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94. インゴ・パブロ・セイランとジンたちの新しい家

 パーネル城には結局二泊したジンたち一行は、朝七つにオーサークに向けて出発することになった。


 見送るのはチャゴとカルデナス、それにコルテらスカリオン公国の重鎮たちである。さすがに公王その人は現れなかったが、重鎮たちが見送るのだ。この集団を公国がいかに重要視しているかが分かる。


 マイルズはシャヒードの許可を得て、二千ルーンをチャゴとカルデナスに貸すことになった。当座のお金がなければ、一行と離れてパーネルの街に滞在することもままならない。彼らはすぐに仕事を見つけて自分たちの生活を立てていかなければならない。


 一行には新しいメンバーが加わった。セイラン元侯爵だ。


 年のころは五十代後半ぐらいに見えるが、実のところ、彼は六十代後半だった。イスタニアの平均寿命がおよそ四十歳。これは乳幼児期の死亡率が平均寿命を押し下げていただけで、実際その時期を過ぎて生きる人々は平均的には七十歳ぐらいまで生きた。


 インゴ――インゴ・パブロ・セイラン元侯爵――はそんなイスタニア世界にあっては老境に入っていたが、本人は至って元気だ。壮年、と言ってよいほどに矍鑠(かくしゃく)としている。


 そして、彼は武人だ。若いころから、侯爵でありながら、帝国との国境付近での小競り合いに何度も出動してきた。

 それでも、このオーサークへの旅ではさすがに重い金属製の鎧などは来ておらず、その大きい(がたい)に生地の良いズボンとシャツ、その上に軽い革製の胸当てを付けて、上から防寒の黒い外套を纏っている。


「では、宰相閣下、行ってまいります」


 騎乗のインゴはそうコルテに告げると、ジンたち一行の方を向いて、頷いた。

 シャヒードもコルテに礼を言った。


「では、コルテ宰相、オーサークに戻ります。二晩、お世話になりました。エディスとセプルベダをよろしくお願いいたします」

 

 そう。エディスとセプルベダはしばらく鉄砲射撃の指導要員として、パーネルに残ることになったのだ。


 鉄砲や弾薬をパーネルに降ろしたことで馬車は人を乗せるだけになった。ただ、人数がかなり増えた。


 オーサークからパーネルに向かう時は、チャゴとカルデナスが馬車にいたが、オーサークへの戻り道は彼らがいない代わりに、公王の命で十人のパーネルの鍛冶職人と細工職人がヤダフとモレノにつけられた。


 オーサークまで三十五ノル。朝早くに出れば、夕方になる前には到着できるはずだ。



 ◇



 一行はパーネルに来るときにも寄った小さな集落で昼休みとなった。


「なあ、ジン」


「なんだ、マイルズ」


 マイルズは昨日の晩さん会での話が聞きたかった。


「俺はお前となんだかんだでそれなりに長い時間一緒に仕事をしているけど、ホント、お前の出身地の話は聞いたことがなかった。純粋な好奇心だ。教えてくれ」


「まあ、そうだな。話と言っても、何から話せばいいかわからん。どんな話が聞きたい?」


「ジンの国は戦争をしていたのだろう? それは聞いた。その戦争はどことどこの戦争だったんだ?」


「内戦さ。ミカド……まあ、皇帝だな。わが国には皇帝がおわす。少し難しくなるがいいか?」


「ああ、続けてくれ」


「皇帝は政治をなされない。権威だけがあった。政治をするのはバクフだ。バクフは、そうだな、こう例えよう――大領主の中の大領主が、大領主たちの代表として全国の政治をする。領主たちは自分の領地の内政は自分たちで行う。バクフはそんな領主たちにいろいろと命ずることが出来るってわけだ。そんな時代が平和に二六〇年余り続いたが、アメリカという大きな海の向こうにある大国が巨大な大砲、まあ鉄砲の大きい奴だ、そんなのを備えた軍艦でバクフを脅した」


「なんて脅したんだ?」


「開国しろ、交易しろ、ってな」


「なんだ、悪い話ではないじゃないか?」


「ニホンは二六〇年間、バクフの管理下で細々と特定の国としか交易してこなかった。各領主が勝手に各国と交易を始めるとどうなる? 一部の領主だけが富を得たり、悪い場合だと武器を得たり、と全国の管理が難しくなる。ファルハナだってそうだったじゃないか。スカリオン公国のとの交易は王国の許可制だって話だっただろう」


「その、バクフとか言ったか、それがちゃんと交易を管理すればいい話じゃないのか?」


「まあ、それはそうだ。だが、そうはならなかった。アメリカでも内戦があってな。大量の鉄砲が作られた。アメリカの内戦が終わると、必要のなくなった大量の鉄砲が日本に流れ込んだ。それがあの鉄砲の原形となった鉄砲だ。そして、サツマやチョウシュウと言った領主はそれを大量にアメリカから買い込んだ。バクフを倒して、皇帝を再度権力の座に戻すのだ、ってな」


