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93. スカリオン創世記

 入ってきたのは、晩さん会の席にある公王その人と見まがうばかりの王族の衣装を着た若い男性だった。


 晩さん会に参加するファルハナの皆が、きょとんとしている中、その若い男性が大げさに宣った。


「余はアンダロス王、ノワックである!」


 乳母の格好をした年かさの女性や、白いローブを着た若い女性、貴族の衣装を着た男女の子供たちなどが次と次と晩さん会の部屋に入って来ると、演劇が始まった。


 それはスカリオン公国創世の物語だった。


 物語を要約すると、おおよそ四〇〇年前のアンダロス王国で双子の男子が誕生した。王は一人を王子に、もう一人を公爵としてスカリオン領に任じた。


 妃の子宮から生れ出た、ほんの一ティックの時間の違いから、兄と弟と呼ばれ、方やアンダロス王、方や辺境の領主になった。このあたりの話は伝説の類なのか、あるいは事実なのかはわからないが、この双子はまだ赤ん坊の時期のある時に、どちらがどちらか分からなくなり、入れ替わった、という内容が演出された。


 アンダロス王家の正統は、ここスカリオンにある、という主張なのだろうか。いずれにしても、国が荒れるのを厭い、スカリオンの領主に落ち着いた初代スカリオン公爵、レンツ公爵はスカリオンを愛し、この土地を発展させるために全身全霊、力を注いだ。そして、本来アンダロスの王であるという主張を一切しないことにした。


 それどころか、ラスター帝国の侵入を何度も返り討ちにして、アンダロス王国の城壁の役目を担ってきた。アンダロス王家もそんなスカリオンを慮って、歴代のスカリオン領主は王家から姫が嫁いできた。


 そんな時代が続いたが、三〇〇年ほど前に突如変わった。


〈災厄の時代〉の始まりだった。魔の森から魔物が突如として溢れたのだ。


 アンダロス王国もラスター帝国も戦争をやめて、ただ魔物から人々の生活圏を守るために戦った。


 そんな折、アンダロス王国スカリオン領に一人の女剣士が現れた。彼女はコヅカとだけ名乗った。彼女が一太刀振るうと、強力な魔法が発動されて、無数の魔物を葬り去った。


 コヅカとスカリオン公爵は手と手を取り合い、魔物たちを撃退し、魔の森に追い戻した。



 ◇



「まあ、いろいろと誇張されておるだろうがな、これがこのスカリオンの創世記だ。コヅカはこの後、この国の王妃となった。余の祖先でもある」


 ジンは言葉を失ってしまった。コヅカ……特に聞き覚えのある名ではないが、日本人の名前にも聞こえるではないか。


 そして、彼女が振るったとされる、見たこともない魔法、これは自分が持ってきた鉄砲にも似ている。鉄砲は魔法とは異なるが、三〇〇年も前なら、話が歪んで伝わっていたとしても不思議はない。ジン自身も藩校日新館で受けた権現様に関する講話の中には眉唾物だと思える話などいくらでもあったのだ。すくなくとも何もないところから日本人の名前が急に出てくることはあり得ない。何かがあったのは確かだ。


「陛下、そのコヅカ様と言われる女性に伝わる話はそれだけでしょうか?」


 ジンは質問すべきかどうかを考えるより先に口走っていた。


「ふむ。いろいろと伝わっておるようではある。例えば、持っていた剣が異国の物とでも言おうか、まるでこの世界のモノとは思えない物であった。……というか、それは我が家に伝わる家宝でもあるのだがな」


「……陛下、それを拙者が拝見することは可能でしょうか?」


「ジン、と申したか? それはならん。余ですら年に一度の建国祭にそれを民の前でそれをかざす程度だ」


「で、では、陛下、伏して御頼み申す。我が〈会津兼定〉を一度ご覧になっていただけませんか?」


「アイズカネサダ? なんだそれは?」


「私の剣にございます。もし、陛下が、公国王家の家宝との相似性を確認していただけたなら、拙者にとって大きな謎が解けることになります」


 ここまで言ってしまってから、ジンは(しまった!)と後悔した。これでは自分が異世界とは言わぬまでもどこか未知の世界から来た、と聞かれてもいないのに自白しているようなものではないか。


「いいだろう。いや、むしろ余はその剣を見たいぞ。それにな、ジン、お前が鉄砲を持ち込んだのだったな。そして、詳しく聞かせてくれるか? 単に〈異国〉とお前が説明したお前の国のことを」



 ◇



 この部屋では信頼された衛兵以外の帯剣はもちろん許されていない。ジンの〈会津兼定〉は別の部屋で預かられていた。公王は衛兵の一人に命じてそれを晩さん会が催されているこの部屋持ってこさせた。


「ジン、見ても構わぬか」


「御意のままに」


 持ってこられた〈会津兼定〉を公王は鞘からゆっくりと引き抜いた。


「やはりな。そうか、なるほどな」


 公王は呟いた。


「陛下、それはコヅカ様の剣と似ておりますか?」


 ジンはもうある程度は話さなければならないと腹をくくっていた。ただ、あくまで〈異国〉との説明を逸脱しないようにしなければならない。


「長さも鞘の見た目もまるで別物だが、この剣身。まず片刃である。そして、この反りと剣先の形だが瓜二つと言ってよい」


 すでに疑う余地もなかった。コヅカは小塚である。


「陛下、小塚様は我が国の出身であるかと思われます。これはカタナという剣でして、わが国特有のものにございます」


「して、ジン、その国はどこにある?」


「申し訳ございませんが、拙者には分かりません。イスタニアの誰に聞いても、我が国がどこにあるか知らないのです。拙者は突然、森の中で目を醒まし、このニケに助けられたのです」


 話しながら、ジンは(なんと都合の良い言い分ではないか)と自分でも呆れていたが、これ以上の説明はしようもなかった。だが、公王から帰って来た返答はジンの予測とは全く異なっていた。


「異世界、というわけだな」


 ジンは、完全に言葉を失ってしまった。肯定してしまっていいのか、あるいは否定すべきなのか。これまで通り(異世界かどうかも分からない)で通すべきなのか。


「まあ、よい。ジンよ。これも公国に伝わる伝承の類だ。祖先コヅカは異世界から来た、という話が伝わっておる。お前もそうだ、と断定しているのではないぞ。ただ、そういう可能性も……いやはや馬鹿馬鹿しい話になってしまうな」


 驚いていたのは公王だけではなかった。移民団代表たち全員も言葉を失うほど驚いていた。ただ、ヤダフだけは、ああ、やっぱりか、とも思えるような表情でジンをただ眺めていた。ニケについては当事者であるため、ただ黙って魚料理をひたすら口に運んでいた。


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