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90. オーサークの街へ【更新マップ画像あり】

 アクグールの街は、街と言うのもおこがましい程の街だった。


 街道に沿って、半ノルほど商店が街道に面してあったが、それっきりだった。マイルズたちは先に入っていたので、それを知っていたが、ジンやニケはがっかりしていた。


「なんだか国境の街と言えばもう少しなんかあるかなと思っていたのだがな」


「……でも補給が出来るんなら、贅沢は言えないね」


 入国許可の出た今日だけは、ここで物資を補給したり、野営の垢を落としたりすることにして、結局翌日早朝に出発することにしたが、街の規模が小さすぎて、全員の宿を見つけることが出来ず、結局、ジンやファウラーなどの体力のある大人の男たちを中心に、また国境をサワント公国に抜けて、野営することになった。


 朝七つに検問所をスカリオン公国側に抜けたところで全員集合で、と言う話になった。ジンとニケもサワントのキャンプで最後の一晩を過ごすことになった。


 ジンは手早く焚火を起こすと、ニケが夕食の準備を始める。アクグールで買った鹿肉がメインだ。すると、周りからキャンプで一泊することに志願したり、強いられた連中が集まりだした。


 ヤダフとモレノ、と彼らの弟子たち。それに木型師のベントン、マイルズ、ファウラー、カルデナス。子供なのにカルデナスと離れたくないチャゴも来た。


 シャヒードはアクグールの衛兵たちがお詫びに一晩もてなしたいということでアクグール側で今晩は過ごすことになった。


 ヤダフがアクグールで買ってきたワインの樽から自分の杯になみなみとワインを注いでいる。するとヤダフやモレノのドワーフの弟子たちもすぐにそれに続いた。


 昼後五つには暗くなり出した秋の空の下で、なんとなく宴会が始まった。

 カルデナスもワインを飲み始めると、彼もだんだんと饒舌になり始めた。

 

「で、俺は言ったんだ。舳先を沖に向けろ、って」


 チャゴがすぐに言葉を挟んだ。


「カルデナスさんがいなければ、俺たち、みーんな死んでたよ」


 ニケがカルデナスに訊いた。


「カルデナスさんはなんで舳先を沖に向けることにしたんですか?」


「猫の嬢ちゃん、そりゃ船乗りの勘、ってもんだよ。……まあ、それだけでは納得できないだろうな。ちょっと説明すると、あの時、何か大きな力が沖の方で働いたのが分かった。それが何かはその時は分からなかったが、大きな力ってのは風の場合もあるし、波の場合もある。そういう時は、船はそっちに向いてないと簡単に横転するんだよ」


 ジンも口を挟む。


「カルデナス殿、彗星が落ちて、波が来る前に何かがあった、ってことか?」


「ああ、ジンさん、そうさ。何かスーッと空気が流れたんだ。ああいうときは危ないな」


「カルデナス殿はそういう経験が前にもあったのか?」


「アスカからイスタニアに向かっている途中に台風に出くわしたことがある、あの時だって、前兆でスーッと大気が動くんだ。これは説明では感覚は伝わらないけどな」


「やはり船乗りの勘、ってのは経験に裏打ちされているのだな」


 カルデナスは少し照れて応えた。


「そんな大げさなもんじゃねぇよ」



 ◇



 キャンプで過ごす男たち――ニケが一人だけ女性としては混じっているが――の顔が酒によってか焚火のせいか、赤くなってきたころ、チャゴはあの地獄をカルデナスとともに乗り越えて本当によかった、とひしひしと感じていた。


 強い味方たち、食料と飲料水に苦労しない準備の良さを考えれば、野営の辛さなんてなんてことない。


 秋の澄んだ空気に自分の息が少し白くなった。空を見上げると、真ん丸の月がまぶしいほどの光を放っている。


 その月明かりに照らされて、黒い影がいくつも空に見えた。


「あ、あれ!」


 チャゴが思わず声を上げて指をさすと、キャンプの皆もチャゴが見ている北の空を見上げた。


 ジンも目を眇めて遠く北の空を見ると、確かに何かが見える。


「鳥にしては大きいな」


 剣士ファウラーはあの大きな飛行生物に思い当たる節があって、呟いた。


「帝国かもな」

 

