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89. 東へ

 マイルズの商談の結果を聞いたファニングスは喜んだ。予算五十万ルーンの内、二十万がファルハナへの食糧支援に費やされるが、もともとそれも予算に入っていた。


 穀物にして、一五〇ラグ、この冬を越すためには全く足りない。しかし、これでも大きな助けになるはずだ。


 ファニングスにとって、マイルズは信頼に値する男で、それに数字の計算が出来ることが分かった。それでマイルズに移民団の予算管理を任せて、自分はこの街に残り、フリーデル商会と共に同行することにした。やはり、ラオ男爵家代官領までこの大切な食料を届ける方が移民団と共にオーサークに向かうよりも大切なことと思えたのだ。


 そんなわけで、彼は結局、移民団から離れることになった。マイルズには先々の街で食料が買い付けられる機会があれば、買い付けるように言い残した。


 一団は翌朝、ファニングスをルッケルトに残して出発した。

 ここから先は国境に沿って走る〈国境街道〉をひたすら東に向かうだけだ。



 ◇



 野営や宿場街で夜を明かしつつ、四日進むと、サワント公国とスカリオン公国の国境が見えてきた。


 国境が見えてきた、と言っても何かあるわけではない。比較的良好な両公国の関係を反映して、国境には低い木の柵が設けられているだけだったが、街道が国境を超えるポイントはそういうわけにはいかない。しっかりと検問所が設けられていた。検問所の向こうのスカリオン公国側には小規模な国境の街がサワント公国側からも見えた。


 シャヒードは荷駄隊に先立って、検問所に入っていった。


「ラオ男爵家の騎士シャヒードです。荷馬車が十台、総勢六十四人の入国許可を願いたい。仔細はこの公王陛下に宛てられた親書にあります」


 衛兵は驚いた。これだけ大規模な入国許可はそう見られない。せいぜい荷馬車が五台の大商人の商隊が通常受け入れる最大規模だ。人数に至っては六十四人とは驚きだった。


「それは親書ですので、衛兵殿にはこちらの入国にあたっての手紙があります」


 シャヒードはそう言って、ラオ男爵から預かっていた手紙を親書とは別に衛兵に渡した。


「お預かりいたします」


 衛兵は手紙を開くと「失礼」と一言呟き、文面に目を落とした。

 シャヒードはただ衛兵の前に立って、彼の様子を窺っている。

 シャヒードは衛兵の目が見開かれたかと思えば、眉間をしかめたり、頷いたりと忙しく変化する表情の変化を楽しんでいたが、突然、顔を上げてシャヒードを見た。


「これは誠のことでありますか?」


「ええ、そこに書かれている通りのことです」


 衛兵はこの寒いのに額に汗を浮かべていた。


「私では判断できません。入国許可は保留、とせざるを得ません」


「判断はどなたがされるのですか?」


「ひとまず、入国についてはこの国境の街、アクグールの領主、シュマック子爵がなされます。一日二日程度はかかるかもしれません」


 シャヒードはある程度までこの展開を予想していた。


(さて、国境を前にして、何泊させられるか……)



 ◇



 街道の周りには検問所で足止めを食らって越境を出来なかった人々が野営が出来るスペースがあったので、荷馬車をそこに停めて、移民団六十四人は野営をすることになった。


 野営場で二日待っても何の音沙汰もなかったので、シャヒードは再度検問所に赴いた。


「衛兵殿、領主様のご判断はいかがか?」


「それが、大変申し訳のない事態になりまして」


「と、言うと?」


「領主様ですら判断がつかない、という次第で、今、早馬がパーネルに向かっている最中です」


 シャヒードは驚いた。ひとまず入国させて、アクグールの街で留め置くなどの方法があるだろう。なのに、不自由な野営を長期間にわたって強いるとは考えられなかった。


「なんと! それでは我々はここで二十日ほども待たされるわけですか?」


「いえ、そんなにはかかりません。ここからパーネルまではおよそ三五〇ノルですので、早馬だと三日でパーネルに連絡がつきます」


 シャヒードはまたもや驚いた。馬は常歩(なみあし)でおよそ一日六〇ノル、これが最大距離だ。それだとだいたい六日から七日かかるはずだ。なのに衛兵は三日で行ける、というのだ。


「それは早いですな?」


「伝馬、って聞いたことないでしょうか? 東西に長く広がるスカリオンでは必須の設備でして、これが備わっております。およそ一〇ノルごとに厩舎があって、馬を乗り継いでいきますので、駆歩(かけあし)で馬を駆けさせられます」


