」


 兵舎と兵舎の間はおよそ五十ミノル。十棟の兵舎が連なっている。


 二階の窓から隣の兵舎に向けて矢文が放たれた。


『誉ある殿下の軍の兵へ。逆賊どもを誅するのだ。完全武装してそれに備えよ。およそ半ティックの後、アルデムの中隊が扉を開ける。暴徒どもは数に任せて兵舎に突入してくるだろう。その時が合図だ。皆も兵舎を撃って出よ。アルデム中隊と抗戦している暴徒どもをまず鎮圧し、街に散っている兵を糾合していくのだ。二千人が揃えば、ファルハナを治めることが可能だ。このまま指をくわえて、この事態を見ておれば、いずれ我々は各個撃破されてしまう。力を示すのだ。追記、この矢文を隣の兵舎にも送れ』



 ◇



 アルデム中隊の兵舎での戦闘がそのきっかけになった。閂を外すと、暴徒はなだれ込んだが、なだれ込むと言っても狭い入り口を一度に数十人がくぐれるわけではない。数人ずつ中に入っては完全武装の兵士たちに切り刻まれる。


 暴徒の怒号が大きくなったのを合図に、他の兵舎からも兵たちが出撃した。アルデム中隊の兵舎を取り囲んでいた数十人の暴徒は一瞬で鎮圧された。


 兵舎群の周りに数百人の兵が完全武装で集合すると、暴徒は逆に逃げ始めた。ようやく冷静になってきたのだろう。


 兵たちは領主館の建物の周りから暴徒を排除して、領主館の中に残る暴徒を小隊ごとに分かれて掃討していった。


 かくして、軍隊らしい動きが兵たちに戻ってくると、大した武装もしていない暴徒たちは徐々に撃破されていった。



 ◇



「殿下……」


 アジィスはさっきまで居た居間の出入り口の前でボロボロになって打ち捨てられていたノオルズ公爵を見つけた。元の顔の形が分からないほどに腫れ上がり、皮膚はどす黒く変色していた。


 すぐに抱き起して、呼吸を確認した。


(生きていれば、やっかいだな。このまま死んでてくれると助かるのだが)


 アジィスはそんなことを考えていたが、兵の手前、もちろんそんな様子を見せない。


 暴徒に暴行を加えられた王などを祭り上げるのは一苦労だ。いっそ死んでくれていれば、アジィスが実質のファルハナの支配者になる。アジィスにとって幸いノオルズ公爵はとっくに事切れていた。


「殿下!! 御労(おいたわ)しい……」


 アジィスは大げさに悲しんで見せたあと、兵たちに殿下の骸を丁重に扱えと命じると、その場からさっさと立ち去った。彼の頭の中にあったのは、二つの大きな事実だ。


 一つ目は、アンダロス王国は名実ともに滅んだこと。


 そして、もう一つは、これからは力のみが自分を守るということだった。滅んだ王国の貴族階級など意味をなさないだろう。この近衛兵団に帯同した各地の小貴族たちは騎士爵のアジィスを今でこそ下に見ているが、ノオルズ公爵が死んだ今、近衛兵団の忠誠は自分に向けられるはずだ。貴族が領地から連れてきた兵をいかに自分の元に糾合するか、まずはこれが一番の課題になるだろう。


(それに、あのテッポウとかいう武器だな。なんとしても手に入れなければ)


 アジィスはそう思案しながら、執務室に入って行った。



 ◇



 かくして、ファルハナは解放されるどころか、支配者が変わっただけとなった。


 そして、ノーラが救出されることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