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87. 脱出

 マイルズはその軽い言動に似合わず、有言実行の男だった。きっちり五日でグプタ村の総人口十二人が乗れる荷馬車を曳いてやってきた。


 ノーラ――馬の方のノーラだが――は荷駄隊に預けた。ノーラは早いが、あまり力はないので、馬車馬には向かない。


 幸いにしてクオンの熱もほとんど引いており、血色もずいぶんよくなっていた。エディスとバルタザール、それにエノクとリアが森の浅いところに入って、鉄砲で狩りをした。この獲物の数々が一時的に村のみんなの栄養状態を劇的に改善したのも、クオンの早い回復の大きな一因だった。


 生き残った五人の老人と、クオン夫妻、娘リア、息子トマ、アシュレイとその子ベイロン、今は亡きサミーの忘れ形見、エノクの十二人は、武器以外はほとんど何も持たずに荷馬車に乗り込んだ。



 ◇



「いいか、あくまで荷馬車だからな。めちゃくちゃ揺れる。ピクニック気分ではしゃいでると舌を噛み切るからな。気を付けてくれ」


 マイルズは乗り込んだみんなに注意を促した。ジンとは違い、こっちは必要な注意だ。グプタ村のみんなは頷くと馬車がゆっくり動き出した。


 ジン、エディス、バルタザール、それにマルティナは自分の馬に乗っている。


「エディス、マルティナ、どうやら魔物もそう頻繁に来るってわけじゃなさそうだから、先に荷駄隊に戻っておいてくれないか?」


 ジンは、マイルズとバルタザールがいれば多少の敵は防げると感じていた。バルタザールもグプタ村での留守番中の狩りで、鉄砲の扱いがかなりうまくなっていた。


「ジン、それこそあっちは五十人近くいるのよ。あっちの方が心配ない」


 エディスは狩りで浅いとは言え森に入っていたことから、魔物の多さに少し異常を感じていたので、ジンの意見に反対した。


「エディス、あっちは五十人とはいえ、ほとんどが非戦闘員だ」


「ジン、あんたねぇ、鉄砲ってなんなのさ? 作ったあんたが一番わかっているでしょうに」


「……確かにそうか」


 ジンには自分の勝手――グプタ村のみんなを救うという――で、戦力を荷駄隊から引き離したという引け目を感じていたので、出来るだけ早く荷駄隊に少しでも多くの戦力を戻したかったが、エディスの意見はもっともだ。鉄砲があれば、素人だって戦力になりえる。他人の意見に自説を素直に変えられる柔軟性がジンにはあった。



 ◇



 グプタ村を三十ノルほど街道に向かって進んだところで野営となった。


 クオンが元気になったことで五歳の息子トマはいつものトマに戻ってツツに『騎乗』して野営の焚火の周りをぐるぐると歩いている。ツツも軽くて可愛いトマに乗られても全くいやな気がしないどころか、なぜかちょっと得意そうに、トマを乗せたまま、ジンやマイルズの前に来て、止まる。


 マルティナはツツをトマに取られてちょっと機嫌が悪い。そんなマルティナをエディスが楽しそうに見ている。


 すると、ツツが上に載っているトマへの気遣いを全く見せずにピタッと止まって、グプタ村の方向を見た。急に止まられて、トマは前につんのめりそうになった。


「もう! ツツ!」


 トマは抗議の声を上げたが、母親のシアがツツの異常を察知して、トマを抱き上げた。シアは何度もツツがこんな反応を見せるのをあの二十日余りの同居で見てきた。ツツは無駄にこんな動きをしない。


「ツツ?」


 ジンもおよそ敵襲であろうなと思いながら、ツツに話しかけた。


「ウウーッ」


 ツツはそんなジンを見ることもなく、グプタ村の方向に向かってうなり声をあげた。ジンは立ち上がって、遠くを見た。月明かりに照らされて、多数の黒い影が緑の丘陵を登って来るのが見える。暗いし、遠すぎてそれが何かはっきりは見えないがおおよその見当は付く。ゴブリン、あるいは悪い場合だとオーガだろう。


「みんな、戦闘準備。アシュレイとシアは長槍を持って、ここで待機、やつらがここまで来たら子供たちと老人たちを守れ。マイルズと俺は突出する。エディスとバルタザールは鉄砲を準備。そして、マルティナ、お前はエディスとバルタザールと同じところにいて、鉄砲の装填の間、魔法で支援してくれ」


