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91. 港町パーネルとフィルポット一世

 津波などあったことを忘れるような長閑(のどか)な風景の中、スカリオン公国の公王フィルポット一世に謁見する一団は街道を進んだ。


 途中、小さな集落があって、そこで一行は休憩にした。旅人に向けた商店も二つあった。食べ物を買って、街道の脇にある木立の下で軽い食事をしていると、ちらほらと雪が降り始めた。


「道理で冷えると思ったよ」


 マイルズは独り呟くと、串に刺された、焼き上げられた猪肉の最後のひと固まりを口入れた。


 もう、あと数ティックも進めばいよいよこの長い旅も終わる。マイルズは最後のひと固まりを咀嚼し終えると傍らにいたシャヒードに話しかけた。


「シャヒード殿はやはりファルハナに戻るのか?」


「ああ、皆がオーサークに落ち着くのを見届けてからな。真冬の旅になるだろうがな」


「そうか、寂しくなるな」


 ジンは黙って聞いていたが、皆がオーサークに落ち着いたなら自分もシャヒードと共にファルハナに、ラオ男爵の元に、戻ってもいいのではないか、と思いを巡らせていた。


「どうした、ジン?」


 何も言わずに考え事をしている風だったジンにシャヒードが話しかけた。


「シャヒード、俺はオーサークでいったい何をすればいいんだ? ヤダフやモレノは分かる。ここで鉄砲を作り、ノオルズ公爵や帝国の干渉を跳ねのけられるだけの力を準備する。だが、俺はいったい何をするんだ?」


「さあな。そんなことは自分で考えろ」


「だったら、俺はラオ様を守りたい」


「ラオ様を守るのは俺たち騎士の仕事だ」


 ジンは当たり前のことを聞いて、驚いて、それから沈黙してしまった。ここのところのジンはずっとこうだ。急に何か考え事をしたり、それ以外の時は寝ているか、酒を飲んでヤダフやモレノと騒いでいたりする。ジンの中で何かが欠けている状態になっていた。



 ◇



 一行は旅を再開した。三ティックもすると、西陽(にしび)が一行を後ろから照らし、彼らの長い影が街道に伸びた。昼後頃に降り始めた雪は半ティックも経たずに止んだが、日が落ちるにつれて、気温は下がってきていた。


 そんな彼らの前に大きな城塞都市が見えてきた。公王のいる港町、パーネルだ。ずっと歩いてきた国境街道の終わるところでもある。街の城壁にたどり着くまでもなく、街道の脇には商店が立ち並び、多くの旅人たちの姿が見られるようになってきた。


 ジンにとって、このイスタニアに転移してから、こんな人々の賑わいを見るのは初めてだった。初めて見た街、ファルハナは斜陽の街だったし、アクグールも街道に張り付いた宿場町が少し発展した程度。唯一の街らしい街と言えば道中で見たサワント公国のルッケルトだったが、このパーネルに比べたら、田舎町と言ってもよかっただろう。


 騎乗のジンとは別に、馬車に乗っているカルデナスやチャゴも身を乗り出して、街を眺めていた。街の向こうに広がる海もはっきりと見え始めた。


「カルデナスさん! 海が見え始めたよ!」


「ああ、港町だな!」


 二人とも気分が高揚している。船乗りたちにとって港町は自分たちが属する場所だ。


 城壁を前にして始まった街の賑わいは、城壁を超えるとさらに賑々(にぎにぎ)しくなった。

 城門はほぼフリーパスだった。公王直々の召喚とあっては、止める衛兵などいるわけもない。


 城壁内――もともとの城塞都市――はファルハナとは違って、まっすぐに道が走っているわけではなかった。海に近い公王の居城を中心に、同心円状に走る道を、中心に向かう道が繋ぐ、まるで蜘蛛の巣のような設計の街だ。


 このような街の設計は人口が増えるにしたがって、城壁をどんどん外側に作っていったときに出来る街の形だ。街の規模が成長するにしたがって、元々城壁だった部分が公王の居城を中心に同心円状に走る道になっていく。