「それで、どうなった?」


「知らない。その最中で俺はここに、このイスタニアに来たから」


 少し離れたところでシャヒードと話していたインゴは立ち上がると、ジンとマイルズの元にやって来た。


「ジン、だな? 悪いが聞いていた。興味深い話だった。その鉄砲という武器、結局、パーネルの出発がバタバタしてしまったからのう、まだ見ていない。見せてもらえぬか?」


 ジンたちは製造サンプル用に二丁だけオーサークに持って帰ってきていた。


「ええ、分かりました。セイラン様」


「インゴでよい。儂はもう官位も爵位もないからのう。ただのお貴族様ってだけだ」


「では、インゴさん、と呼ばせていただきます。ちょっとお待ちください」


 ジンはそう言って立ち上がると、馬車から鉄砲の入った麻袋を取り出した。インゴの元に戻りつつ、麻袋から鉄砲を出した。


「これです」


「ほう。どう使うのだ?」


「ここでは、無理です。周りに旅人も多いですし、大きな音がしますので、非常に目立ちます」


「では、オーサークに行ってから実際に使用して見せてもらうとして、いったいこれがどう凄い武器なのだ?」


「この長い筒の先から弾丸と呼ばれる鉄の弾が飛び出します。その弾は五〇〇ミノルほど先まで届き、三〇〇ミノル先の敵兵を一撃で倒すことができます」


「そんなに遠くまでか? 大魔導士でも二〇〇ミノルが限界だろうに」


「はい。そして、この武器のもっともすぐれている点、それは、一日か二日練習すれば、誰でもある程度まで使えるようになることです」


「剣や弓だとそうはいかんが、これはそんなに簡単に習得できるのか?」


「はい。女子供ですら、身長が一・五ミノルほどもあれば使えます」


 インゴはそれを聞いて、目を真ん丸に見開いたあと、突然大笑いした。


「騎士団解散じゃな。わっはっはっは」


 実際、それこそが日本で起こっていたことだ。高杉晋作の奇兵隊などはその証左だ。この話を聞いただけで、そこまで推論を進められるこの男の頭の回転は相当速いのであろう。



 ◇



 オーサークに着くと、ほんの二日空けただけなのに、いろいろと変わっていた。どうやらシュッヒ伯爵が部下に命じてファルハナからの移民の落ち着き先を大急ぎで整備してくれていたらしい。


 オーサークの城門の衛兵に話が伝わっており、パーネルから帰ってきた一行の滞在先が事細かに伝えられた。


 もう使われなくなった古い民家を大急ぎで掃き清めて、使用に耐えられるようにしてから、ジンの滞在先にあてがわれたようだった。ちゃんと厩舎がある家だった。


(ここでいいのかな?)


 ジンは少し不安になりながらも馬を繋ぎ、その家の玄関を入ると、出迎えたのはシアとクオンだった。


「ただいま?」


 ジンの疑問形に関わらず、クオンがジンの帰りを歓迎した。


「ジン様、おかえりなさい」


 頭の中をいろんな疑問を浮かべながら、家の奥へと進むジン。古い家だが、意外と造りがよく、それにジンとニケ、それにツツだけで住むには大きすぎる。お屋敷、と言っても良いほどの規模の家だ。


 廊下の突き当りの扉を開くと、居間になっていた。


「「「おかえりー」」」


 複数の声が今に響く。ニケに魔導士マルティナ、クオンの子たちリアとトマだった。


 ツツに至ってはトマに乗られて、マルティナにもたれられて、身動きが取れず、本当は一番に玄関に行ってジンと飛びつきたかったのに、それが出来なかったようだ。ジンが居間に入ってくると喜んで長い尻尾をブンブンと振ってはいるが、相変わらず身動きはできないでいた。


 ジンは居間のテーブルに腰を落ち着けて、皆の話を聞いていると、ようやくトマとマルティナから解放されたツツは、お座りの姿勢でジンの足元に落ち着いた。


 皆の話を総合するとこうだ。


 つまり、ニケの薬剤調合が出来る部屋があり、かつ、(うまや)があって、二人と一匹だけで住む家、などという都合の良い家は見つからなかった。そこに、グプタ村で一カ月弱も共に住んだという実績があるクオン一家と住むのであれば、あの大きな家が使えるぞ、という話になったらしい。


 そこになぜ、マルティナがくっついてきたのか。移民団のメンバーそれぞれの落ち着き先周旋を担当していた文官は、彼女がまだ幼く、一人で住まわせるのはいかがなものかと思案していたところに、ツツと一緒がいい、と彼女が主張したかららしい。


 クオン一家四人にジン、ニケ、マルティナ、それにツツ。七人と一匹の、オーサークでの同居生活が始まった。


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