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77. ファルハナの新たな危機

 朝食もしっかりと宿泊施設で食べられた二人はさほど時を置かずしてファルハナに向けて出発することになった。シャンテレ村はファルハナに近い。二人は昼前にはファルハナに到着した。


 門をくぐる前にマルティナが城壁の破損に気が付いた。


「なんだか物騒なことになってないか、ジン?」


「ああ、物騒なことが起こった。撃退したがな」


「ふーん」


 一応、木の柵で簡易的に補修されていたが、まともな戦力が来た場合はこのままではいろいろと問題があるのは一目瞭然だった。


 南大門に到着すると、かつてジンとニケが初めてこの街に来た時とは全く異なり、門は閉じられていた。


 門前に行くとバルタザールが出てきた。


「ジン! よく戻ったな。みんな待っているぞ!」


「ああ、ただいま。客人がいるが、バルタザール、大丈夫か?」


「ああ、客人も重要な情報源だ。通ってくれ」


 大して長く街を離れたわけでもないのに、ジンは門をくぐり、南大門前広場にでると、懐かしさを覚えてしまっていた。


「「ジン!」」

「ワオーン!」


 そこにはラオ男爵、ニケ、それにツツがいた。

 ずっと南大門の衛兵詰め所で朝から待っていたようだった。


「ニケ、ただいま! ラオ様、復命いたしました」


 ツツは早速、ジンに飛びついて、両前脚をジンの肩に掛け、嬉しそうにジンの頬を大きくひと舐めした。


「ジン! お帰り!」

「ジン、よく戻った。で、そのお前の後ろにいる子供は誰だ?」


「この子はマルティナ殿……王宮魔導士です」


 ジンはあえて〈見習い〉を付けなかった。

 マルティナはマルティナで、この四日間で随分と親しくなったジンが、自分には見せたことのない表情でニケと呼ばれた獣人と、ラオ男爵と呼ばれた貴族らしい女を見ているのに、なんだか自分でもわからないほど不思議な感情が沸き上がってきた。


(嫉妬? ……まさかね)


「マルティナです。魔導士です」


 マルティナはニケと言う獣人と一緒にいる狼も気になって仕方がなかったが、かろうじて短い自己紹介を終えた。


 ラオ男爵が切り出した。彼女は昨晩、シャンテレ村の衛兵から報告を受けると、朝早くに身支度して南大門まで来てジンの到着を今か今かと待っていたのだ。


「ニケ、すまないが、ジンはまだ任務が終わっていない。このまま、南大門の詰め所で報告を受ける。ニケは領主館の迎賓館に戻っていてくれないか。後で呼びに行かせる」


 ニケは特段寂しがることもなく、素直にツツと一緒に領主館の方向に目抜き通りを歩き始めた。


「うん、わかった。ジン、じゃ、あとでね」


 そう言うと、歩き始めたニケは、振り返って、一度だけジンに手を振った。



 ◇



 ラオ男爵、ジン、マルティナ、それにバルタザールが狭い南大門の詰め所の小さな四人掛けの机に座っている。


 ここは南大門で不審なところのある通行者の聞き取りや尋問を行うスペースだ。


「では、ジン、報告を頼む」


 ダロスで実際に津波に遭遇した避難民であるカルデナスとチャドに出会った話、これは昨晩もシャンテレ村で衛兵に説明したが、一応報告をした。なによりも、マイルズやシャヒードと別行動になった理由、それにここに向かってくるとしたら、避難民の先頭は軍人たちになるだろうという推測などを説明した。


「その最後の部分、それは昨晩シャンテレの衛兵からも聞いたが、なぜ、そもそも避難民の中に軍人たちがいるのがわかるんだ? それに、その軍人たちが先頭になると推測するんだ?」


「ラオ様、これは拙者も見たわけではありませんが、もっともな話だと聞いていて思いました。拙者共ととここにいるマルティナ殿たちで助けたカルデナスという男がいるのですが、彼はダロスを脱出する際に、街道沿いに多く脱ぎ捨てられた鎧、甲冑を見たと言っているのです」


「なるほど。と言うことは王城もダメ、というわけか」


「かと思われます」


「では、他の避難民を差し置いて、軍人たちだけが先に到着するだろう、というのはなぜだ」


「これはカルデナスとともに脱出したチャドという獣人の男の子が言っておりましたが、この逃避行は相当過酷だったそうです」


「ふむ」


「彼らは王都から一八〇ノルも水の補給が得られなかったらしいです。彼らは特別ではなく、多くの避難民も同様のはずです。普通の民間人たちにはあまりにも過酷な脱出なのです。その点、常日頃から鍛えている軍人たちが歩くのも早く、先頭になっても何ら不思議ではありません」


 ラオ男爵は内心、これが間違いであってほしいと思った。これでは、最初に想定したうちの最悪のシナリオではないか。


「で、昨晩言っていた、最短で八日、一晩明けたから七日か、で、その先頭集団がファルハナに着くというのはどういう根拠だ?」


「はい。それはカルデナスとチャドの言い分が正しいという前提ですが、彼らは一日分ほどの距離を先頭集団に先行している、と主張しておりますので、そこから割り出した時間です」