 カルデナスもチャゴも、とにかく早く港――公王の居城の真裏になるのだが――に行きたがった。一行の目的地もお城なので、進む方向は同じだった。しかし、彼らがどれだけ興奮していても、港の前にひとまずカルデナスもチャゴも一緒に公王の謁見を受けるべきだった。そもそも、鉄砲の話やラオ男爵家の公国への多大な貢献がなければ、公国はこんな移民団を受け入れる義理などないのだから、移民団代表の一員として、何よりもまず、この招かれて行われる謁見を受けるべきだったのだ。



 ◇



 一行は特に待たされることもなく、公王への謁見の間に通された。このあたりの融通の良さは格式ばかり重んじるアンダロス王国とは一線を画す。


 一番前にシャヒードが立って、そのすぐ後ろにジンとマイルズが並ぶ。さらにその後ろに一団が整列している。謁見の間には王座に座る公王のほか、重鎮たちが立ち並ぶ。


 重鎮の一人が目くばせすると、シャヒードが口を開いた。


「陛下、この度の無理難題、大変恐縮至極にございます。寛大な措置に心からの御礼を申し上げます」


「シャヒード殿、それに皆、よく参られた。余は首を長くして待って居ったのだ。ラオ男爵家に所縁(ゆかり)の者たちであれば、余にとっての恩人も同義だ。遠路はるばる、公国への道のりは大変であったろう?」


「陛下、お心遣い、誠にありがとうございます。いいえ、アクグールに入ってからと言うもの、スカリオン公国の皆様の暖かさのおかげもございまして、何の辛苦もなく、ここまでたどり着けました」


「そうかそうか。余は嬉しい。この国は寒いが、民は暖かい。どうか、このパーネルでゆるりと過ごして行ってほしい……と、挨拶はここまでじゃ」


 口調まで変わった、公王フィルポット一世。それでも、その口調の変わり方は決して悪意があるようには聞こえなかった。それよりも、こんな面倒くさいことをさっさと終えて本題の話を、と言ったところだった。


「と、おっしゃられますと?」


 シャヒードはとぼけて見せた。もちろん鉄砲のことだとわかっている。


「ええい。余は面倒くさいのが嫌いじゃ。鉄砲じゃよ」


 齢のころ、まだ三十代前半と言ったところのフィルポット一世であったが、公王の威厳を示すためか、口調は爺臭い。しかし、やはり若い。早口でまくし立てた。


「陛下、ご心配なく。鉄砲百丁、持ってきてございます。ただ射手がこのエディスとセプルベダしかおりませぬので、実演は二丁で行わせていただきますが」


「実演! とな?」


「ええ、陛下、もちろん陛下もそのおつもりでおられると思ったのですが」


「おお、そうだ、当たり前だ。で、何がいる?」


 だんだんとこの公王の性根の部分が見えてきた。非常に直截的で、格式ばったことが面倒くさく、さっさと物事が運ぶのが大好き、といったところだ。


「特に、何が必要と言うことはありませんが、広い庭に案山子(かかし)の甲冑兵士でも立てていただければ」


 シャヒードもこの公王ののコミュニケーションのコツを飲み込み始めた。


「案山子、とな」


「なければ鎧立てでも構いません」


「ふむ、わかったぞ。コルテ! 庭園の真ん中の花壇があるだろう。あそこにわが軍の正規兵の鎧を鎧立てごと立てよ。いますぐだ」


 コルテと呼ばれた重鎮は


「はっ!」


 と一言で返事すると重鎮たちの後ろに整列する護衛兵の一人を手招きすると、耳打ちした。


「では、参ろうか?」


 せっかちな公王だったが、シャヒードは待ったをかけた。


「陛下、すぐとは今でございますか?」


「そうだ。なにを待つというのか?」


「いえ、待つ必要はさほどありませんが、鉄砲は我ら一行の荷馬車に積んでおります。まずそこに行って、取ってこなければなりませぬ」


 公王は、なんだそんなことか、と言わんばかりの表情を一瞬見せると、さっきの重鎮にまた命令した。


「コルテ! すぐに案内を手配せよ」


「はっ!」


 急に衛兵やら重鎮たちが動き始めた。なんだかこれが謁見か? とも思われるようなやり取りだったが、まあ、実際問題、一番必要なところに、公王陛下は一直線で斬り込んできた、といったところだ。


