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75. シャヒードの決断

 南部の状況を確かめる任務の重要性を無視しない範囲ではあったが、ジン、マイルズ、それにシャヒードは人が魔物に襲われているとあっては、なんら迷うところはなかった。


 三人は馬に気合を入れる。

 近づいてくると状況が見え始めた。


 うずくまる男を守って、二人の弓兵、一人の剣士、それに一人の魔導士が魔物と戦っているのがジンに見えた。襲っている魔物に見覚えがなかった。


 その身長は二ミノルから三ミノルぐらいもあり、肌は赤黒く、黒い体毛がうっすらと全身を覆っている。脚は短く、腕が長い。腕の太さはジンの胴回りほどもある。身長の割には前かがみに立つため、魔物の頭の高さはジンから見て頭二つほど上になるはずだ。


「シャヒード、あの魔物はいったいなんだ?」


 馬を速歩(はやあし)で進めながら、シャヒードは答えた。


「あれはオーガだな」


「オーガ?」


「なに、デカくて凶暴だが、知能が低く、手ごわい相手じゃない」


 マイルズが口を挟んだ。


「ジン、だが気をつけろ、あの丸太のような腕の一撃を食らえば、それで終わりだ」


 マイルズは元冒険者だ。いや、本人は現役冒険者と言うだろうが、それを言われた者は最後のクエストはいつなのかと、問い詰めるに違いない。


「わかった。急ごう。うずくまっている男がかなり危ない」


 ジンはそう言って両足で馬の腹に気合を入れなおすと、馬のスピードがさらに上がった。


 シャヒードとマイルズもそれに続いた。



 ◇



 近づいてくる騎士らしき者が三人。ジン、マイルズ、それにシャヒードだった。


(助けにきたのだろうが、やっかいな)


 魔導士マルティナはこれで広域魔法は使えなくなった。個別撃破魔法に切り替えなければならない。どっちにしても、広域とはいえ、二〇〇ミノル先の敵を倒すにはさほど広域にはできない。この状況だと同時にせいぜい五から六体に食らわせられるのが限界だ。


 個別撃破魔法なら二〇〇ミノルの距離で外すことはないし、半ミティックに一発は打てる。弓より遅いが、ないよりましだ。そう割り切って、個別撃破の電撃魔法を撃ち始めた。


 剣士ファウラーがそろそろあのうずくまっている男の前に出られそうだ。マルティナはそう見ていたが北からやってくる騎士たちが、オーガの群れに早くも届いた。


 ファウラーは早速オーガたちと戦い始めた三人の騎士の戦いぶりを見ながら、うずくまっている男の前に出るべく走っていた。


(それにしてもあの騎士たち、小気味の良い戦い方をする。スマートだな)


 ジンが〈会津兼定〉を一閃するたびにオーガの首が撥ね飛び、マイルズが槍を振るう度に戦闘不能になり、シャヒードが剣を振るう度に血煙が上がる。


 そんな戦闘を繰り返すうちに、ジン、マイルズ、シャヒード、それに南から来た四人の内の剣士ファウラーはうずくまる男の真ん前に来ていた。


 うずくまる男、すなわち、カルデナスが顔を上げると、その下で守られていたチャゴも顔を上げた。


 最後の三体があっさりシャヒードに葬られると、オーガの群れは壊滅した。


「……なんだかよくわからんが、助かったのか?」


 カルデナスが剣士たちに囲まれながら、呟いた。

 チャゴもようやく顔を上げると、屈強そうなこわもてのデカい男どもに囲まれていて、ああ、まだ終わっていなかった、と一瞬考えたが、状況を少なくとも自分よりは分かっているはずのカルデナスが礼を言ったので、チャゴは彼らが味方だとわかった。


「ありがとよ。助かったぜ。いや、ほんとに、もうこれで終わりだと思ってたからな」


 ジンが口を開いた。


「その割にはお主、その子を必死で守ろうとしておったのだな。どう見てもお主の子供には見えんのだがな」


「いや、あはは、そういうんじゃねぇよ。どうせ死ぬんならチャゴだけでも生き残らせようとしただけさ」


 チャゴはヒシっとカルデナスにすがりついた。


「カルデナスさん……ありがとう」


「チャゴ、馬鹿野郎、そんなんじゃねぇよ。俺は大人の男だからな。お前を見捨てたりしたら、寝覚めが悪いだろうが」


「カルデ……」


 安全になった状況でそんな会話がなされていたところに、魔導士マルティナが割り込んだ。


「はいはいはいはい。もうそういうのいいからね。お礼は? なんなら礼金は?」


 カルデナスは思うところもあったが、ひとまず、この少女たちが命を救ってくれたことは確かだ。


「お嬢さん、すまねぇ。ありがとう。お前さんは命の恩人さ。ただ、金子(きんす)はそんなにねぇ。俺たち船乗りが身に着けている日銭なんて高が知れている。それにこの長旅をしてきたもんでね。食料ならある程度渡せるぜ」


 マルティナはそっけない。


「重いのいらない」


 聞いていたジンが口を挟んだ。


「確かにな。ここから北は普通に宿場町があるだろうから、そこでお金を使う方が軽いだろうな」

 