 黙って聞いていた、マルティナもこれに関しては黙っていられなかった。


「カルデナスが言っていることは嘘ではないよ。私たちはホルストにいたから、最初から一〇〇ノルほどのアドバンテージがあった。けど、カルデナスたちはその私たちより先行するぐらい頑張ったんだからね」


 もはや、これらの情報に誇張が含まれないことをラオ男爵は悟った。間違いなく、軍人が先頭になって、このファルハナに早くて七日、遅くてせいぜい十日くらいだろうが、避難民たちが到達する。これを事実としてとらえて、対策、いや、判断になるだろう、それをラオ男爵は立てなければならなかった。



 ◇



 昼後はバンケットルームでの幹部会議になった。ジンはそれに先んじて、一度、迎賓館に帰って、ニケやツツと昼食を食べたり、旅の話をしたりした。一度、シャンテレで身綺麗にできたこともあって、さほど身支度には時間はかからなかった。


 ラオ男爵は頭の中で結論を出していた。到着するのがどんな集団であれ、ファルハナは敵対しない、と。それがどんな結末に導くかはまだ分からなかったが、軍人であっても避難民であることには違いがない。仮に彼らが武装して来たとして、これを打ち破ったとしたら、このアンダロス王国にファルハナが引導を渡す結果になってしまうだろう。そんな役目はまっぴら御免だと男爵は考えた。


「諸君、よく集まってくれた。皆も知っての通り、フィンドレイの襲来があって、この新生ファルハナは民政に関しては合議制だ。だが、今回の事態は軍がかかわる。これに関しては私の、いや、ラオ男爵家の意向に従ってもらう。それは先に言っておく」


 会議は一瞬、ざわっとしたが、すぐに静まってラオ男爵がこれから説明するであろう街の行く末に関する決断にギルドの代表たちは耳を傾けた。


「武装解除して、武器を引き渡すように、彼らに告げたい。そのうえで、先着にはなってしまうが、二万人を引き受けようと思う。なに、ファルハナの南には多くの街や村がある。そこで受け入れられた避難民たちもいるはずだ。何もダロスの総人口がここに押し寄せるわけではない」


 ラオ男爵は、道中で野垂れ死んだ人たちが多いはずだ、ということをジンの話から想像はしていたが、ここでそうとは言わなかった。


 商業ギルドの代表、主に食料品を扱う商会を営んでいるラングが口を開いた。


「ラオ男爵、商業ギルドとしては、いや、うちの商会としてはそれはもう儲かって儲かって仕方がない状況になりますが、実際問題として、二万人を引き受ける食料はここにはありません。周りの街も状況を聞く限り、食料をこちらに回せないでしょう。しかも、これから冬です。追加で作物を、なんて状況ではありませんので……」


 ラオ男爵にとって、ここは軍政として自分の考えに従ってもらおうと考えていた矢先にこの話だった。しかもラングの言うことは真っ当なことで、ないものはないのだ。お金の問題ではない。


「一万人ならどうか?」


「男爵、この街の人口は公式には五万人、実際は二万人を少し割り込んでいると食料品を扱う我が商会は考えています。必要な食料はそれに対しておよそ二割を積み増しして、取り扱っております。数に直しますと、二万四千人。これだけの人々が普通に冬を越せるだけの食料を我が商会やギルドに属する食料品を扱う商会で確保しておりました」


「では、四千人が限界だというのか?」


「いいえ、ラオ男爵、そうではありません。二万四千人が冬を越せるだけの食料など、実際にはこの街にはありません。通常の流通が成り立っているという前提で、二万四千人分の糧食を確保した、ということです。つまり、冬の間にも商隊は出たり入ったりしておりますので、そこからの食料が入ってくるはずでした。で、その商隊は、こんな状況で入ってくるのでしょうか?」


 ラオ男爵はハッとした。そうなのだ。周りの街や農作地、酪農地などにも避難民たちが押し寄せており、食料をファルハナに売る余裕などない状況に陥るはずなのだ。


「……それは、望めないな」


「であるなら、ちゃんと計算はしておりませんが、たぶん一万八千人が冬を越せる分。これが今、ファルハナにある食料になるはずです」


「受け入れできないどころか、今いる人たちの分も足りなくなる、ということか」


「大変申し上げにくいことですが、そうなります」


 会議はしばらくの間、沈黙に支配されたが、ラオ男爵が沈黙を破って口を開いた。


「北の公国群からの買い付けは可能なのではないか?」


 ラングは(その手があったか!)と思ったが、これは国禁に触れる。他国との貿易は禁じられているわけではないが、王国の許可制であった。


「それはアンダロス王の許可がいる案件になります」


「その王国の民を救おう、と言っているのだ。王とて否やはあるまい。不敬を承知で言うが、そもそも、王は生きておるのか?」


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