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73. ターパの街

 実のところ、結果的に二人は一八〇ノルも歩いたのだった。二人はついにターパの城門にたどり着いた。道中四泊の野営と五日間かかった。丸々四日は歩き詰めだった。


 ターパに着いた二人はすぐにでもぶっ倒れたかったが、城門の衛兵がそうはさせてくれなかった。


「お、おい! 大丈夫か?」


 カルデナスはとにかくなんでもいいからどこかの宿でぶっ倒れて一日寝たかった。(なぁ、それからでいいだろ?)そう言いたかったが、「大丈夫か?」と訊かれて、代わりに口を付いたのは別の言葉だった。


「……大丈夫じゃねーよ。一八〇ノル、四日で歩いてみろってんだ」


「うえ……マジか、そりゃ大変だったな。しかしな、早馬が何人もすでにこの街を通り過ぎていてな、いろんな情報が錯綜しているんだよ。俺は衛兵のフサインだ。とにかく間違いのない情報が欲しい。協力してくれ」


 あたかも、最後の体力を振り絞るかのように、カルデナスは出来る限りの要求を口にした。


「……知ったことか! と言いたいところだが、そのいろんな情報を俺がまとめてやるよ。その代わり、と言っては何だが、身綺麗にさせてくれ。飯を食わせてくれ、酒を飲ませてくれ!」


 フサインと名乗った衛兵はその辺、冷静だった。


「ああ、なんでも、お前の言うとおりにしてやる。だが、その前に情報だ」


 ターパの連中の気持ちも分かる。このまま放っておけば、この街の人口の云十倍、いや云百倍にも及ぶ避難民に街は囲まれてしまうのだ。カルデナスはそれでもまずは落ち着かせてくれなければ、そんな情報すら話せない状態だったのだ。


「悪いが、水と消化にいいもんだけ、先に食わせてくれ」


 もしかするとこのフサインはそれなりに上役なのかもしれない。門に詰めていた女性の衛兵に命令した。


「それくらいならすぐに何とかなるぞ。おい、エスター! なんか見繕って持ってこい」


「了解!」


 エスターと呼ばれた女性衛兵が敬礼して奥に下がって行った。

 フサインは、エスターが食べ物を用意する間、カルデナスとチャドに水を勧めた。


「とりあえず、水でも飲め」


「ありがたく」

「……」


 二人は間髪おかず目の前に置かれた水をぐびぐび飲み干した。

 衛兵はその様子を黙ってみていたが、王都ダロスから徒歩でここまで逃れてくるそのリアリティをようやく理解し始めたようだった。


「……大変だったんだな。水ぐらい、いくらでも飲め」


 フサインは空になった木で出来たコップにまた水を注いだ。


「で、食べ物を待っている間、聞かせてくれるか?」


 カルデナスは食べ物も欲しかったが、水を飲むと少し落ち着いた。


「ああ、たぶんあと一日か二日ぐらいで難民の群れがここにも到着するはずだ。俺たちはそれを追い抜いてここまで来た……」


 カルデナスは道中の様子、避難民の数、彼らを自分たちだけ追い抜いた意図、などを説明した。


「避難民はどれくらいいる?」


「数えながら歩いたわけじゃないからな、正直分からない。ただ、何十ノルにもわたって行列が出来ている、っていえばわかるか?」


 衛兵はしばらく絶句した。カルデナスは追い打ちをかけた。


「何万人、じゃきかないだろうな、何十万人、って規模じゃないだろうか」


「……そんな数はターパの街では受け入れられない」


「そりゃ、そうだろう。だけどな、門を閉ざすとヤバいことになるかもな」


「なぜだ?」


「軍人や貴族が相当混じってる。被害に遭ったのは王都だからな」


 衛兵はこんな恐ろしい事実は受け入れられない。「嘘だと言ってくれ」の心境だった。


「……なぜ交じっているのが分かる?」


「そりゃ街道沿いに無数の脱ぎ捨てた鎧やら、貴族の馬車やら、いっぱい見かけたからな」


 カルデナスが否定しがたい状況証拠的な事実を提示すると、衛兵はもう認めるしかなくなり、絶句した後、ため息をついて、椅子に深くもたれた。


 そんなとき、エスターがちょうど食べ物を持ってきてくれた。蒸かした芋だった。


「芋、か……」

「……」


 カルデナスもチャゴも芋には辟易していたが、ありがたくいただくことにした。


 絶望から少し立ち直ったフサインは、ひとまず約束通りチャゴとカルデナスを宿に案内するようにエスターに命じた。



 ◇



 宿に案内された二人は旅の垢を落とし、何日かぶりのまともな食事にありつけた。あまりセンスは良いとは言えなかったが、清潔な衣類も用意してくれた。


 カルデナスは夕食に出たワインを飲みながら、明日はどうなるかわからないが、ひとまず生き残ったことに大いに感謝した。


 チャゴは猪肉のステーキを頬張りながら、また寝落ちしそうになった。


「チャゴ、口にものを入れたまま寝るんじゃねぇ」


 カルデナスにそう言われて、目を醒まして、咀嚼するうちに、また目がとろーんとなって来るチャゴは食欲と睡眠欲のはざまを行ったり来たりしていた。



 ◇



 一晩、清潔なベッドでゆっくりと寝た二人は疲労を幾分か回復できた。それでも一日で回復させるのは土台無理な話だった。


 朝食を宿でとりながら、カルデナスは無慈悲にもチャゴに言った。


「チャゴ、もう今日には避難民の先頭がこの街に来る。出発するぞ」


「もう一日だけここでゆっくりとしたらダメなの?」


「ああ、ダメだ。せっかく引き離したのに、また避難民と一緒に歩くことになる。そうなれば、ここより北の街に着いたときに受け入れてもらえる可能性は減る」


「……だよね」


 チャゴはもちろん分かっていた。けれども、蓄積した疲労はもう限界近くまで達していたのだ。


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