「では、シャヒード殿、御一行様、荷馬車に、それから庭園にご案内いたします」


 衛兵の一人が申し出て、シャヒードがそれに従って歩き始めると、謁見の間に来て一言も発する間もなく、一行はシャヒードの後ろに付き従った。



 ◇



 シャヒードは荷馬車から二丁だけ銃を取ると、エディスとセプルベダに渡した。ニケが弾薬の入った木箱を空けて、十発薬莢を取って、ポーチにいれた。


「準備はこれだけですか?」


 衛兵はそもそも鉄砲と言うものを知らないし、荷馬車に戻って何か大仰なことをしなければならないと思っていたので、拍子抜けしたようにそう言った。


「ああ、これだけだ」


「……では、ついてきてください」



 ◇



 庭園の真ん中には、手入れされた美しい花壇があった。そこから放射線状に散歩道が伸びている。そして花壇の裏には大きな池がある。つまりこの庭園はパーネルの街の縮図だった。花壇が公王の居城で散歩道はそこから放射状に延びる大通り、池はイスタニア湾と言うわけだ。


 そんな庭園の真ん中の花壇に、ちょっとシュールではあるが、銀色の真新しい鎧が立てられていた。


 シャヒードたちが庭園に入ると、そんな甲冑がちょうど三〇〇ミノルほど先に見えた。


「この辺りからがちょうどいいのではないか、エディス」


「ええ、あれくらいなら一発で行けると思います」


 すると、ジンが目ざとく公王とその取り巻きの重鎮たちが花壇の近くで見物しているのを見つけた。


「シャヒード、あれはダメだ。あそこにおられては危ない」


「ジン、走って行って、陛下をこちら側にお連れして来い」


 ジンが走り出すと、案内していた衛兵も走る。なんだかちょっと間抜けな風景だが、走って向かってくるジンと衛兵を見つけて、公王を守るために普段は武芸をほとんど嗜まない重鎮たちが公王の周りを取り囲み、守ろうとした。


 息を切らせて、公王の御前に来たジンは、はあはあと息を切らせながら、公王に言った。


「へ、陛下、そこにいては危のうございます。万が一、鉄砲の弾に当たれば、お命に差し障りますので、どうかこちらに、鉄砲を発射する地点までお越し願えませんでしょうか?」