「ファウラー殿、帝国とは?」


 ジンが訊ねると、ファウラーは説明し始めた。


「ありゃ竜だと思う」


「竜!?」


 ジンは驚いた。竜の概念は日本にももちろんあったが、それらはすべて伝説の類だ。


「ああ、竜と言っても小さい竜だがな。ワイバーンと言ってな、人に飼いならされた小さい飛行竜だ」


「で、それがどう帝国と関係が?」


 一瞬だけ間をおいて、ファウラーは説明し始めた。


「帝国はワイバーンを戦争や斥候に使うんだ。あれは斥候だと思う。津波の情報はとっくに帝国に入っているんだろう。辺境公国群の状態によっては、いずれかの公国をぶち破って、今のうちにアンダロスに攻め入りたいんだろう。けどもうすぐ冬だ。すぐには動かないとは思う。今はその様子見なんじゃないかな。というのは……」


 ファウラーの説明は続く。要約するとこうなる。


 帝国から見ればアンダロス北東部は魅力的だ。今回の津波の被害とも無縁で、アンダロス北部の港町イルマスは冬も凍らない。


 帝都ゲトバールから、バハティア公国、スカリオン公国をぶち抜いて南下すれば、イルマスにたどり着く。アンダロスが津波の被害を受けていなければ、当然近衛兵団や周辺の貴族領の兵がイルマスに応援に掛け付けて、これを落とすのは至難の業だろう。だが、今も変わらず健在なのはイルマスのイスタニア艦隊だけで、陸からの侵入を防ぐ軍備をアンダロスが揃えられるとは思えない。


 だが、これから冬だ。帝都ゲトバールの港はあとおよそ四十日もすれば凍り始める。イスタニア湾の海軍と、バハティア街道を南下する陸軍での両面作戦を取ろうと思えば、氷が消える春まで戦は待たなければならないだろう。


 ファウラーはここまで話してから、思いついたように、戦慄すべき内容を告げて、この長い説明を終えた。


「あ、そうだ。これは重要なことだがな。今俺たちが進んでいる、この〈国境街道〉にバハティア街道がぶつかるポイントのすぐ東が俺たちの目的地、オーサークだ」


 ファウラーの説明を聞いて、ジンは、また戦争が自分の周りに近づいてきている状況に、いいかげんうんざりした。



 ◇



 翌朝、移民団は公式な許可をもらって晴れて東への移動を再開した。


〈国境街道〉は二五ノルごとにアクグール規模の宿場町があって、移民団は宿場町でしっかりと休養と補給をしながら、東へと進んだ。


 出発して十三日目にオーサークの街が見えてきた。冬、雪が降りやすいこともあって、切り立った屋根の建物が多い。オーサークは街道町が発展した街で、東西に長い。


 西門と東門は街道と直結している。北門はスカリオン公国内に張り巡らされた道の一つに繋がっている。南門はなく、南側が領主館となっていた。


 移民団は西門が見えてくると、自分たちの目的地にやっとのことで着いた安心感と、これから始まる新しい生活に期待して口々に話し始めた。


「ジン! やっと見えてきたよ!」


 ニケも興奮している。だがファウラーの話が耳から離れないジンは素直に喜べない。この街が戦場になるかもしれないのだ。


「ああ、そうだな」


 ニケはそんなジンの反応にすぐに気が付いた。


「ジン、どうしたの?」


「いや、なんでもない。大丈夫だ」


 ジンはニケにまでこの不安な気持ちを味わわせたくなかった。


「ふーん。変なジン」



 ◇



 入街はいたってスムーズだった。アクグールで正式な許可をもらっていたので、道中宿泊した宿場町の数々と同じ対応だった。ただ、違ったのはここは最終目的地だ。みんなここの宿に泊まりに来たのではなく、ここに住みに来たのだ。


 もっとも、主要メンバーたちは一晩泊まって、公国の都であり港町でもあるパーネルまで行って、公王の謁見を賜ることになっていた。


 大量に持ち込んだ鉄砲と共に、パーネルまで行くのは、ジン、ニケ、マイルズ、シャヒード、それに職人のヤダフとモレノ、銃撃手のエディスとセプルベダ、そこになぜかチャゴとカルデナスが加わった。