 剣士ファウラー、カルデナスを助けるために走ってきた、二十代後半か三十代前半に見える、筋骨たくましい男だ。彼も口を開いた。


「お前たちは騎士と見える。北からやって来たのか?」


 シャヒードが答えた。


「ああ、そうだ。南の状況が知りたくてな。で、お前たちは何者だ? その魔導士はとてつもない遠距離魔法が使えるのだな」


 ファウラーはマルティナを見遣りながら、シャヒードに答えた。


「ああ、こう見えても彼女は王宮魔導士だからな。見習いだけど」


 傍で会話を聞いてたマルティナが口を挟んだ。


「ファウラー、最後の余計」


 離れて攻撃していた弓使い二人も歩いて近づいてきつつ、カルデナスに訊いた。


「おーい、そこの、大丈夫か?」


 チャゴを守るためにうずくまっていた体制から地面に座る形になったカルデナスが弓使いたちに礼を言った。


「ええ、おかげさんで、ピンピンしておりますよ。ありがとう」


「そりゃよかった。私はスィニード、で、あっちが妹のロッティだよ」


 弓使いたちは姉妹だった。そう言われれば似ている。二人とも軽装備の皮の胸当て、脛当て、上腕部のみの籠手ごて、すべて革製だ。それらの内側には綿製の赤いシャツに、下は丈夫そうな厚手の、濃紺のパンツを履いている。


 二人ともそっくりな笑顔を浮かべながら、カルデナスやジンたちがいる場所にまでやって来た。


 自分より頭一つ以上背の高い男たちに向かって、マルティナがその生意気な口を開いた。


「で、あんたたちは何を好んで地獄の方に向かってるんだって?」


 シャヒードが答えた。


「さっきも言ったように、俺たちは南の状況がよく分かっていない。その調査だ」


「ふーん。……そんなら私が簡単に纏めてやるよ。アンダロス王国はお終い」


 剣士ファウラーが顔をしかめた。


「マルティナ、やめろ。ちゃんと説明するんだ」


 ファウラーがマルティナを諫めて、ようやく会話が成立し始めた。


 カルデナスたちを助けた四人は、マルティナが王宮魔導士見習い、剣士ファウラーと弓使い姉妹、スィニードとロッティが冒険者でいつもはパーティを組んでいる。三人はマルティナと臨時パーティを組んで、ダロスの北一〇〇ノルにある、ホルストに出入りする商人や隊商を襲う野盗の討伐隊に加わるために駆り出されていたところで、津波に遭遇した。そのため、王都の状況は直接、目にしたわけではない。しかし、ホルストですら、多くの家屋が倒壊し、人々が流されていった。


 四人はホルストの領主館の四階で寝泊まりしていたため、難を逃れた。領主館は丈夫な建物で、倒壊の難を逃れた上に、四階は浸水もしなかった。


 マルティナが続けた。


「ホルストの領主は馬鹿だね。街に残るってんだから。たぶん食糧なんか、もう街に入ってこないよ。どうやって生活するんだろうね」


 ホルスト、と聞いてショックを受けたシャヒードは訊かざるを得なかった。


「マルティナ殿、街の人たちは?」


「たぶん、街中の通りにいた人たちなんかはダメだろうね。何しろ突然だったし、あの町は内陸の街だからね、まさか津波が来るなんて想像もしてなかったから。でも丈夫な建物の中にいた人なんかは結構助かっていたりしてる様子だったよ」


 マルティナはこともなげにそう言った。シャヒードはやはり故郷が気になった。


「ホルストのすぐ北、ラウフの街の状況が分かる者はいないか?」


 その状況を知っている、カルデナスが答えた。


「あ、それなら俺が分かりますよ」


 カルデナスがラウフで水が補給できたこと、倒壊している建物は見かけなかったこと、浸水はしているが、人死(ひとじ)には少ないだろう、ということを説明した。


「シャヒード、きっと大丈夫さ」


 ジンはひとまず、そうシャヒードを慰めたが、自分でも何が大丈夫だ、と言っているのかよくわかっていない。


 みんながひとところに集まってから、チャゴが初めて口を開いた。


「ダロスは……俺たちは本当に命辛々で脱出してきたんだ」


 オーガの死体が累々とする中で、チャゴとカルデナスが代わる代わる、これまでの一連の状況を話し始めた。皆が聞き入った。その話の中で、ジンが急にカルデナスの話を遮った。


 カルデナスが話していたのは、例の兵隊たちの甲冑云々の下りだった。


「カルデナス殿、ということは避難民の中には多くの兵隊が混じっていると考えているのか?」


 ジンはチャゴの話の中で、このチャゴを命がけで守っていた海の男がカルデナスという名だとわかっていた。


「ええ、旦那」


「ジン、だ」


「ジンさん、一八〇ノルも歩く間、俺たちはほとんど水の補給も得られなかったんだ。そんな道中を子連れの家族や民間人が耐えられると? 普段から鍛えている兵隊どもが避難民の先頭になったって不思議じゃないでしょう?」


「確かにそうだな」


 ここまで聞いて、シャヒードは決断をした。もちろん、ジンやマイルズの同意も必要だろうが、ここはこの三人の中において、唯一のラオ男爵の騎士としてこの決断を断固主張しようと思った。


 ひとつ、シャヒードはこのまま南に進み、やはり避難民に合流して、更に正確な情報の取得に期するべきだと。


 ひとつ、ジンは早馬で、現時点での情報をもってファルハナに帰るべきだと。


 最後のひとつは、徒歩になってしまうが、マイルズにはこの集団――マルティナ、ファウラー、それに弓使い姉妹――をファルハナまで連れてきてもらう、ということだった。


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