 シャヒードは感心した。なぜアンダロスではそんな簡単なことすらできなかったのだろうか? こういう仕組みがあれば、情報はもっと早く王都と辺境の間でやり取りが出来たはずだ。とはいえ、往路三日、判断を取るのに一日、復路三日、うまく行っても公王の判断がここに帰ってくるまで七日もある。六十四人もいると、食料の消費は馬鹿にならない。


「それは優れたやり方ですな。とはいえ、せめてアクグールには入らせてもらえぬだろうか? 食料の備蓄の問題もあるのだが」


「本当に申し訳ございません。それは出来かねます」


「……で、あれば、せめて数人だけでもアクグールに入って、食料と水の調達をさせてもらえないだろうか?」


「そう言うことであれば、領主様の判断でもなんとかなるかもしれません。早速、人をやって、判断を仰ぐことにいたします」


「ぜひ、頼む」



 ◇



 結局、四名のみの入国許可が出て、翌日から馬車一台で食料と飲料水の調達が可能になった。


 この知らせを聞いて大いに喜んだのはヤダフや彼の弟子たちだった。


「おお、それは良かった。で、誰が街に入るんだ?」


 シャヒードが答えた。


「マイルズにバルタザール、あとファウラーとカルデナスだ」


「シャヒード殿、自腹を切っても問題ないので、エールかワインを樽で買ってきてもらってもよいか?」


 シャヒードは酒がなくなって、主にドワーフどもたちだが、人間も寂しい思いをしているのを知っていた。


「まあ、荷馬車は一台しか入れないから、それに乗るようであれば問題ない」


「おお、シャヒード殿は話の分かる人間だな」


 なんだか、人間は話が分からないと言われているような気もしたが、シャヒードはただ無言で頷いて、マイルズたちに指示を出した。



 ◇



 移民団は結局七日間、かなり夜は冷える季節になってきたが、焚火や簡易テントを設けたりして寒いながらも、移動を伴わない長閑なキャンプを営んだ。


 その間、さすがに鉄砲の訓練はできないが、弓矢の訓練に多くの移民団員たちが参加した。結局のところ、後ろ盾と言えばラオ男爵家しかない集団だ。そのラオ男爵とも遠く離れ、助けを呼ぶわけにはいかない。何かがあれば、武力こそが自分たちの身を守る手段なのだから、皆の訓練に対する意欲は高かった。


 弓矢ではグプタ村の子供たちが才能を発揮した。リアもエノクももともと適性があったのか、弓矢に関しては弓使い姉妹スィニードとロッティが賛辞を贈るほどだった。


 そんな姉とは異なり、トマはマルティナとのツツの取り合いで忙しかった。


 ニケはこの時間が本当に貴重に思えた。グプタ村を野盗から守ったのがほんの三カ月少し前だ。そのグプタ村を二週間ほど前に再訪して、村民たちを脱出させた。その前にはフィンドレイの襲撃に、ファルハナの脱出。もう、ずっと何かがあり続けたのだ。


 少し、寒いのは身に堪えるが、このゆっくりと時間が流れる感覚は森の小屋以来だった。それに、このキャンプには幼馴染のチャゴいる。チャゴと昔のことや、ファルハナでのこと、グプタ村でのことなどを話していると、まるでチャゴとはずっと一緒にいたような感覚になった。



 ◇



 ジンは、と言えば、本当に何もしていなかった。酒に弱いのにヤダフに付き合って、飲んでは二日酔いになり、ツツの要求に応じて、街道から離れてツツと散歩したり、後はおおむね、寒くないように服を着ぶくれするぐらい何重にも来て、馬車の空きスペースで寝ていた。


 マイルズはカルデナスらと共にアクグールの街から食料や飲料水、それに酒の調達に忙しく、ジンの暇つぶしの相手にはなってくれなかった。


 せめてファウラーと剣の稽古を、とも思ったが、彼も調達担当だった。


(こういう時間も必要なんだ)


 ジンは、まるでただ食料を消費するだけの役立たずになった気分を自分で慰めるように、そう自分自身に言って聞かせていた。



 ◇



「シャヒード殿、シャヒード殿はおられるか?」


 国境の衛兵が、キャンプに訪れた。


「ああ、衛兵殿、ようやく返事が聞けるのだな?」


「はい、長い間、不自由をおかけいたしました。公王陛下がパーネルにて皆様の到着をお待ちです」


 シャヒードは十中八九大丈夫だとは思っていたが、結局八日もまたされて、さすがに焦りだしたところの知らせだった。


 六十四人の移民団はやっとのことで国境を越えてアクグールの街に入った。


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