76. ジンとマルティナ
「というのが、俺の意見だ」
シャヒードはホルストから来た四人の冒険者たちにかまうことなく、ジンとマイルズにそう告げた。帰る場所を失ったマルティナたち四人に否やはあるまい。
ジンたちにとっても、彼らは重要だ。連れて帰れば、ファルハナに情報と強力な魔導士をもたらすはずだからだ。
しかし、シャヒードの意見に対するジンの考えは、その一部において異なっていた。
「シャヒード、俺は一部、反対だ。早馬で一番最初に帰るべきはお前だ」
シャヒードの予測の範囲内の反対意見だった。ジンはニケが心配で一番早くファルハナに帰りたい、ということはシャヒードは分かっていた。だからこそ、この侍は自分が最後まで任務に携わると言うはずと思っていたが、案の定その形になった。
「ジン、お前は避難民たちを見て、それがどこの貴族の軍だ、いや、これは近衛兵団だ、とか見てわかるのか?」
ジンが答えられないでいると、シャヒードが追い打ちをかけた。
「分かったろう。お前じゃ役に立たないんだ。だから、今わかっていること、これはお前にだってラオ様に説明できることだ。それをやってくれ」
少し間があって、ジンは頷いた。すると、シャヒードはこれまであまり意見をしてこなかったマイルズに向き直った。
「マイルズ、お前はまるで何も決定権がない、自分は従うだけだ、と思っているのではないか?」
「シャヒード殿、そりゃ俺はただの冒険者だからな。街の運営の意思決定にかかわることなんか、おこがましくて口出しできねぇよ」
「ふん。冒険者ですらないくせに。それはいい。だがな、ちゃんと話してほしい。お前の思うところを」
マイルズは少しの間、沈黙したあと、話し始めた。
「……まあ、俺だってジンと同じさ。南に行ったって、あれがどこの伯爵様の軍だ、あれはノオルズ公爵様の軍だ、なんてことはわからねぇからな。でも、それって重要か? 要するに保護を求める避難民か、それとも街を乗っ取ってでも自分たちが助かろうとする連中か?ってことを見分けるのが仕事だと思ったがな。それだったら俺は得意なんだけどな。……話せって、言われたんで話したまでだ」
これまで黙って聞いていたマルティナが口を開いた。
「あんたらねぇ、そういうのって勝手にやってくれないかな。私たちはもう北に出発するよ」
剣士ファウラーはいつものことながら諫めざるを得ない。
「マルティナ、やめろ。事情があるのは俺たちだけではない。こんな状況なんだ、彼らだってあるんだろう」
この少女はなぜかファウラーに弱い。「わかったよ!」と言うと不機嫌に黙り込んだ。それに帰るところを失った四人にとって、津波の影響が一番少ないファルハナに受け入れてもらえる伝手であるジンたちと行動を共にするのは必須のことだった。
それでも、ジンたちも確かにこの四人を放っておいて自分たちの事情に没頭しすぎた、と気が付いた。シャヒードは早く話を纏めなければならなかった。後ろからやってくる避難民に距離を縮められるわけにはいかないのだ。
「わかった。マイルズ、お前が南に行け。絶対死ぬなよ。それで、ファルハナに帰って来るんだ。ジン、お前はファルハナに早馬で帰れ。俺がこの者たちと歩いて帰る。もう四の五の言うな。これで行くぞ」
ジンも、マイルズも頷いた。
◇
マルティナが子供のくせに乗馬が出来るとのことだった。マルティナはシャヒードの馬を受け取り、シャヒードは弓使い二人、ファウラー、それにカルデナスとチャゴとで、歩いて北に向かうことになった。
マイルズは、今やマイルズの愛馬となった〈ノーラ〉と共に、南に出発した。
ジンとマルティナは一路ファルハナに騎馬で向かうことになった。
「ジン、だよね?」
「ああ、そうだ、マルティナ、と言ったか?」
「うん。マルティナだよ」
自己紹介すら、どうも不自然になる二人だったが、二日も一緒に旅をすると幾分気心も知れてきた。もっとも、その間の野営はほとんどジンが用意して、マルティナはただ食べて寝るだけだったが、ジンも子供相手だとあまり腹が立たなかった。