 マルティナは『支援』と言われて、見くびられたと思った。


「え!? ジン、それ本気? あんなの私一人で殲滅できるよ!」


「マルティナ、そういうのは後にしてくれ。今は俺の言うとおりに頼む。頼りにしているから」


 ジンはきつめの口調でマルティナに言った。こんな話をしている間にも、黒い影の集団は五〇〇ミノル近くまで迫って来た。


「四十体ほどもいるか……あれがもし俺たちがいない間にグプタ村に来てたら、みんなあいつらの胃の中に納まっていたな」


 ジンは思わず口にしたが、グプタ村の人々は戦慄した。


「ジン、そろそろ、射程圏内だよ。四〇〇を切ったら打ち始めるからね」


 エディスが照準器に左目を合わせながら、言った。


「ああ、頼んだ」


「撃つよ」エディスが呟くと、一回目のミニエー銃の咆哮が静かな夜に響き渡った。


 遠くで影が一つ、倒れた。


 マルティナが興奮している。


「え!? え? 何今の? 三五〇ミノルは離れていたよね?」


 誰も返事しない。無言でエディスが次弾を装填する。

 バルタザールも発砲したが、当たらない。

 ジンはまだ驚いているマルティナに注意を促した。


「マルティナ! 二〇〇を切れば広域電撃魔法が打てるのだろう?」


 マルティナも我に返った。


「うん! 任せて!」


 そう言う間にエディスがもう一撃、また一体が遠くで倒れた。続いてバルタザールも発砲すると、今度は命中した。まだ距離は二五〇ほどもあるのに、だ。


 いよいよ二〇〇を切りそうになると、マルティナは魔法の発動準備である詠唱を始めた。


 その間にも、一体、また一体とエディスとマルティナが魔物を葬っていく。


 と、その時、遠く、魔物の集団の頭上の暗闇を一瞬切り裂いて、白い電光が走ると十体ほどの黒い影が倒れて動かなくなった。


 もうすでに向かってくる敵は二十体ほどになっている。ジンはマルティナに訊ねた。


「マルティナ、あと何発撃てる?」


「うーん、あいつら走るの早い! もう一発かな」


 マルティナはそう言うとまた詠唱を始めた。


「マイルズ! 前に出るぞ!」


「おう!」


 ジンとマイルズが前衛に立つ。マルティナ、エディスやバルタザールが打ち漏らした敵をここで葬る。


 黒い影はずいぶん近くなってきて、その姿がはっきり見えるようになってきた。やはり、オーガたちだ。


 エディスとバルタザールが冷静に一人ずつミニエー銃で葬ってくれている。すでに十六体にまで減った。


 まともや、ジンの目前で、と言っても一〇〇ミノルほどの距離はあったが、突然放電現象が起きるとバリバリと言う空気を切り裂く音が聞こえて、十体ほどのオーガを葬った。


「げんかーい!」


 マルティナが叫んだ。距離的にも魔力的にも、あれがやはり最後の広域電撃魔法だったのだろう。


 ジンも叫んだ。


「マルティナ、エディス、バルタザール、後ろに下がりつつ、装填、撃てるだけ撃て!」


 マルティナは残り少ない魔力で打てる個別撃破魔法に切り替えて、撃ち始めたが、残り少ない魔力の為か、威力が足りないようで、当たっているのに、オーガたちは一度倒れては起き上がって襲ってくる。


 エディスとバルタザールも後ろ後ずさりしながら、装填しては、止まって構えて、射撃を繰り返している。


 ついに四体がジンとマイルズの前にたどり着いた。マイルズは槍を突き出し、オーガの眉間に突き刺すと、そのまま槍を突き刺したオーガの腹に右足で蹴りを入れた。そうやって、突き刺さった槍の穂先を引き抜き、もう一体に狙いを定めたが、そのオーガはマイルズの横を、後衛のエディスやバルタザールに向かって駆け抜けていった。


 ジンも同様に、〈会津兼定〉を一閃して、オーガの右脚を斬り離すともう一体に狙いを定めたが、そのもう一体はジンを無視して後方のマルティナたちに襲い掛かった。


「マルティナ!」


 ジンが叫ぶと、マルティナは恐怖にうずくまった。エディスもバルタザールも銃の装填が間に合わない。


 と、その時だった。マルティナたちに迫る二体の内、一体が強力な右腕を振り上げたところに、ツツは飛び上がってその攻撃をかわしてから、再度飛び上がって、オーガの喉笛を噛みちぎった。同時に二本の矢がもう一体のオーガの眉間に同時に突き刺さった。リアとエノクだった。


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