 付いて来るチャゴとカルデナスを見て、シャヒードは思わず聞いた。


「カルデナス、国王の謁見と鉄砲の披露がパーネル行きの目的だ。お前たちがなぜ付いて来る?」


 カルデナスはなんでこんな当たり前のことが分からないのか、と言わんばかりに返答した。


「シャヒードさん、俺たちは船乗りだぜ? 近いとはいえ内陸のオーサークには用がない」


「ああ、なるほど、そういうわけか。お前たちはオーサークではなく、パーネルに落ち着こう、ということだな」


「そうですよ。ま、雇ってくれる船があれば、だけど」


「外海で航海長までやっていたお前なら大丈夫だろう」


「いや、俺は甲板長だったけどね。まあ、いいです。とにかく、この道中も世話になります」



 ◇



 オーサークに残る方で、領主と交渉したり、居所を決めたりと言う大変な作業を引き受けたのはバルタザールだった。この移民団には文官がいない。ここに来て、そう言うことが出来る人選が抜けていたと感じるバルタザールだったが、彼はただの衛兵としてはこの辺りの仕事に有能だった。


 まず、一番最初に決めなければならなかったのが職人たちの仕事場だった。これについては、この移民団のおおよその目的を聞いていたオーサークの領主である、シュッヒ伯爵が便宜を図ってくれた。


「まあ、まずはその鉄砲とやらが自由に作れる環境をそろえてやらねばなるまい」


 シュッヒ伯爵は先代伯爵が四十代半ばで急に物忘れがひどくなると、配下たちの説得もあって、二十二歳の時に伯爵を相続した。それから十年。三十二歳になった伯爵だったが、精力的に政務を行っている。


 オーサークは、小さい街ではあるが、バハティア街道と国境街道が交わるポイントにほど近い鉱山街でスカリオン公国全体にとっても重要な街だ。そんな街と周辺の農地を預かる領主としては、今般の津波やそれに乗じた帝国の思惑は胃の痛い問題だった。


 伯爵家当主としては若く、舐められやすいのを気にして、最近伸ばし始めたあごひげを左手でも見ながら、思案に暮れていた。


 今や、帝国がスカリオン公国に侵入したとして、アンダロス王国からの援軍を望める状態ではない中で、緩衝地帯としての公国群がまさにその役目を果たさなければならない状況になっているのだから。


 彼はこの鉄砲とかいう新兵器の話を聞くまでは、帝国軍に無害通行権を保証して、勝手にアンダロスに攻め込ませるということまで考えていたのだ。むろん、そうなれば、スカリオン公国もオーサークの街も事実上の帝国の版図に加えられるも同然だったが、シュッヒ伯爵としては、それでも帝国の軍勢に皆殺しにあうよりはましだと感じていた。


 しかし、ここに来ての〈新兵器〉である。なんでも素人の兵が三〇〇ミノル先の装甲兵を倒せるというではないか。シュッヒ伯爵は最悪、この移民団とその鉄砲とやらを帝国に突き出せばいいし、実際に鉄砲が役に立つのであれば、帝国を返り討ちに出来るのかもしれない。で、あるなら現時点ではこの移民団を、とくにその技術集団がいかんなく実力を発揮できる設備を速やかに渡す必要があったのだ。


 そんなわけで、ヤダフにもモレノにもファルハナの自分の工房に比べても遜色がないどころか、それ以上の工房が明け渡された。



 ◇


 到着当日は皆のとりあえずの落ち着き先の宿や職人たちの新しい工房の引き渡しに明け暮れた。

 夜も更けてくると、移民団の皆は三々五々、あてがわれた宿に入ると、すぐに寝入った。皆、疲れていたのだ。


 翌朝、港町パーネルに向けて出発する一団と、バルタザールが東門の前にいた。


「では、バルタザール、頼んだぞ」


 シャヒードはバルタザールにそう言うと、一台の馬車にニケ、チャゴ、カルデナス、それにヤダフとモレノを押し込むと、その一台に三〇丁、もう一台の馬車には鉄砲七〇丁と食料や飲料水などを積み込んで、オーサークをパーネルに向けて出発した。


 ジン、マイルズ、シャヒード、それにエディスとセプルベダはそれぞれ馬に乗り、馬車を護り囲む形だった。


挿絵(By みてみん)

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