少女と大の男が二人っきりで野営の焚火を囲んでいる。
「ねぇ、ジン、オーガたち、なんであんなところに出てきたんだろうね」
「わからん。俺は〈魔の森のほとりの森〉に二年も住んでいたが、ゴブリンやキバイノシシ程度しか森にはいなかったから、その森を抜けて、〈魔の森〉から魔物が人間界に出てくるなんぞ、考えたこともなかった」
「だよね。何かが起こっているとしか考えられないんだよ」
「津波、か?」
「うん。ダロスや沿岸域がかなりやられたんだ。〈魔の森〉だけ無事ってことはないはずなんだ」
マルティナの話を聞いて、ジンは小さく呟いた。
「グプタ村が危ないな」
「ん? なんて?」
「〈魔の森のほとりの森〉のすぐそばに小さい村がある。時々弱い魔物も来るほどだ。ただ、かなり北にあるから大丈夫だとは思いたいが……」
「うん。ここだってかなり北だよ。それでも〈魔の森〉からオーガなんて出てきた。ねぇ、ジン、〈ドーザ倒し〉ってわかる?」
「ドーザ?」
「うん。こんな二人でやるゲームの駒なんだけどね。それを並べて、最初の一つを倒すと、パタパタと倒れていくやつ」
「ああ、ショウギ倒し、だな」
「ショウギ? まあ、いいや……それが起こっているんじゃないかな?」
「ああ、なるほどな。沿岸域の〈魔の森〉が津波にやられて、魔物が北に移動した。もともといた魔物が生存域を荒らされて、北に移動……の繰り返しってわけか」
「あくまで推測だけどね」
「……だな。まあ、考えても始まらん。襲ってきたら俺が倒すってことでいいんじゃないか?」
「ジンの出る幕なんてないよ。私の遠距離魔法でジンが倒す前に倒しちゃうからね」
◇
翌朝、マルティナが起きると、ゴブリンの死体が四体、焚火から十ミノルほど離れたところに転がっていた。
「まあ、あれだ、魔物が来ても目覚めない奴に『出る幕ないよ』なんて言われてもなぁ」
「……」
返す言葉のないマルティナだった。
◇
最後の一泊はシャンテレ村で出来た。既にフィンドレイの勢力は駆逐したとあって、新しく出来たファルハナ防衛軍の衛兵が五名駐屯しており、村民の活動も再開されていた。
衛兵の一名が二人を案内してくれた。今は空き家になっており、臨時の宿泊施設として使われている家があてがわれた。
「ジン殿、ラオ男爵から任務の件は聞いております。大した施設ではありませんが、どうかゆっくりお過ごしください。自分はこれから馬を走らせて、ファルハナ領主館にジン殿の帰還を報告してまいりますので、ある程度の情報を私に話していただけませんか?」
なんとも働き者の衛兵だった。もう夜だというのに、彼は今から馬を走らせるというのだ。ジンは逆に申し訳なくなった。これだと、あと少し頑張れば、自分たち自身が今晩中にファルハナに着けたということではないか。でも実際はマルティナがお尻が痛い、野営続きで体が気持ち悪い、髪の毛を洗いたい、と訴え続けていたので、シャンテレ村で一泊することになったのだ。
字の書けないジンは、まず事の成り行き――どうしてジンだけ戻って来たか、シャヒードは今どこにいるか、マイルズはどこに向かったか――などを手紙には書けないので、事細かに説明してから、本題である速報としてあと八日ほどで最初の避難民の集団がファルハナに到達するはずで、その集団は軍人である可能性が高い、と伝えてくれ、と衛兵に話した。
報告を終えると、ジンの腹がぐるるるると鳴った。
「あ、申し訳ありません。これは気の付かないことでした。自分はファルハナに向かいますが、ジン殿とマルティナ様の食事の用意をするように言ってから出ますので、もう少しの御辛抱を」
そう言って、衛兵が出ていった。衛兵がいなくなるのを見計らって、マルティナが口を開いた。
「ジン、はずかし」
「し、仕方がないではないか」
しばらくすると、食べ飽きた猪肉のステーキと芋のソテー、黒い丸パンなどが出てきたが、これらの料理のうまさはジンにとっても、王宮にいたマルティナにとっても格別であったことは言うまでもない。