「おお、なるほど、そういうことか。だとすると、弓矢に近い武器なのだな」


「ええ、ただ、威力も命中精度も全く違います」


「命中精度が高ければ、余がここにいても大丈夫なのではないか?」


「申し上げました通り、『万が一』で、ございます」


「わかった。そなたの言うとおりにしよう」


 公王はそう言うと歩き出した。重鎮たちも付き従う。



 ◇



「陛下、大変なご足労を賜りましたが、万が一があってはいけませんので、どうかご理解のほどを」


 シャヒードは三〇〇ミノルも公王陛下に歩かせたことをまず詫びた。


「なんのこれしき。最近、歩いてなかったのでな。息が切れよるわ。わっはっは」


 シャヒードは、このテンションの高さはどこかの誰かから見た記憶があったが、思い出せなかった。


「では、陛下、早速。エディス、セプルベダ、用意はいいか?」


「いいえ、弾込めがまだです」


 シャヒードは急に不安になった。


「え? 弾は?」


 ニケがポーチから二発取り出した。


「ここだよ」


「ああ、ニケが持ってきてくれたのだな」


「うん。これは私の責任だからね」


 シャヒードはニケの言い様に微笑んだ。


「ああ、そうだな。ニケ」


 ニケが弾をエディスとセプルベダに一発ずつ渡すと、エディスが言った。


「シャヒード殿、弾込めからが実演と私は思っています」


「確かにな……陛下、よくご覧になってください。弾を込めるスピード、そこから発射する時間、それに、あの鎧に当たった時どうなるか」


「ふむ。承知した」


 公王フィルポット一世の顔は心なしか紅潮しているようだった。


「では、陛下、始めます」


 エディスはそう言うと、弾を筒の先から入れて、ロッドでそれを押し込む。その間、ほんの数ミティック。エディスもセプルベダもほぼ同時に構えると照準を合わせた。


 バン! という音がほぼ同時に二回起きると、およそ三〇〇ミノル先に立てられた鎧立てが少し動いた気がした。


 すると、公王は驚愕の顔の後、怪訝そうな顔に戻った。


「いや、音と火には驚いたが……で、どうなったというのだ?」


 セプルベダが応えた。


「陛下。それは、あの的になった甲冑をご覧になっていただければ、と」


「なに! 余はまたあそこまで戻るのか!?」


「はい。大変恐縮でございますが」


 セプルベダも公王に「歩け」というのは忍びなかったが、何なら背負いましょうか、とも言えずに公王に先んじて歩き始めた。自分が撃った銃弾は間違いなく当たっている自信があった。



 ◇



 美しい花壇の真ん中に立つ銀の甲冑が昼後の日差しを浴びて、きらきらと輝いている。


 いつの間にかセプルベダを追い抜かした公王は、出来るだけ花を倒さないように気を付けながら、花壇の中心に向かって進む。その姿は傍から見て滑稽だったが、本人はそんなこと一切構わないようだった。


「陛下、そのようなことなさらずとも、私がここに甲冑を持ってまいりますので」


 衛兵の一人が公王を止めるが、彼は聞き耳も持たない。


「お前たちが入れば、花壇が荒れるではないか」


 そう言いながら、前に進んでいた公王が、突然止まった。


「シャヒード殿、あの、頭の部分に空いた二つの穴。あれがそうなのか」


「はい、陛下、その通りでございます。もし、誰かがあの甲冑を着ていたなら、甲冑は意味をなしておりませんでした」


「なんと、これは恐ろしい武器じゃな」


「ええ、それを陛下に百丁差し上げます。いいえ、都合九十八丁になります。二丁はオーサークに持ち帰り、製造サンプルにしたいものですから」


「百も九十八もさほど変わらぬ。で、あの弾という奴だ。あれが弓矢における矢なのであろう?」


「陛下、その通りにございます。ただ、あれは矢のように簡単に作れるものではございませぬ。だから、オーサークなのです。鉱山街でしか作れないものですから」


「あれはどの程度持ってきているのだ?」


「一千発程度は持ってまいりましたが、旅の途中で狩りなどで多少消費いたしました」


「構わぬ。それも置いて行くのであろうな?」


「ええ、そうでなければ持ってきてはおりませぬ」


「よし! 話は全てまとまった。コルテ、余の代官をオーサークに派遣する。推挙せよ」


 急に誰かを推挙せよと言われて頭を巡らせるコルテはしばらく考えた後、ある男の顔が浮かんだ。


「……セイラン侯爵が、いや、もう家督を譲りましたので、セイランの御隠居が……あくまで彼が受けてくれれば、ですが」


「インゴか。受けるに決まっておる。息子に任せた国元にも帰らずにパーネルで遊んでおるのだから。断ってきたら余が対応しよう」


「セイラン様であれば、シュッヒ伯爵とも馬が合うはずですし、陛下の意図を読んで、オーサークを新しい兵器の工場に作り替えてくれるはずです」


「うむ。コルテ、分かっておるではないか。……というわけだ、シャヒード殿。このパーネル城であと二、三日、皆でゆっくり過ごしてはくれぬか。コルテがすぐにセイランを捕まえてくるであろうから、それまで待って、奴と一緒にオーサークに戻ってほしい」


「はい、陛下、かしこまりました。……ただ二つだけお願いの儀がございます」


「ん? なんだ?」


「はい。私の個人的な話になり恐縮なのですが、オーサークに戻って、数日、この移民団の皆が落ち着きましたら、私はこのお役目を御免して、ファルハナに戻りたいと考えております。つきましては、このジン、異国から鉄砲を持ち込んだ男です。信に厚く義を貴ぶ男です。彼を、移民団の代表としてご待遇いただければ、と存じます」


 ジンは寝耳に水だった。


「お、おい! シャヒード!」


「私語は慎め、ジン。陛下の御前であるぞ」


(くっ、シャヒードめ、謀りやがったな)


 ジンはただうなだれるしかできなかった。


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